豚骨の街福岡に『横浜家系ラーメン』が続々と増え続けている理由とは?
20年の時を経て家系ラーメンが「再上陸」
全国屈指のラーメンの街として知られる福岡は、博多ラーメンや長浜ラーメン、久留米ラーメンなど豚骨ラーメンが人気を博している街だ。県内や市内にあるラーメン店に入り、メニューに「ラーメン」と書いてあればほとんどが豚骨ラーメンのことを意味する。福岡人にとって白濁したスープにバリカタ細麺の豚骨ラーメンこそがラーメンであると言っても過言ではない。
そんな福岡の街に今異変が起こっている。濃厚な豚骨醤油スープにもちもち太麺という、豚骨ラーメンとは真逆ともいえるラーメンが人気を集めているのだ。1974(昭和49)年、横浜で創業した『ラーメン吉村家』(神奈川県横浜市西区南幸2-12-6)が生み出した「横浜家系ラーメン」を名乗る店が、この一年で加速度的に増えている。
今や日本全国のみならず、海外にもその名を知られるようになった「横浜家系ラーメン」だが、福岡に家系ラーメンが最初に登場したのは今から20年前のことだ。2001(平成13)年12月にオープンした、九州初となるラーメン施設『ラーメンスタジアム』に横浜の人気家系ラーメン店『ラーメン六角家』が期間限定で出店したのが初めてのこと。それ以降は家系ラーメンと名乗る店は皆無に等しかった。
家系ではない豚骨醤油ラーメンの成功
『六角家』の閉店後、福岡の街から家系ラーメンは一旦姿を消した。しかしながら、家系ラーメンに似たスタイルの豚骨醤油ラーメン店が登場するようになってきた。中でも家系ラーメン店出身者による『入船食堂』(福岡県福岡市博多区住吉4-15-6)は、2007年より家系スタイルの豚骨醤油ラーメンを提供。豚骨ラーメンに慣れ親しんだ福岡の人たちに合わせて、スープに豚頭を入れるなど独自の工夫を凝らした豚骨醤油ラーメンで人気を博している。
さらに2012年には、東京の家系店『武道家』出身者が『無邪氣』(本店:福岡県福岡市城南区七隈4-8-17)をオープン。福岡の人たちの味覚に合わせて、地元福岡の醤油を使ってやや甘めに仕上げたオリジナルの豚骨醤油ラーメンを提供。学生を中心に人気を集めて、今では市内に4店舗を展開している。
他にも『海豚や』『恭や』など豚骨醤油ベースのスープに太麺という組み合わせのラーメンを提供する人気店も登場し、博多ラーメンがひしめき合う中であっても、家系スタイルの豚骨醤油ラーメンは一定数の支持を集め続けていた。その中で2016年、久々に横浜家系を名乗る家系ラーメン店『壱壱家』(福岡県福岡市博多区大博町2-14)が登場し、『六角家』以来の家系ラーメン店の登場と話題を集めた。
福岡家系ラーメンブームを牽引する『内田家』
そして2020年4月、博多駅前に久々の家系ラーメン店『ラーメン内田家』(福岡県福岡市博多区博多駅前3-9-12)がオープンした。こちらは「家系ラーメン」の創始であり、総本山である『ラーメン吉村家』の直系店。直系を名乗れる店は吉村家で修業して許しを得た者の店のみで、内田家は九州初、全国で9軒目の総本山直系店ということもあり、メディアもラーメン好きも注目した。
九州初となる吉村家直系の『ラーメン内田家』の一杯は、吉村家直伝の正統派。豚骨と鶏ガラのフレッシュな旨味を抽出したスープに、無添加醤油を使ったキレのある醤油ダレ。甘みと香りをスープに加える黄金色の鶏油。幅広の太麺は吉村家と同じ東京の『酒井製麺』の直系専用麺。具には燻製したしっとり柔らかなチャーシューにほうれん草、大判の海苔が3枚。博多ラーメンとは全く異なるラーメンながら、家系総本山直系の味は大人気となり、一気に行列店の仲間入りを果たした。
そして2021年には相次いで支店を2店舗オープン。こちらは「九州発の家系ラーメン」という、1号店の直系店とは違うコンセプトで出店。醤油も麺も地元九州のものを使い、さらには九州の人の嗜好に合わせた「ちゃんぽん」や「魚系ラーメン」など、家系にはないメニューも考案。今後も福岡をはじめ九州全域への出店も視野に入れている。福岡の家系ブームはこの『内田家』から始まったと言って間違い無いだろう。
京都の大人気家系『麺家あくた川』がついに福岡へ進出
そして2021年4月、鳴り物入りでオープンしたのが『らーめん 三刀流』(福岡県福岡市東区香住ヶ丘2-11-28)だ。こちらは2016年の創業以来、京都を中心に多数店舗を展開する『麺家 あくた川』(本店:京都府京都市上京区上立売東町44)の新業態店。東京の人気店『武蔵家』で修業を積んだ店主は、元々九州大分の出身ということもあり念願の九州への初出店を果たした。
京都の1号店は同志社大学の目の前にオープンし、以降も立命館大学や京都大学など、大学の目の前に次々とオープンする戦略を取ってきた『あくた川』が、福岡での初出店場所に選んだのは九州産業大学の目の前。学生客のファンをつかむ戦略で福岡でも勝負をかけるが、ファミリー客をはじめ幅広い客層が店を訪れており、オープンして間も無いにもかかわらず早くもリピーターが増えるなど、福岡の人たちに受け入れられている形だ。
こちらのラーメンは関東の家系ラーメンとはやや設計が異なり、より豚骨や鶏ガラの髄の旨味を凝縮させた濃厚なスープが自慢。豚骨ラーメンに慣れ親しんでいる福岡の人の味覚にマッチした味わいで、さらには焦がしニンニク油を浮かべた「黒流」や、辛い味わいの「赤流」など、他の家系にはないバリエーションも用意。今後も福岡市内を中心に出店を続けていく予定でいるという。
止まらない家系ラーメンの出店
2020年の『内田家』オープンをきっかけに、福岡市内には続々と家系ラーメン店が登場。2021年4月には3日連続で3軒の家系ラーメン店がオープンするなど、その勢いはさらに増している印象だ。ここまで来ると、豚骨醤油のスープに太麺という組み合わせは福岡の人たちに受け入れられたと言って良いだろう。
かつて福岡は他県のラーメン店経営者にとっては難しい場所と言われてきた。それはソウルフードとしての豚骨ラーメン文化が根強くあり、他のラーメンが受け入れられにくい環境であったからだ。しかし、ここにきて一気に横浜の家系ラーメンが増殖している背景には、この20年近くの間、豚骨ラーメンに負けじと人気を集めて来た、『入船食堂』『無邪氣』『海豚や』など、前述した豚骨醤油ラーメン店の存在を忘れてはいけない。これらの店が人気を集め続けていなければ、福岡に家系ラーメンがここまでスッと受け入れられることは難しかったであろう。
さらに、ここ数年の福岡における「脱豚骨」「非豚骨」ブームがあったことも重要だ。これまではあまり見られなかった「鶏白湯」「清湯醤油」「塩」「つけ麺」など、様々なラーメンを出す店が急速に増えており、福岡のラーメンの選択肢が一気に広がった。これらの店の登場によって、スープは白濁豚骨、麺は細麺という固定観念から解放され、ラーメンの幅広いバリエーションを許容する環境になったのだ。
今後もしばらくは福岡の家系ラーメンブームは続くことだろう。それに対して、ソウルフードである博多ラーメンなどの豚骨ラーメン勢がどう向き合っていくのか。いずれにせよ、家系の登場によって福岡のラーメンシーンがより活発になっていくことは間違い無いだろう。そしてそれは私たち食べ手にとっても実に喜ばしいことだ。
※写真は筆者によるものです。