シーズン30本塁打以上の実績を持つ野手が、投手としてメジャーリーグ復帰の一歩を踏み出した
左投げ左打ちの一塁手として、アイク・デービスは2010~16年にメジャーリーグでプレーした。通算本塁打は81本を数え、2012年にはナ・リーグ5位タイの32本塁打を放った。
だが、8月6日に行われたルーキーリーグの試合に、デービスは投手として出場した。8対5で迎えた6回裏に、AZLドジャースの3番手としてマウンドに上がり、対戦した打者3人をいずれも空振り三振に仕留めた。
登板時のスコアやイニングからわかるように、これは野手による登板ではない。デービスは1月にロサンゼルス・ドジャースと契約を交わし、傘下のオクラホマシティ・ドジャース(AAA)で一塁を守っていたが、バットは湿りがちだった。6月末には、オクラホマシティ・ドジャースのブロードキャスター&広報責任者であるアレックス・フリードマンが「どれだけ本気かわからないけど、デービスがブルペンで投げていて、それを大勢が見ている」とツイートしていた。
元野手という投手は、そう珍しくない。例えば、ドジャースのケンリー・ジャンセンとペドロ・バイエズは、それぞれ捕手と三塁手から投手へ転向した。マット・ブッシュ(テキサス・レンジャーズ)は元遊撃手、ショーン・ドゥーリトル(ワシントン・ナショナルズ)は元一塁手だ。また、通算601セーブを挙げたトレバー・ホフマンと通算377セーブのジョー・ネイサンは、どちらも遊撃手だった。
もっとも、彼らは皆、メジャーデビューする前にマイナーリーグで投手へ転向した。
メジャーリーグで野手としてレギュラーを務め、そこから投手に転向してメジャーリーグで投げた選手となると、ジェイソン・レインくらいしか思い浮かばない。外野手だったレインは、2005年に26本塁打を放った。その後、投手に転向して2014年に7年ぶりのメジャーリーグ復帰を果たし、3試合に投げた。3登板目は先発し、7回裏の先頭打者に本塁打を打たれるまで、得点を許さなかった。
メジャーリーグで野手としてプレーした後、投手に転向(あるいは兼任)した選手は他にもいるが、ブルックス・キーシュニックは控えの外野手に過ぎなかった。投手→外野手→投手と転向したアダム・ローウェンも、野手出場は2011年の14試合だけだ。ベーブ・ルースやリック・アンキールは、野手から投手ではなく、投手から野手に転向した。
シーズン本塁打のキャリアハイにおいて、デービスはレインを上回り、通算本塁打もレインより20本多い。
デービスは大学時代に投手を兼任していた。メジャーリーグで投げたこともある。2015年に2登板して、どちらも1イニングを無失点に抑えた。年齢は、まだ、30歳だ。また、デービスの父はメジャーリーグで通算481試合に登板し、1981年はオールスター・ゲームにも出場した。1989年にヤクルト・スワローズで投げた、ロン・デービスがその人だ。投の左右は親子で異なるものの、父の経験は息子の助けとなるに違いない。
8月9日、デービスはシーズン2度目のマウンドに立ち、再び1イニングを投げた。打者4人と対戦し、奪三振と与四球が1ずつ。ヒットは打たれなかった。