フェイスブックが「政治広告」の削除に踏み切った、その事情とは?
フェイスブックがトランプ大統領の「政治広告」の削除に踏み切った。政治コンテンツを"放置"しているとして社内外から批判を浴びてきたフェイスブックが、なぜ削除に舵を切ったのか――。
フェイスブックは6月18日、トランプ陣営が前日から掲載した政治広告について、同社の広告ポリシーに違反するとして、削除していたことが明らかになった。
広告は、"赤い逆三角形"のマークとともに、反ファシスト運動「アンティファ」を「テロ組織」として批判する内容。
だがこのマークは、ナチスの強制収容所で政治犯を示すものとして使われていたことから、フェイスブックは同社の「組織的ヘイト」を禁止するポリシーに違反している、として削除に踏み切ったという。
トランプ大統領による「略奪が始まれば、銃撃が始まる」との投稿について、ツイッターが「暴力賛美」と非表示にしたのに対し、フェイスブックは現在も掲載。
この対応に、フェイスブックは社内外からの批判にさらされている。
だがその一方、ソーシャルメディアのコンテンツ管理をめぐっては、トランプ政権側からの圧力も高まっている。
米司法省は6月17日、ソーシャルメディアのコンテンツへの免責を定めた「通信品位法」の改正を掲げたトランプ氏の大統領令を受け、免責範囲の限定化を盛り込んだ提言を公表している。
権力とソーシャルメディアをめぐる動きは、さらに緊迫度を増している。
●"赤い逆三角形"の広告
ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズなどの各メディアは6月18日、フェイスブックがトランプ陣営の掲載した広告を削除した、と報じた。
我々は、組織的ヘイトに対するポリシーに違反した投稿や広告を削除した。我々のポリシーは、禁止対象のヘイトグループが政治犯を示していたシンボルを、批判や議論の目的以外で使用することを禁じている。
フェイスブックは、CNNなどへの声明で、そう述べている。
広告は前日の17日から、トランプ氏、同氏の再選チーム「チームトランプ」、さらにペンス副大統領のフェイスブックのアカウントで掲載されたものだ。
広告は反ファシスト運動「アンティファ」について「テロ集団」であるとし、「極左グループの危険な暴徒が我々の街頭を走り回り、大規模な暴動を引き起こしている」と述べて、反対署名を呼びかける内容とともに、黒い縁取りの"赤い逆三角形"の画像を表示していた。
"赤い逆三角形"は、ナチスの強制収容所において、共産主義者などの政治犯を示すシンボルとして使用されていた歴史的経緯がある。
トランプ陣営はメディアに対し、"赤い逆三角形"が「アンティファを示すシンボルとして一般的に使用されているものだ」と説明している。
だがこれに対し、有力ユダヤ人団体「名誉棄損防止同盟(ADL)」CEOのジョナサン・グリーンブラット氏は、こう述べている。
トランプ陣営がこのシンボルの歴史的経緯や意味について理解していようといまいと、これはナチスが強制収容所で政治犯を示すために使っていたのと同じものだと言える。それを敵対勢力への攻撃に使うことは、不快で深刻な問題をはらんでいる。
米国では、ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性、ジョージ・フロイド氏が白人警官による暴行で死亡した事件をきっかけに抗議行動が全米に拡大した。
一部で暴徒化した騒動をめぐり、トランプ氏は暴動が「アンティファ」によるものとの主張を続けている。
だが、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどが、警察当局による暴動の摘発事例を調査したところ、これまでに「アンティファ」との関連を示す情報は明らかになっていない、という。
●初めてではない広告削除
フェイスブックが、今回の広告削除の根拠としたのは、2020年5月に公表したヘイト対策のポリシーだ。
これは、2019年3月、ニュージーランド・クライストチャーチで起きたモスクへの乱射事件を、実行犯がフェイスブックでライブ中継していたことを受けた措置。
このポリシーでは、「組織的ヘイト」にまつわるコンテンツの削除を掲げており、"赤い逆三角形"がこれに該当するとの判断だ。
フェイスブックがトランプ陣営の政治広告を削除するのは、今回が初めてではない。
2020年3月、トランプ陣営が「国勢調査」と見まがう広告を掲載。フェイスブックが削除した事例がある。
米国では10年に1度、国勢調査を行っており、2020年が実施年にあたる。
フェイスブックはこれに合わせて2019年12月、国勢調査への妨害コンテンツなどを排除する方針を表明している。
この中で、「国勢調査の時期や参加方法についての誤解をまねくコンテンツの禁止」を掲げており、トランプ陣営の広告はこれに違反したという。
●フェイスブックへのボイコット
フェイスブックはこれまで、政治コンテンツへの不介入の立場を強く主張。ツイッターの取り組みとの違いが、鮮明になっていた。
ツイッターは2020年5月末、トランプ氏のツイートに対して、相次いで積極的な取り組みを示す。
「郵便投票は実質的な詐欺以外の何物でもない」としたツイートにはファクトチェックの警告ラベルを表示。
さらに、抗議行動と暴動をめぐって、「ごろつき」という言葉とともに「略奪が始まれば、銃撃が始まる」としたツイートを非表示にする対応を取った。
フェイスブックは、トランプ氏による「略奪が始まれば、銃撃が始まる」との同じ文面の投稿を、そのまま掲載し続けている。
これに先立つ2019年秋には、政治広告をめぐり、ツイッターが全面禁止を表明したのに対し、フェイスブックはファクトチェックせずに掲載する方針を打ち出している。
※参照:SNS対権力:フェイスブックとツイッターの判断はなぜ分かれるのか?(06/04/2020 新聞紙学的)
だが、フェイスブックの政治コンテンツ不介入の姿勢に対しては、社内からも反発が噴出。
ザッカーバーグ氏は6月5日、社員宛てのメモの中で、コンテンツの取り扱いに関するポリシーの見直しを進めていると表明した。
そして抗議の声は、社外からも上がっていた。
その一つが、有力人権団体によるフェイスブックへの広告ボイコットの動きだ。
今回の"赤い逆三角形"広告削除の前日、6月17日には、「名誉棄損防止同盟(ADL)」や「全国有色人種向上協会(NAACP)」などの有力人権団体が連名で声明を発表。
「フェイスブックはネット上のヘイトスピーチの大規模拡散に、有効な対策を取ることができていない」として、大口の広告主に対して、広告引き上げを働きかけていく、と表明し、ロサンゼルス・タイムズに全面広告を掲載していた。
NAACPの代表、デリック・ジョンソン氏は声明の中でこう述べている。
フェイスブックとCEOのマーク・ザッカーバーグ氏は、誤情報の拡散に対して、単に怠慢だというだけでなく、無関心だということが明らかになった。だがそれによって、民主主義に回復し難いダメージを与えているのだ。そのような態度は、迫ってきた2020年の米大統領選の公正さを損なうことになるだろう。
●司法省の「免責改正提言」
他方、トランプ政権からの圧力も、強まっている。
米司法省は6月17日、ソーシャルメディアのコンテンツへの免責を定めた「通信品位法230条」改正の提言を公表した。
これは、トランプ氏が5月末、ツイッターによる警告ラベル表示に反発し、免責条項の改正を掲げる大統領令を出したことを受けたものだ。
「通信品位法230条」では、ソーシャルメディアはユーザーが投稿したコンテンツを掲載することについての免責が認められるのと合わせて、有害と認定したコンテンツを自主的に規制する場合にも免責が認められている。
司法省は提言の中で、ソーシャルメディアに違法コンテンツの管理強化を求める一方、有害コンテンツの規制については限定化し、有害コンテンツ規制を行う場合の説明責任や透明性の強化などを掲げている。
つまり、ソーシャルメディアの裁量で認められていた免責範囲を大きく狭める内容となっているのだ。
●両サイドからの圧力の中で
このような両サイドからの圧力が高まる中で、フェイスブックによるトランプ陣営の"赤い逆三角形"広告の削除が明らかになった。
今回の削除が、フェイスブックの姿勢の変化を示すのかどうかは明らかではない。
ただ、従来のような静観の姿勢のままではいられない状況にあることは、確かなようだ。
(※2020年6月19日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)