Yahoo!ニュース

「やっぱり第1週から橋本環奈さんを見たいよね」『おむすび』脚本家の素直な思い

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「おむすび」より 写真提供:NHK

食べるという行為にはキャラクターの人生が出るもの

「おむすび」脚本家・根本ノンジさんインタビュー

制服姿のヒロイン(橋本環奈)がさわやか。しかも自転車とヒロインは王道である。形骸化されているとしてもいいものはいい。

9月30日(月)からはじまった朝ドラこと連続テレビ小説「おむすび」(NHK)の脚本を手掛けるのは「ハコヅメ~たたかう!交番女子~」「監察医 朝顔」「正直不動産」など人気ドラマを書いてきた根本ノンジさん。はじめての朝ドラに対する意気込みを聞いた。

おいしいものと栄養士

「おむすび」は朝を元気に楽しくしたいという趣旨のドラマで、主人公・米田結(橋本環奈)が「食」に携わる栄養士になる物語。根本さんはドラマを書くときはいつも、「食」を出すように心がけているそうだ。

「僕の作品では常に、食を大事にしています。食べるという行為にはキャラクターの人生が出るもので、どんなドラマでも意図的に出すようにしているんです。劇中、『おいしいもの食べたら悲しいことを忘れる』というセリフがありますが、やっぱりおいしいものを食べたら少しは悲しいことを忘れることができます。完全には忘れられないけれど、一瞬だけでも忘れられるということは『おむすび』の大きなテーマにもなっています」

食をテーマにはしたいと思ったもののすでに朝ドラでは『ごちそうさん』(2013年度後期)をはじめとして、食をテーマにした作品が数々あり、新機軸はないかと思案した。

「今までやったことのないものを考えたすえ、たどり着いたのが栄養士さんでした。食べ物で人を元気にする仕事で、病院や学校、コンビニやレストランなど様々な場で食のアドバイスやメニュー開発にも携わっています。栄養士という仕事は、人の人生に食を通して最初から最後までずっと関わることのできる仕事なのだと知ったとき、これはドラマになると確信しました。僕の父は病気で亡くなったのですが、入院中、管理栄養士さんがすごく丁寧に対応してくださって、それも栄養士のドラマを書きたいと思うきっかけになっています」

やがて栄養士になる主人公の米田結を演じるのは橋本環奈さん。第1週目の本読みのときに、根本さんは橋本さんの演技に注目したと言う。


「橋本さんが、元気な米田結というキャラクターを、見事に演じてくださっている気がします。とりわけコメディのセンスに長けていて、第1週の本読みのとき、ツッコミセリフのトーンと間が完璧だと感じました。笑いの間を熟知されている橋本さんなら、笑いのセリフや面白いシーンをもっと入れても大丈夫だなと確信し、笑いの部分がどんどん増えていっています」

今回、主人公の子ども時代からはじまらないわけはーー。

「第1週から橋本環奈さんを見たいよね、という自分の素直な思いですね」

災害という理不尽に人間はどう向き合うか

明るく楽しいコメディの部分もある一方で、阪神・淡路大震災についてもテーマのひとつになっている。結は子どもの頃に神戸で震災に遭って、糸島に移住した設定だ。

「災害という理不尽なこと、抗えないことに、人間はどういうふうに向き合うのか、これは常に僕のなかに一つのテーマとしてあるものです。というのも、僕の母が19年前、事故で亡くなりまして。じゃあ明日ねと言って別れた人が、翌日会えなくなるという体験は、誰にでも起こることなので、描いていきたい。ドキュメンタリーとは違う側面が、フィクションで描けるのではないかと思っています。もちろん、誰も傷ついてもらいたくないので、セリフも描写も慎重に書いています。ただ、慎重過ぎて描かないでおくということではなく、その時に生きていた人たちがどういうふうに考え行動したか、きちんと丁寧に真摯に向き合おうと思っています」

平成ギャルと仲里依紗さん

朝、不特定多数の人が見る枠ということも留意しているそうだ。阪神・淡路大震災の起きた平成時代を舞台とし、そこに生きる平成ギャルに着目した。米田結は栄養士になる前はギャルとして青春を謳歌する。

「ギャルに対してあまりいい印象を持っていないかたもいるかもしれませんが、今回のドラマに出てくるギャルたちは、とてもクリーンでいい子たちばかりです。今回、ギャル監修をしていただいているRumi(ルミリンゴ)さんにお話を伺うと、平成ギャルはポジティブを周囲に押し付けるのではなく、自分たちがポジティブに楽しむことで、それが周りに伝播して、自然とみんなが明るくなれるのだとわかりました。実際、彼女たちを見ていると元気になれます。平成という『失われた30年』と言われている時代を、肩で風を切って颯爽と厚底靴で歩いてきたパワフルな彼女たちの物語を描くことで、新しい朝ドラができるのではないかと挑戦しています」

ドラマには伝説のギャルが登場する。演じるのは仲里依紗さんだ。

「仲さんには『フルーツ宅配便』(テレビ東京)という深夜ドラマに出ていただいたときに、とても素敵な女優さんだと思っていました。今回、伝説のギャルをやってもらうかたは仲さんしかいないだろうというくらいに思っていたのですが、面白い芝居だけじゃなく、きちんと心を震わせる芝居をしていただいて、本当に頼もしいです」

新しい朝ドラを作ろうと意欲的な根本さん。1話15分の短いドラマを半年続けるというスタイルに最初は戸惑ったそうだ。

「これまでは、のんびり朝ごはんを食べながら、時々、アハハーと笑いながら見ていたのですが、やるとなると物量が普通の連続ドラマの倍以上で大変です。1週間の分量が普通のスペシャルドラマ分くらいあり、これが何週間――半年も続くとは、この無謀な企画を最初に考えた人は誰なのだろうと(笑)。でも、その分、やりがいも挑戦しがいもある枠だと思います。最初は、15分だと、すこし長いセリフやシーンを書いたら、すぐに15分が終わってしまうので、戸惑いもありましたが、民放のドラマでいうと、例えばCMまたぎといってCMの前後の描き方のノウハウがあるので、15分と15分の繋がりをそういう感覚で作っていったら、コツが掴めるようになってきた気がします」

平成はカルチャーが飛躍した時代


これまでたくさんのドラマを書いてきた根本さん。そのノウハウも総動員で朝ドラに挑んでいる。

「漫画原作のドラマの脚本を書くことが多い僕がオリジナルドラマに挑んでいるのですが、過去に書いてきたドラマが背中押してくれています。シーンにおいてもキャラクターにおいても、いろいろな場面で、あの時、こうだったじゃないか、と過去の経験に励まされていて。『おむすび』はまるで僕のこれまでの集大成のようです」

「おむすび」は平成とは何だったのかを振り返るドラマでもあるという。根本さんにとって平成とは何だったのだろうか。

「僕は平成時代、20代後半から30代後半を過ごし、テレビの世界に入って夢中で仕事をしていました。だから、いま、青春を振り返りながら『おむすび』を作っている感じがあります。平成の初期、バブルが崩壊したとはいえ、ドラマやバラエティにはまだ予算があって派手にやれていました。次第に予算が減ってきたり、規制が厳しくなってきたりしていきますが、それでも楽しくいろんなものを生み出していく気概にあふれていました。カルチャー面において新しいものが生まれ飛躍的に伸びたのが平成時代だと思います。もちろん悲しい災害や事件がたくさんありましたが、それによっていろいろなものが失われたという暗い部分だけではなく、めちゃくちゃ楽しかったし、面白かったし、いろんなものに溢れていたよねということをきちんと描きたいと思っています」

 根本ノンジさんの書くものが支持されたのも昭和的なものから平成的なものが求められていくようになったからだろう。


「自分では意識はしてないですけれども、提示の仕方が変わっていることは感じます。昭和の頃はメッセージをはっきり突きつけていたけれど、平成の時代が進むにつれ、そういうものが次第に好まれなくなって、もう少しライトなものが求められるようになったとは思います。僕は正しいことを突きつけられる作品よりも、あれもこれも正しいね、というようなものが好きなんです。おそらくそういう感覚が僕のどの作品にも出ていると思うんですよね。ただそのせいで、テーマ性がないと言われることもあるのですが(笑)」

年齢的には昭和生まれの結のおじいちゃん(松平健)やお父さん(北村有起哉)も昭和的なキャラから変貌していくそうだ。平成の作家による平成を舞台にした朝ドラが、平成をどう見つめるのか。朝ドラ史にまた新たな視点が加わりそうだ。

「おむすび」より 写真提供:NHK
「おむすび」より 写真提供:NHK

連続テレビ小説「おむすび」
毎週月~土曜 午前 8時00分(総合)※土曜は一週間を振り返ります

/ 毎週月~金曜 午前 7時30分(NHKBS・BSP4K)

【作】 根本ノンジ

【主題歌】 B’z 「イルミネーション」

【語り】 リリー・フランキー

【音楽】 堤博明

【出演】 橋本環奈 仲里依紗 佐野勇斗 麻生久美子 宮崎美子 北村有起哉 松平健 ほか

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事