「まひろの最後の装束にすごく目頭が熱くなった」最終回直前、衣装デザイナーが語る「光る君へ」
平安の娯楽は「色彩」!“個性光る”平安衣装のヒミツ
12月1日、遅めの紅葉がようやく色づきはじめた京都。NHK京都放送局にて大河ドラマ「光る君へ」(NHK)の衣装デザインを担当した京都在住の諫山恵実さんと、チーフ演出の中島由貴さんによる最終回直前トークショーが行われた。司会は岩槻里子アナウンサー。題して【平安の娯楽は「色彩」!“個性光る”平安衣装のヒミツ】。
会場には京都在住のかた以外の方々も詰めかけていて、「光る君へ」の衣装への関心の高さを感じた。
衣装がまひろ(吉高由里子)の人生を彩り物語っていたことがわかる、ものすごーく濃密な2時間のもようをレポートする。
諫山恵実さんとは
京都市立芸術大学日本画専攻卒業。大学院では文化財の修復を学ぶ。在学中から東映京都撮影所で美術の仕事に携わり時代劇に使用する襖絵や掛け軸の絵などを描いていた。「大奥」の御鈴廊下、「フェイク~京都美術事件絵巻」では伊藤若中の絵を再現。ほか、都をどりのポスター、高台寺の秀吉とねねの肖像画なども手掛ける。京都在住。諫山宝樹という名でも活動している。
中島由貴さんとは
1992年、NHKに入局。ドラマ制作に携わる。代表作に「お買い物」「55歳からのハローライフ」「アシガール」「スカーレット」など。「光る君へ」のチーフ演出をつとめている。
きっかけは朝ドラ「スカーレット」
中島さんが諫山さんに衣装デザインを頼んだきっかけは朝ドラこと連続テレビ小説「スカーレット」だった。
「『光る君へ』は登場人物が多いうえ、着物をたくさん重ねて着る平安時代の装束の組み合わせを考えるのは素人では難しいと思い、『スカーレット』でご一緒した諫山さんに相談しました」
日本画家であることと京都在住であることとで最適ではないかと中島さんが見込んだとおり、諫山さんのセンスは現場を大いに助けた。
「諫山さんのデザイン画によって衣装合わせが順調に進みました。俳優さんたちがみんな、衣装の重ねの組み合わせにとても感動して、喜んでくれて、決定が速かったです」
確かに毎回、登場人物の衣装が美しかった。それが「光る君へ」の楽しみのひとつでもあった。諫山さんはこの仕事を引き受けると、まず徹底的に平安時代の装束を勉強した。
とくに参考にしたのが、髙田装束研究所が出版した色標本『かさね色目』。諫山さんはその書籍をページごとにファイルしたものを持参して、解説をしてくれた。心から平安時代の色のかさね方に魅了されていることを感じる熱い口調だった。
例えば「若菖蒲」というかさねは、ピンク色のうえに白を重ねて、ピンクを淡く見せている。奥ゆかしさを感じさせる。また、「花橘」は中央の色は濃いめの緑の上に白をかさねるので薄緑に見えるはずが、隣の山吹色やオレンジ色の影響を受けて水色に見えるという「目の錯覚を利用している色合わせに感動します」と諫山さん。
「個人的に推したいのは、『花薄』という青のかさね。すすきなのになぜ青?と思っていたのですが、『光る君へ』の仕事を通していろいろな方のお話を伺っていて、秋空の青なのだと気づいたんです。秋晴れの青い空にたなびく白いすすきの穂のイメージなんだなって。すばらしい解像度で自然を見ているなと」
かさねの話をする諫山さんの声はとても弾んでいた。
「『グラデーション』のことを『匂い』と呼ぶのも素敵ですよね。『紅の匂い』という名称もとんでもなくかわいい」
平安時代の人たちは着るものにとても凝っていたし、色の名称も文学の香りが漂う。じつに風雅である。
季節感は優先しなかった
平安時代の装束は季節感を重要視しているが、「光る君へ」では季節感は優先しなかった。
登場人物がたくさんいて、ほとんど貴族で装束はみな同じ形。そこに季節感を取り入れてしまうと、使える色が限られてくるからだ。
中島由貴さんは季節感にはこだわらないことにしたと言う。
「季節感は、美術チームにお任せすることにしました。例えば季節の花や雪など、そういうものを折につけ出していただき、衣装は、キャラクターに合ったテーマカラーを決めました」
例えば道長(柄本佑)は青系。
「もう一人の主人公という立ち位置とかもあったので、そういう意味では王道のブルーがいいんじゃないかなと」
まひろで大事だったのはやっぱり紫。でも、紫は小出しになっていると諫山さん。
「紫は染まりにくい色ということで難しいし、高貴な色なので、最初のうちはあまり前面に出せません。なので、ゆくゆく紫を表に出すために、前半は紫の補色という色相における紫と正反対のオレンジや黄色を着てもらって中に紫を忍ばせました」
色を決定するためには、試行錯誤を繰り返した。中島さんを中心にドラマ班が指示書に記した、ざっくりした人物のイメージやリクエストをもとに、衣装の線画に何パターンも着彩していった。デジタルの時代、タブレットを使用すれば作業は楽。何百ものパターンを試した。
「あまりに作り過ぎて、どれが採用されたかわからなくなって混乱しました(笑)」
まひろは最初、下級貴族の出なので装束が質素だったが、まひろの父・為時(岸谷五朗)が出世して越前に行くあたりから麻から絹になって豪華さを増していく。
そしてじわじわと紫に近づかせているとか。デザイン画にも薄紫、極薄紫、濃紫、極濃紫と様々な紫が使用されている。
トークショーでは実際のドラマの映像も流し、衣装の変遷を検証。ほんとうに紫の分量が多くなっていた。第1回から衣装を中心に見返すのも面白そうだ。
50歳くらいになったまひろ(第45回)の衣装は会場に展示されていたが、紫がだいぶ渋い色になっているが織りは豪華。
「表側の紫が若干くすんでくるというか、彩度が落ちてくるのみならず、袴の色が年齢が上がるにつれて真っ赤から黄色になって、じょじょに鈍い色になっていくんです。年齢的に枯れていく感覚ですね」
キャラのテーマカラーと年齢が上になると色をくすませていくこと、禁色は使用しないなど、いくつかのルールを作りながら自由に衣装の色を考えていった。
「最初の頃、私は色をくすませる癖があったのですが、風俗考証の佐多芳彦先生から、若い時はもっと綺麗な色を使っていいんだよと教わって思いきった色を使わせていただいてます」と諫山さん。
生地の色は草木染めである。極めて鮮やかなものは染めを重ねることで出来上がるそうだ。つまり、身分が高い者ほど手間ひまをかけて鮮やかな色を楽しめるということなのだ。
いろいろ名場面が映し出されたなかで、まひろと道長ははじめて結ばれた廃邸の場面が登場。ここでは、まひろは赤、道長は白で(どちらも上の衣を脱いだため)コントラストがいい。美しいと、諫山さんと中島さんはうっとり画面を見ていた。
ここで筆者が注目したのは、このとき、まひろが紫の着物を下に敷いていること。ここでも紫がさりげなく主張していたのである。白、赤、紫の並びがすてきだ。
この回の演出・黛りんたろうさんのアイデアで銀粉が降ってくるのだが「あれは月の雫です」と中島さん。「望月の歌のシーンでも降っていました(これも黛演出)が、2人にとっては2人が見た月も重ねられるんじゃないかなと思いました。ほかの人には見えていないけれど、自分たちには見えている。そういうイメージでした」
会場には諫山さんと中島さんの特に印象に残った衣装が展示されていて、その説明もあった。
まひろ(吉高由里子)が大宰府に旅立ったときの渋い衣装と、あかね(泉里香)の華やかな衣装、安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)の衣装の3点だ。
あかねの衣装は「シースルー」がポイント。
実際、当時、かなり際どい衣装の女性の絵も残っていたが、大河ドラマでは再現は難しく断念というエピソードも出たが、際どさばかりに着目したわけではなく、「声聞けば暑さぞまさる蝉の羽の薄き衣は身に着たれども」とあかねこと和泉式部の和歌の「薄き衣」に掛けてあるそうだ。
安倍晴明の衣装はシンプルに白で、紐の色がアクセントになっている。展示されたものは、撮影での雨降らしによって紐の色が白に滲んでいることに諫山さんが着目。トークショーのあと、筆者も近くで見て、感動を覚えた。
嵯峨野高等学校のアカデミックラボ「京・平安文化論」の取り組み
その他、直秀(毎熊克哉)の衣装、双寿丸(伊藤健太郎)の衣装、F4(金田哲、町田啓太、渡辺大和)の衣装の話なども語られた。
公任(町田)の衣装は、道長のブルーと対称的にピンク系にして、当初はもっとピンクの案もあったが、サーモンピンクに変わったそうだ。
客席からの質疑応答で、母子で来られたかたが、お嬢さんが彰子(見上愛)が好きなので何かエピソードを、ということで、彰子は一条天皇に嫁いだあと、自立に目覚めるとブルー系の装束を着るようになったというお話があった。
と、ここで、特別企画。京都府立嵯峨野高等学校のアカデミックラボ「京・平安文化論」の皆さんが登場。今年は「源氏物語」と「枕草子」をイメージしたお菓子を作って、宇治の源氏物語ミュージアムで販売し、好評を博したことを報告した。来年2月からは京都の和菓子屋さんで羊羹を販売予定だそう。
アカデミックラボ「京・平安文化論」は6月に「あさイチ」にも出ていた。
トークショーには4人が登壇。とてもしっかりコンセプトを話し、それが紫式部や清少納言をよく学んでいることがわかるものだった。
「紫式部が持つ高い姿勢、深い教養をイメージした紫の餡を白い牛皮が覆い隠しているのは、紫式部が知識をひけらかすのを嫌う人物だったからです。教養の高さをひけらかさないつましさを白色で表現しています」というようなことを語っていた。
高校2年生で明日は試験があるにもかかわらず、このトークショーに参加。出番はトークがはじまって1時間以上過ぎてからにもかかわらず、だれることなくしっかり話していて、担当の演出スタッフが感心していた。
月を見て何か思う気持ちはいつの時代も変わらない
トークショーがはじまる前は、2時間は長いかな?と思ったが、気がつけばあっという間に2時間が過ぎていた。
最後に、諫山さんと中島さんが「光る君へ」を振り返った。
まず諫山さん。
「まひろの最後の装束のパターンを考えているときに、すごく目頭が熱くなるときがあって。まひろの少女時代から装束デザインをやってきたので、ああ、終わるなあ、寂しいなあと思っています。『光る君へ』に携わって現代人も昔の人も感覚は変わらないのではないかと思いました。それと、番組をご覧になった、私より少し年配の方から、色の重ねを見ていると、自分ももっと派手なカラフルな綺麗な色を着たいと思えるようになったと言われたことがすごく嬉しかったです」
それを受けて岩槻アナが「色を重ねたり、ちょっと差し色を入れたり、季節の色を取り入れたり、綺麗な色を着て気分を上げることはいいことですよね」と言っていた。余談ながら実際、筆者も最近、靴下や差し色に明るい色を取り入れたりしているし、紫と赤の組み合わせなんてありえないと思っていたが、受け入れられるようになった。
中島さんは準備期間も入れて3年ほど「光る君へ」に関わってきた。
「『源氏物語』というあれだけの物語を書いた紫式部を主人公にするにあたって、彼女の知識量には絶対にかなわないとはいえ、彼女のドラマを作る限りは、紫式部の世界へできるかぎりダイブしていこう」と徹底的に学んだと言う。
「まずこの企画が立ち上がったとき、平安という時代は登場人物が藤原姓ばかりで、有名な人物は紫式部と藤原道長くらいしかいない。小学校の歴史の教科書に1ページあるかどうかの時代で、それを扱うことの不安を感じていました。どのくらいの方に受け入れられるかプレッシャーも感じましたし、その一方で、平安時代にはコアなファンのかたもたくさんいらっしゃるので、厳しい目で見られるのではないだろうかと覚悟もしていました。といって、どの時代であれ、同じ人間であって変わらないのではないかとも思っていて。それは千年前の月と今の月は一緒だというのと同じ感覚ですよね。月を見て何か思う気持ちは、いつの時代も変わらないということを前提に人間ドラマを作っていけば大丈夫かなと思って作りました。予想よりも厳しいご意見がなかったような気がしてちょっとほっとした部分もあります。予想以上に受け入れてくださってるかたが多い印象で、周囲でも見ているよと言ってくださるかたが多く、そういう反応を聞くことがいままでなかったので、とてもありがたく感じました。そして、ドラマを見て考察してくださったり、YouTubeなどで語ってくださったりかたたちがいて、ここまで盛り上がるとはと驚いています」
「最終回はタオルを用意していただいていいかもしれないです。ハンカチだと足りないのでタオルを」と呼びかける中島さん。
ネタバレになるので何も言えないと言いながら、まひろの少女時代から家にあった鳥かごがどうなるか、朽ちてもおかしくない鳥かごがずっと残っていたことを中島さんが示唆し、期待をもたせた。
トークショーのなかで、諫山さんの、昔の時代と「チューニングする」という表現が興味深かった。
「見えてる景色の中の人工物を消して遊んだりとか。例えば、月が出てる日に鴨川で酒を飲んでみたりとか、満月の時の月が綺麗だと、夜、京都の街を散歩するんです。例えば、御苑の夜は真っ暗で綺麗なんです。砂利に月の光が反射してそこに松の影が落ちたりして。それがたまらないなと思いながらうろうろしています」
なんだかとってもすてきだなと感じた。色のかさねといい、昔の人の感性の豊かさや知識欲はいまも大事にしたいと思わせてくれたのが「光る君へ」だった。そう思ったトークショーだった。
トークショーのもようは12月10日(火)、京都ローカル「京いちにち」で放送される予定。京都ローカルだがNHKプラスで配信される。
大河ドラマ「光る君へ」(NHK) 最終回は12月15日
【総合】日曜 午後8時00分 / 再放送 翌週土曜 午後1時05分【BS・BSP4K】日曜 午後6時00分 【BSP4K】日曜 午後0時15分
【作】大石静
【音楽】冬野ユミ
【語り】伊東敏恵アナウンサー
【主演】吉高由里子
【スタッフ】
制作統括:内田ゆき、松園武大
プロデューサー:葛西勇也、大越大士、高橋優香子
広報プロデューサー:川口俊介
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう ほか