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50代、希望退職の先には「未来」があった

木村正人在英国際ジャーナリスト
大量リストラを進めるシャープ(写真:ロイター/アフロ)

希望退職の先には「絶望」

健康社会学者、河合薫さんのエントリー「リストラターゲットは50代。希望退職の先にある『絶望』」を読んで、反論したくなりました。筆者は50歳を区切りに新聞社を早期退職して3年半がたちますが、希望退職の先には「未来」があると思うからです。

河合さんのメッセージは「組織にとどまろうと、外に出ようと、大事なのは、少しばかりの勇気と謙虚な気持ちを持てる自分になることなんじゃないでしょうか」ということに尽きます。がしかし、もう少しモノの見方を変えないと、日本は変わらないでしょう。人生のレールは1本ではないからです。

まず、過去最高益を出す企業が相次ぐ中、早期退職を募集している例として河合さんが挙げておられる企業を見てみます。

東芝

ソニーのモバイル分野

セガサミーホールディングス

日本コロムビア

カドカワ(旧KADOKAWA・DWANGO)

損保ジャパン日本興亜ホールディングス

ニッセンホールディングス

日本たばこ産業(JT)

シャープ

ルネサス エレクトロニクス

ワールド

企業が成長を続けているなら、早期退職は募集していないはずです。そんな会社に65歳までしがみついて「自分の会社人生は逃げ切りに成功した」と喜ぶより、自分で「成長」分野を見つけて飛び出して行った方がチャンスが広がります。65歳まで15年という機会を失うより、それを有効に活用すべきです。これからは労働力不足になり、労働市場にも変化が生じています。

世界に目を向けると上り坂の方が多い

上り坂と下り坂の数は同じですが、世界経済全体を見ると下り坂より上り坂の方が圧倒的に多いのではないでしょうか。大学を卒業して非正規で働かなければならない若者に比べると、早期退職組は随分恵まれています。

50歳まで働いた退職金が出ます。早期退職に応じれば退職金が上増しされる企業もあります。25年働けば年金の受給資格もできます。「自己都合退職」になるか「会社都合退職」になるかで大きな違いがありますが、失業保険も出ます。

住宅ローン、子供の学費、老後の蓄えなど心配すればきりがありません。しかし平均寿命は男性80.21歳、女性86.61歳。夫婦ともに50歳なら、残りの人生はそれぞれ30年、36年以上あります。早期退職は家族で第2の人生のスタートを切る大きなチャンスです。

自分を再開発して成長させよう

失業保険の出る間、夫婦で好きな所に旅行に出かけて新しい人生設計を立てるのも良いでしょう。社会人大学院に入学して新しいスキルを身に付けるのも良いチャレンジです。成長しなくなった会社や産業にしがみつくより、自分を再開発して成長させることの方が大切です。

筆者が50歳で早期退職したのは、会社から指示される仕事をこなす時間を考えると1日24時間以上働かなければならない場合が出てきたからです。過労で耳鳴りが続き、ついには味覚障害まで出て、枕元で亡くなった母親が「もうやめときなさい」とつぶやく夢を見ました。

筆者の実家は大阪市西成区で食料スーパーを経営し、大晦日には300万円もの売り上げがありました。しかし近くに大型総合スーパーができて売り上げが極端に落ち、休日も開店し営業時間を長くしました。結局、店と家事の切り盛りをしていた母親が脳卒中で倒れ、その後25年以上にわたって寝たり起きたりの生活を送りました。

時代の流れに逆らうとろくなことはない

時代の流れに逆らうとろくなことはありません。無理して店を続けるより、早めに転売するなり閉めるなりした方が良かったのです。今、日本で起きているのはそういうことだと思います。

乳がんの手術を受けた彼女(現在の妻)の予後には友人の多いロンドンに残る方が良いと考えたこともあります。しかし将来プランをあまり立てずに行動したので、たくさん頭を打ちました。海外居住者なので日本に住民票がなく、失業給付は受けられませんでした。

生活収入の証明など英国での永住権取得のハードルが移民制限のため高くなり、胃が痛くなりました。しかも取得までの2年間、英国をあまり自由に離れることができませんでした。新聞記者を28年したとは言うものの、原稿を書ける人はこの世の中に吐いて捨てるほどいます。希少価値のないものに人はオカネを払おうとはしません。

ミッドライフ・クライシス

ミッドライフ・クライシスとはよく言ったもので、自分たちの苦労だけでも大変なのに日本で暮らす身内に問題が相次ぎ、日本への一時帰国を強いられました。実家で約1カ月、身内の面倒を見ることになったとき「弱り目にたたり目や」とこぼすと、妻が「会社も辞めて仕事もないから、ちょうど良い機会でしょ」と言ってくれたのです。

しかも妻はロンドンから手伝いに来てくれました。失ったものの強みというのか、妻と筆者には肩書きがありません。だから逆に日本では他人の目を気にして自分を必要以上に追い込む人が多いのではないかと思いました。ロンドンでは「名刺」を持っている人の方が珍しいので、本当に気軽に暮らせます。

28年間も休まず、朝から晩までこれ以上働けないほど新聞社で働いたのに自分の専門性を十分に伸ばすことができませんでした。その理由を考えるため、データジャーナリズムなど多くのワークショップ、大学・シンクタンクのイベントに参加しました。これまでボヤーッとしていた問題意識が明確な形になってきました。

投資より貯蓄が増えると成長が止まる

日本がダメになった最大の理由は投資より貯蓄する人が増えたことです。ハーバード大学教授で元米財務長官ローレンス・サマーズ氏の講演を聞いて、改めてそう思いました。

日銀の資金循環統計によると、家計の資産はストックでみた場合、1684兆円もあります。老後が心配で国民がためた貯金を政府がせっせと社会保障(一般会計歳出総額の32.7%)などのために使っているのが現状です。政府債務残高は国内総生産(GDP)の240%。それなのに将来の投資に当たる文教及び科学新興費は歳出総額の5.6%です。そんな国に成長を期待するのは難しいでしょう。

50歳で早期退職した場合、夫婦2人の時間と収入、資産を貯蓄に回さず、できるだけ成長分野や将来性のあるものに投資して行けば必ず活路は開けます。2人で収入が出るようになれば、将来の心配もそんなにしなくて済むでしょう。住むところだって人口減少で空き家が増えているぐらいです。安くて良い物件はたくさんあります。

筆者の場合、消費を極力切り詰め、退職金などの貯金を成長したり値上がりしたりすると思ったモノに全額投資しました。収入はPCやスマートフォン、シンクタンクの会費やワークショップの参加費などの「投資」に回すようにしました。おかげで最先端の知見を手に入れることができ、たくさんの若者と接点ができました。

肩書きを捨てて、初めて見えてくるもの、手に入るものがあります。

一番大切なのは夫婦力

一番大切なのは夫婦で力を合わせることです。筆者は誕生日に妻が用意してくれた巨大ケーキが忘れられません。とにかく石臼みたいに重くて、10キロ近くあったので運ぶのが大変でした。それと最初の著作をものにした時、お寿司を作ってくれました。その時は感謝する余裕がありませんでしたが、今では楽しい思い出です。

実は最大のピンチがありました。妻の愛猫が亡くなった時です。ペット保険が適用されるというので延命治療をしたのですが、1日で断念しました。1日の費用が700ポンド(12万6千円)。結局、保険がきかず実費を支払うことになりました。口座残高は三桁に転落し、顔が青くなりました。延命治療をもう少し続けていたら家計が破綻していたのは間違いありません。

早期退職は「独立」です。新しい「チャレンジ」です。ダメになっていくものにしがみつくよりも、アジアや世界に目を広げて、成長するものに賭けた方が良いに決まっています。夫婦2人で力を合わせれば、ダメになるより、良くなる確率の方が高いと思います。

一流大学に入って、限られた正規雇用のイスを求めて一流企業に就職する、そんなレールを走り続けることに汲々とし、社内の人間関係に身をやつすより、新しいことにチャレンジした方が人生楽しくなります。会社というレールを走り続ける他人と比べるから気分が暗くなるのです。それに退職金はもらえるうちにもらっておいた方が賢明でしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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