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W杯直前で完敗を重ねる西野ジャパンに「火事場の馬鹿力」はあるのか

杉山茂樹スポーツライター
交際親善試合 スイス2−0日本(@ルガーノ)(写真:アフロ)

 ガーナ戦とスイス戦。スコアは同じ0-2ながら、内容には大きな差があった。

 ガーナのメンバーは若手中心。今回のW杯には出場しない。そしてなにより日本のホーム戦だった。スイス戦はその逆。W杯出場国とのアウェー戦で、そのスタメンにはほぼレギュラークラスが名を連ねた。

 そして単純にガーナより1ランク上のチームとなれば、日本は負けるのが当たり前だ。0-2で負けてもガーナ戦ほどのショックはない。本来ならば。

「ほしかったのは結果。結果が出ることによってチームは自信をつけるので、そういう意味では痛い敗戦になった」とは、試合後の長谷部誠の弁だが、結果を求めてこの試合に臨んでいるところに、大きな違和感を覚える。

 西野朗監督は、次のパラグアイ戦(12日)には、サブの選手を多く使うとコメントしているので、そこでの目的は結果ではなくなる。W杯本大会に出場しないパラグアイが、どんなメンバー編成で日本と戦うのかは定かでないが、モチベーションはスイスほど高くない。ホーム戦でもない。日本が結果を欲するなら、こちらの方が狙い目だろう。

 ちぐはぐだ。そもそもガーナ戦に3-4-2-1なる布陣で臨んでしまったことが間違いのもとだ。日本は強豪への対応力を身につけたいと、後ろに下がって守る守備的サッカーを選択した。本番まで残りわずか3試合であるにもかかわらず。だが、スイス戦ではそれを貫くことなく、布陣を4-2-3-1に変更。そして残り1試合という最終局面を迎えることになった。

 いい監督と悪い監督を見分ける方法は様々あるが、一番は本番から逆算する力だ。西野監督に与えられた準備試合は3試合。ガーナ戦、スイス戦、パラグアイ戦だった。その間にできることは何か。できないことは何か。最大限、時間を有効に使おうとすれば、可能なことを推察する力が求められる。それがベストを尽くすという意味だ。監督就任が決まった瞬間、スッとこれが描けていないと、苦境は乗り切れない。

 槙野智章は「3バックなのか、4バックなのか。どちらなのかわかりませんけれど、監督の求めるものを、ピッチの上で表現できれば……」と述べた。監督がどちらの布陣を使うのか、選手が考えあぐねている様子が見て取れる。未決定事項なのだ。

 3試合しか与えられていない中で、早くも2試合を消化し、残り1試合になった西野ジャパン。時間の使い方を間違えていることは明らかだ。

 もうひとつ、いい監督と悪い監督を見分ける方法は、禁句を吐くか否かだ。西野監督は試合後のインタビューで、次のフレーズを口にした。

「決定力不足」

 敗因をこれに求めれば、責任は全面的に選手に及ぶ。選手に決定力さえあれば、勝てたという話になりかねない。このスイス戦、決定力不足でゴールにならなかったシーンはいったいいくつあったのか。絶対決めなければならないシュートを、選手は何本外したというのか。

 ほぼゼロだ。決定力不足は事実誤認。決定力を嘆くなら、その前にチャンスの少なさを嘆くべきだろう。

 しかし、チャンス不足は選手の問題というより、1人ではなく3人、4人が関わるグループの問題だ。監督の指導力と密接に関係する。それを選手個人の問題にする姿勢はまさに保身。監督がこの禁句を吐いている限り、決定力不足は永遠に解決しない。

 そうはいっても、西野式4-2-3-1は、ハリル式4-2-3-1より見栄えがいい。変に蹴らず、繋ごうとする姿勢は、アギーレジャパン、ザックジャパン時代に戻った印象だ。もちろん、ガーナ戦で試した3-4-2-1をも大きく上回る。

 中心になっていたのは大島僚太だ。この選手にボールが集まることで高まる安心感が、チーム全体に波及している格好だ。前任監督から可哀想な扱いを受けていた選手が、監督交代を機に活躍する例は数多いが、大島はそのひとりになる。大島を起用したほうが日本の魅力は発揮される。監督交代をしてよかった点を述べよと言われれば、これになる。

 だが、番狂わせを起こそうという勢いには欠ける。最終的に守備的(3-4-2-1)なのか、攻撃的(4-2-3-1)にいくのか、踏ん切りがついていないことに加え、ベテラン重視の選手起用も、勢いをもたらさない原因だ。

 たとえば本田圭佑。この日、起用された1トップ下は、言ってみれば花形ポジションだ。その席に本田は、ザックジャパン時代以来、ほぼ4年ぶりに座った。しかし華は失われていた。一般的に選手寿命は伸びていて、もうすぐ32歳になる選手でも、衰えを感じさせない選手は確かに存在する。

 だが、現在の本田を見て、なんて若々しいプレーをするんだと驚かされることはない。伸びきったゴムを連想させる弾けなさそうなムード。その右肩下がりは顕著だ。

 34歳の長谷部も本田ともどもスタメン候補のようだが、こちらにも無理を感じる。アギーレ時代に4-3-3と3-4-3の可変式の要となるアンカー役を演じていた長谷部だが、西野式4-2-3-1では、最終ライン付近まで降りてくることはない。それより高い位置でプレーする。

 その分だけ、ボールロストの可能性が増す。ノーミスが普通のポジションにあって、長谷部は何かをしでかしそうな危うさを漂わせている。この日、大島と交代で出場を果たした柴崎岳を長谷部の代わりに先発で起用すべきではないか。

 センターバックの吉田麻也、槙野智章もベテランの割に危なっかしいプレーをする。後半、投入された香川真司もそうだが、経験値を評価され、そのプライオリティで選出された選手が、経験値を発揮しそうもないところに、西野ジャパンの弱みを見る。

 そしてもうひとつ、日本の弱みを挙げるならば、両サイドだ。この日、右ウイングで先発した原口元気の適性は左ではないのか。左ウイングで先発したのは宇佐美貴史。彼に代わって途中からピッチに入った乾貴士も適性は左だ。

 メンバー23人の中で、右に適性がある選手はといえば本田ぐらいだ。浅野拓磨、久保裕也、さらに言えば伊東純也を23人から外した挙げ句、本田をトップ下で起用すれば、右に適性がある選手はいなくなる。そこに西野監督は原口を置いているわけだが、彼に大きな期待を寄せることは難しい。

「原口、宇佐美」なら、「乾、本田(仕方なく)」を左右に配した方がベター。原口と宇佐美には、サイドバックと協力してサイドを崩そうという協調性の高いプレーが見られないのだ。

 本番まで残り1試合。正直、最悪の状態は脱した気がするが、一方でマックス値も見えてきている。西野采配への期待も同様だ。逆算ができていないうえに、”画期的度”が低い。匂いが漂ってこない。”番狂わせの法則”からは外れた状態。事件を起こしそうな危険なムードを、世界に向けて発散しているとは言い難いのだ。その自覚が西野監督にはあるのか。

 期待したいのは、2010年南アフリカW杯で、岡田武史監督が最後の最後に発揮した火事場の馬鹿力だ。味方をも欺くアッと驚くような采配。それほどの采配を見せないと事件は起きない。目の前の大きな岩は動かないと僕は思う。

(集英社 webSportiva 6月9日掲載)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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