止まらない住民たちの涙 「生業訴訟」住民側が勝訴 国の責任と賠償福島地裁認める
福島地裁で国や東京電力に勝訴した「生業を返せ、地域を返せ!福島原発訴訟」の原告団の皆さん。取材を始めて3年半以上が経ちますが、僕にとっても大きな大きな勝訴だったと振り返っています。(※判決文はこちらに。)
生業訴訟は2013年3月11日に震災当時福島県内及び隣県に住んでいた住民800人が国や東京電力に対し、原状回復、責任の追及、新たな賠償を求めて福島地裁に訴えた裁判で、現在は4000人近い原告が闘う全国でも最大規模の原発事故訴訟になりました。
今回の判決では、原告が訴えた原状回復については棄却されましたが、「政府の地震調査研究推進本部が発表した地震の長期評価は、専門家による議論を取りまとめたもので信頼性を疑う事情はない。国がこれに基づいて直ちに津波のシミュレーションを実施していれば、原発の敷地を越える津波を予測することは可能だった」と述べ、2002年において国(当時の経済産業大臣)が適切な指導を東京電力に行っていれば原発事故を回避することは可能だったと述べ、国の責任を認めました。画期的な判決で原告側の勝訴です。
一方で、国や東電の責任を認め避難指示が出された区域の外でも、一部の住民に国の指針を上回る慰謝料などを支払うよう命じるなどあわせて4億9千万円あまりの賠償が認められたものの、その範囲や賠償額、今後の慰謝料などについては満額回答とはならず請求が棄却されたものもありました。東京電力の責任については過失があるものの、故意ではなく、重要な過失は認められなかったとして、国に比べると責任の度合いは軽い判決でした。民間事業者の責任を問う難しさがあらためて浮き彫りにもなっています。
とは言え、住民の皆さんの訴えがなければ責任の所在は明らかにならず、津波の予見性の有無を裁判所が認めた内容は大きな前進です。
原発事故当時は、NHKで経済ニュースのキャスターをしていました。震災直前に福島県の一次産業のブランド化について取材しルポを制作したばかりでしたので、取材先の福島県各地の皆さんが傷んでいく様子は今思い出しても胸が締め付けられるような深い悲しみと、悔しさがこみ上げてきます。
当時、なぜこのような不条理な事故が起きてしまったのかを検証するため独自でも取材を進めていました。事故原因について不透明な部分が多く、あまりにも未解明な事象が連なっていることから、東京電力福島第一原発の事故は「天災ではない、これは人災だ」と思うようになりました。しかし自身の番組では「津波による電源喪失でメルトダウンに至った」という軸から離れることはなかなか許されず、歯ぎしりをしながら発信していたのを今でもよく覚えています。
2012年から退職までの1年間は米国に渡り、スリーマイル原発の取材やロサンゼルス近郊で半世紀前にメルトダウン事故を起こしたサンタスザーナ実験用原子炉の取材などを通じ知り合った国際機関の職員や専門家たちの話なども聞くにつれて、日本の原発事故についてより多角的な検証が必要であるという認識はさらに強くなっていきました。(取材映像はドキュメンタリー映画「変身 Metamorphosis」にまとめました)
帰国して関わるようになった「生業訴訟」は大変価値の高い取材現場でした。過去の資料の洗い出しと検証、読み解き、大学の研究者を始め多くの専門家たちによる分析、弁護団による論点の整理、住民の皆さんによる生々しい事故当時、事故以前の証言。 傍聴を続け、取材を続け、聞けば聞くほど、「防ぐことができた事故」であることを確信するようになりました。
しかし、判決でそれが認められない限りは世間はなかなか受け入れてはくれません。 あれだけの事故を起こしておきながら、政府も、国も、電力会社も誰も明確な責任を取らないばかりか、その所在さえ明らかにならないなんておかしいにも程がある、そんな想いを抱いていました。
被災した住民の皆さんからも同じ思いを聞きました。
今回の裁判では、裁判官が原告側の求めに応じ、裁判官自ら福島県各地の被災地を訪ね歩き、直接、事故によって苦しい思いをしている人々の話に耳を傾けました。異例とも言える対応です。 裁判官は国に対してしっかりと住民の皆さんの思いを突きつけたと思います。満額とは言えない部分はありますが、判決文の中に明確に「生業」という文言を用いながら、平穏な生活が事故によって侵害され、故郷を失うことに対する悲しみに理解を示す内容となっていました。
人災、という観点に立たなくては同じような過ちを繰り返すのは間違いありません。天災だから仕方がなかったのだという曖昧さを放置し、次の被災地をまたうむわけにはいかないのです。 欧米では人的リスクを正面から検証し対処する機関などを設けている例もあります。私たちの国が原子力発電所を運営するのにふさわしい機構を持ち合わせているのか。
今回の判決を機にあらためて検証し、人々の安全を守る国家であって欲しいと強く願っています。