藤井聡太棋聖が感想戦で示した「恐るべき手順」に充実ぶりが見えた~第93期ヒューリック杯棋聖戦第4局~
17日、第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第4局が行われ、藤井聡太棋聖(19)が挑戦者の永瀬拓矢王座(29)に勝利し、通算3勝1敗として防衛を決めた。
棋聖はこれで3連覇、タイトル獲得は通算9期となった。
藤井棋聖の十代最後の対局となった本局は、先手番の永瀬王座が相掛かりから早々に歩を得して攻勢に出た。
対する藤井棋聖は金を繰り出して強く迎え撃ち、スキのない指し回しでリードを築く。
終盤はギリギリの攻防だったが、藤井棋聖の正確な読みと判断が光り、最後はキレイな即詰みで防衛に花を添えた。
打ち歩詰め
実戦の手順もギリギリだったが、感想戦で示された水面下の手順にはよりギリギリの手順が潜んでいた。
その手順をここから解説する。
図は△6六歩と藤井棋聖が攻めに転じたところ。実戦は▲5一角△4三玉▲5五桂、と進んだのだが、もし△6六歩を▲同歩と取るとどうなるか。
感想戦で藤井棋聖が指摘して、対戦相手の永瀬王座も唸る読みを披露した場面である。
▲6六同歩には△6七金▲4八玉△6八竜▲3九玉△2五香と進む。後手の調子がいいようだが、先手の歩が6六に伸びると後手玉の逃げ道が塞がって危ない意味もある。
実際、▲5一角△4三玉▲5五桂△3四玉▲3五歩、と王手を続けられると後手玉は相当に危ない。手順中、△3四玉で△5四玉と逃げると▲6五金で詰んでしまう。これが先手の歩を6六に呼んだデメリットである。
さて▲3五歩以下、△同玉▲3六歩△同銀▲4六金△3四玉とかなり追えるのだが、その局面は打ち歩詰めとなり後手玉はギリギリ詰まない。
△2五香は相手玉への詰めろと同時に、敢えて後手玉の逃げ道を狭めて、打ち歩詰めで逃れるための手でもあったのだ。
そして△2五香だけでも驚愕だが、藤井棋聖の読みにはさらに続きがあった。
驚異の手順
参考図1の△2五香に対しては▲2六歩と捨てる手がある。△同香と取らせることで、先ほどの後手玉に対する打ち歩詰めを回避できるのだ。
△2六同香に▲5一角から追いかけ回すと、次の図に到達する。手順は超難解なので読み飛ばしていただいてかまわないが、参考までに記しておく。
(参考図1から、▲2六歩△同香▲5一角△4三玉▲5五桂△3四玉▲3五歩△同玉▲3六歩△同銀▲4六金△2五玉▲3六金△同玉▲3七銀△4五玉▲4六銀△3六玉▲3七銀打△2五玉▲2六銀△同玉▲3七銀△3五玉▲3八香△2七銀)
1手前の▲3八香は攻防にきく好手で、後手の竜のききを止めながら後手玉をにらんでいる。
しかし△2七銀がそれを上回る好手だ。
対して▲4六銀の両王手が怖い手だが、△2五玉▲2六歩△同玉▲3五銀△2五玉、と進むと再び後手玉は打ち歩詰めの形となる。
△2五玉に▲2四角成と捨てても、△同歩▲2六歩△1五玉▲1六歩に△同銀成と取って詰みを逃れられる。
△2七銀に対して持ち駒の乏しい先手に詰めろを受ける手段もなく、△2七銀の局面は後手の勝ちとなる。
この△2七銀までの手順は、全て感想戦で藤井棋聖が指摘したものだ。
さすがの永瀬王座もここまでは読んでおらず、すぐには意図を汲み取れていなかったように見えた。
冒頭の△6六歩から数えて△2七銀まで約30手。
△2七銀以降も王手が続く格好なので、実質的には直線で40手以上だ。
幹の変化だけでもこれだけの長手数であり、枝の変化も含めればどれだけの手数になるか。
この手順を指摘した藤井棋聖には自らの読みに自信を持っている様子がうかがえた。実際、AIを用いて精査した感じでもその読みと判断は正確であり、筆者はここに藤井棋聖の充実ぶりを感じた。
棋聖3連覇、そして王位戦へ
今回の五番勝負は、第1局に千日手が2回生じる波乱のスタートだった。
藤井聡太棋聖のタイトル戦連勝記録を止めた永瀬王座の勝因は「認識の確かさ」にあった
第1局を落とした藤井棋聖は第2局も苦戦を強いられたが、あの△9七銀が流れを変えて、第3・4局は藤井棋聖の快勝譜だった。
この記事で筆者は
と書いたが、まさにその通りとなった。
そして一度流れをつかんだら手離さないのも強者の証である。
特にこの第4局は恐ろしさを感じるほどの強さであり、今回解説した場面も正確な読みと判断力は棋界No.1であると改めて感じさせられるものだった。
藤井棋聖は休む間もなく、7月20・21日にお~いお茶杯第63期王位戦七番勝負第3局を豊島将之九段(32)と戦う。
日程的にはかなり厳しいが、充実度は確実に上がってきている。
果たしてどんな戦いを見せるのか、そちらもご注目いただきたい。