航空自衛隊F-35A戦闘機の墜落事故原因は操縦士の空間識失調
4月9日に青森県沖で夜間に発生した航空自衛隊のF-35A戦闘機の墜落事故について、6月10日に中間報告が出ました。飛行記録の入ったブラックボックスは回収できなかったものの、F-35には編隊間で情報共有を行う多機能先進データリンク「MADL」が搭載されており、これと地上基地レーダーの情報と合わせて事故原因を絞り込んでいます。
[PDF]F-35A戦闘機墜落事故の要因と再発防止策について:航空自衛隊
- 低酸素状態(酸欠で意識低下)・・・交信で問題無く受け答えしており全く考えられない。
- G-LOC(高い重力による失神)・・・旋回終了後に交信しており可能性は極めて低い。
- 空間識失調(平衡感覚の喪失)・・・機体回復操作が見られず可能性が高い。
今回の事故では事故機のパイロットと交信が可能な状態でありながら異常を伝える報告が一切無いまま海面に墜落しています。多機能先進データリンク「MADL」にも不具合を示す情報は記録されておらず、そして墜落しそうになっているのに機体の回復操作を全くしていないとなると、事故原因の可能性はパイロットの意識が失われたか(低酸素状態ないしG-LOC)、意識があっても墜落の脅威を感じていなかったか(空間識失調)に絞られます。
低酸素状態について報告書では「全く考えられず」と真っ先に除外されています。もしも低酸素状態だった場合は酸素供給装置の欠陥が疑われますが、墜落直前の交信では意識が朦朧としている様子はなく、交信時の飛行高度は酸素マスク無しでも呼吸できる高度15500フィート(4700メートル)であり、墜落まで高度は下がり続けています。このため状況的に可能性としてはゼロであると判断されています。
G-LOCについては「可能性は極めて低い」としつつ念のために対策を行うとされています。左旋回終了後に交信が行われており、旋回中に高Gで失神しなかったのに旋回終了後に暫くしてから突然失神という可能性は考え難いでしょう。機体の機器が高Gで異常をきたした可能性についても、機体に異常が起きたならそれに応じた機動がある筈なのに全く無く、異常の報告も無く、射出座席は作動しておらず、状況的に考え難いとされています。
空間識失調が事故原因として「可能性が高い」と結論されています。低酸素状態とG-LOCが否定された以上、残る可能性はこれくらいしかありません。
空間識失調はバーティゴ(vertigo)とも言います。人間の平衡感覚が狂い、地面が上にあるのか下にあるのか分からなくなってしまう症状がおきます。健康な状態でもベテランパイロットであろうとも時として陥ってしまうもので、激しい戦闘機動訓練を行う戦闘機ではG-LOCと共に事故原因として多く挙げられます。空間識失調は昼間にも起こり得ますが、夜間で周囲の状況が掴めない状況で特に起こりやすくなります。航空機パイロットだけでなく潜水ダイバーでも起きることがあります。
空飛ぶたぬきの航空よもやま話第17話「空間識失調(バーティゴ)について」※空飛ぶたぬき氏は元空自F-15J戦闘機パイロット