藤井聡太棋聖のタイトル戦連勝記録を止めた永瀬王座の勝因は「認識の確かさ」にあった
3日、第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第1局が行われ、挑戦者の永瀬拓矢王座(29)が藤井聡太棋聖(19)に2回目の指し直し局で勝利した。
2回の千日手で話題になった本局。
2回目の指し直し局(トータル3局目)は藤井棋聖が角換わりを採用し、中盤まで互いの研究がぶつかる展開に。
研究の精度が高かった永瀬王座がリードを奪い、藤井棋聖に力を出させずに押し切った。
研究の精度
下の図は19時頃の局面である。
持ち時間が4時間で9時開始のタイトル戦の場合、19時は終局近い時間である。しかし本局は2回目の指し直し局ということもあり、ようやく戦いが始まったところだ。
角換わりの定跡形から戦いが始まった本局。ここまでも前例があった。
永瀬王座も似た形を先手を持って指していたが、その時と「9筋の突き捨て(※)の有無」が違っていた。
※後手が△9五歩と歩を突き捨てた
それが永瀬王座の工夫であり、研究だった。
感想戦のコメントを聞くかぎりでは、藤井棋聖はあまり研究対象としていない格好だったようだ。
わずかな違いは、この先に大きな違いを生み出す。
それを実戦で把握するのは困難をきわめる。特に本局のような難解な将棋では、藤井棋聖といえども全てを読み切ることはできない。
一方、永瀬王座はその違いを把握していた。
永瀬王座の認識の確かさを感じたのが図の場面。
この前後の数手は筆者の目には選択肢が多いように映ったが、永瀬王座の指し手は早かった。そしてその指し手は正確だった。これは確かな認識をもって局面の急所を見抜いていた証拠である。
実際の形勢に大きな差はついていなかったようだが、認識の乏しかった藤井棋聖は持ち時間の少なさもあって指し手に粘りがなく、逆に永瀬王座の指し手は急所をついて緩みのない指しまわしで押し切った。
優れた認識
この将棋は永瀬王座の研究の深さに注目が集まった。
おそらく80手近くまで、永瀬王座の研究範囲内だっただろう。
そんな深いところまで!
手数だけを見るとそう感じるかもしれない。
しかし、
・駒組みの手数が長い(戦いが始まったのは47手目)
・戦いが始まった後も、定型化されている手順が続く
角換わりにはこういう要素があり、深い手数まで研究がしやすい。
本局で永瀬王座の研究が勝った点は手数ではない。
定型化された手順の中で、「9筋の突き捨ての有無」による違いを把握していたことにある。
人間はコンピュータと違うので、全ての手を記憶するのは不可能だ。
そのため、「9筋の突き捨ての有無」のような違いを分析し、それぞれにおける急所を認識することが重要なのである。
永瀬王座の認識の確かさが正確な指し手を導き出し、藤井棋聖に粘る余地を与えずに押し切る要因となった。
永瀬王座の徹底ぶり
2回目の千日手局は戦いが始まる前に膠着状態となり、引き分けとなった。
この対局について永瀬王座は局後のインタビューでその理由を
「準備の薄い形になったので」
と述べている。
どんな人であっても、研究には濃淡がある。
研究が濃い形に進むのが理想だが、実戦ではなかなかそうならない。
だからといって、研究が薄いから千日手にしようとまでは思わない人が多い。
割り切って千日手にしてしまうのは、それなりに抵抗のあることだ。
それを徹底しなければ藤井棋聖には勝てない、そういう永瀬王座の強い意思を感じた千日手だった。
本局の勝利で永瀬王座は対藤井棋聖戦で3連勝となった。
その要因は、優れた研究と、優れた研究へ持ち込むための徹底ぶりにあると筆者は感じた。
第2局は15日に
とはいえ、これまでタイトル戦で13連勝していた藤井棋聖だ。
このままズルズルと負けるとは到底思えない。
まだ五番勝負が面白くなったといえる段階だろう。
第2局は15日(水)に新潟県新潟市で行われる。
先手番の永瀬王座がどう研究の濃い形に持ち込むか。
そして藤井棋聖がその中でどういう戦いを見せるか。
シリーズの行方を左右する一番になりそうだ。