ノルウェー版「共謀罪」とは?(1)日本ほど反発がなかった理由
日本経済新聞「「共謀罪」新設、先進国ではノルウェーのみ 外務省まとめ 」
ノルウェーにはすでに共謀罪がある、という記事を見かける。「え、そうなの?」と思い、このことを政治などに詳しい現地関係者や記者に聞いてみた。共通の反応が、「確かにそのようなことがあったかも。ノルウェーではそこまで物議を醸さなかったよ。2011年7月22日のテロ事件も体験しているしね」。
一般人の友人たちの反応は全体的に「あまり覚えていない・わからない」。
麻痺したかのような鈍い反応、深く考えることをやめたような反応が不思議で、複数の専門家に連絡をとってみた。できる限り、その方々の言葉を反映させたく、長文となるため記事を分けて掲載する。
テロ計画を“していそう“な人々を監視するノルウェー国家公安警察
ノルウェー国家公安警察(PST)の広報マッティン・バーンセン氏(Martin Bernsen)は電話取材でこう答える。
「ノルウェーには確かにテロを事前に防ぐための法律が複数あります。例えば、それによって、2010年にはオスロにある中国大使館の爆破計画をしていた男性が事前に逮捕されました。その後も法律は強化され、テロ活動行為におけるリクルート・参加・支援段階も捜査対象となり、懲役9か月の判決を言い渡された人もいます」。
「解釈によりますが、計画段階で捜査する法律は複数あるため、日本での“共謀罪”にあたるものがノルウェーの刑法何条だろうと的確に言うことはできません。133条のTerrorforbundが最も近いかもしれませんね。テロ計画段階でこれまで何人の人が調査対象となったかは、公表することはできません」。
警察の監視前後に第三者機関による審査
外部による監視体制が整っているため、警察独断での実行は不可能だと同氏は話す。
「事件が起きてから対処するのは遅すぎます。しかし、世の中そう簡単にできているわけではなく、無差別に誰でも捜査できるというわけではありません。ノルウェーではこれらの法に対し、大きな批判は確かに起こりませんでした。その理由には捜査方法が関係しているのかもしれません」。
「例えば、誰かを6週間、盗聴したいと仮定しましょう。なぜそのようなことをするのか、しっかりとした説明をして、まず裁判所から許可がおりなければいけません。盗聴を実行後、EOS委員会という国会によって構成された監視機関によって、運用が正しかったかどうか審査されます。警察捜査の前後に第三者機関が入るため、警察が単独で行っているわけではないのです。このような他機関による外部監視は他の欧州の国でも採用されていますよ」。
ノルウェーテロ事件の影響は?
ノルウェーでは、2011年7月22日にアンネシュ・ブレイビク容疑者が単独でテロを実行し、77人の命を奪った。連続テロとノルウェー版共謀罪は関係しているのかどうか聞いたところ、「あまり関係ないと思います」とバーンセン氏は話す。「あの事件では警察官の数や防衛組織の体制自体に問題があったので、法律が起因していたわけではありません」。
とはいえ、無関係とは言い難い。ノルウェーでこのテロが起こるまでは「2人以上によるテロ計画」のみが犯罪行為とされていた。テロ後、ブレイビク容疑者がネットで過激な発言を繰り返していたことから、メディアや市民からは「なぜ事前に予防できなかったのか」と批判がくる。国家公安警察は、「いずれにせよ単独での計画では何もできなかった。法が改正されない限りは」と地元メディアに発言していた。
犯罪組織だけではなく、単独でも捜査可能に
テロ後、ノルウェーの新しい法では、2人以上の犯罪のみに限らず、1人で計画していただけでも捜査対象となった。
133条のテロ法案では、現状も「2人以上の場合」が捜査対象だ。しかし、2013年にできたテロのリクルートや支援に関する「別の刑法をうまく解釈すれば」、「1人の犯罪計画」でも事実上は警察は捜査が可能になったとバーンセン氏は話す。要は、複数ある複雑な刑法をどう解釈し、どう共に使うかということだ。
「それでは、例えば誰かが単独でテロを計画しようとおしゃべりしていたら、捜査できる?」と筆者が聞いたところ、「できます。ただし、誰かがそう通報してきたとしても、信憑性が高い証拠も揃っていなければ動けません。前後に他の審査機関も入ります。どれほど多くの人を捜査できるかについては限界があります。外国語を話していれば通訳も必要になりますし」。
Text:Asaki Abumi