もうひとつのスープストック炎上
Soup Stock Tokyo(以下スープストック)の離乳食の無料化をめぐって、ネットではその是非をめぐって大騒ぎとなった。その経緯は例えば、「離乳食無料」への反響受け、スープストックトーキョーが声明。などの記事に簡単に書いてある。私もこの記事にコメントをした。
ところが驚くことに、このコメントが思いもかけない方向で、さらに炎上したようである。何が正しい歴史かわからなくなるという心配の声もあり、私自身もそう思うので、記録に残したほうがいいと思って、この記事を書いている。まずこのスープストックの騒動に一役買ったのが、旧2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の有名な「吉野家コピペ」が、スープストックでもおこなわれたことである。
うまくできていてクスリと笑えたのだが、吉野家コピペと相性がいいのにも、理由がある。スープストックは、三菱商事に務めていた現会長である遠山正道氏が、日本ケンタッキー・フライドチキンに出向後、商事の「社内ベンチャー制度」で会社を作った、その第一号なのである。当時かなり注目を浴び、その創業に至るアイディアや苦労について、何度もインタビューに応じていた。そこでは、働く女性をターゲットにして、女性向けの牛丼屋のような店をつくったと話されていた。
ネット上にすでに当時の記事はないが、それでもいくつかはまだ、読むことができる。
もともと働く女性をターゲットにしていたのは、スープストックの離乳食の提供を告知するホームページからですら、読み取ることができる。
もともとの働く(子なし)女性というターゲットから、「ライフステージ」を変えて子どもをもつひとも出てきたから離乳食も提供する、という風に読める。この告知の最初で強調してある「 Soup for all!」はまさに、今後はさまざまなライフステージの人を含んでいきますよという宣伝のために、再確認されているとすら見える。新型コロナウィルスによる自粛や、仕事のリモート化によって、飲食業は苦戦を強いられている。新しい戦略を打ちださなければ、厳しい時代が来ているということもあるのかもしれない。
いずれにせよこうしたスープストックの経営戦略物語は、ある程度知られていると思っていた。駅で店舗を見つけるたびに、「働く女性をターゲットにした店舗は、成功しているのかな」とちらっと確認する癖がついていたのだが、それは私が研究者だからかもしれない。
しかし「吉野家コピペ」でスープストックの離乳食問題が、盛り上がったという事情もあって、どうも私が「吉野家コピペ」を真に受けて、スープストックが牛丼屋だと信じ込んでいる(?)と心配してくださった方が、いたようである。またスープストックが女性版牛丼店というイメージがある(らしい)のを、私が創設者に投影していると考えた人もいたようだ。歴史の捏造だ、わい曲だ、スープストックに訴えられると気を揉んでくださった方が多くいたようなので、ここに経緯を改めて記した具合である。
またファスト・フードの牛丼扱いすることも、創設者の本意からずれているという指摘もあった。遠山氏自身は「ファスト・フードには『お客様に商品を迅速に提供する飲食店』という意味しかないのに、いつの間にか「安かろう、悪かろう」という意味付けとなり、消費者もそれを受け入れている。『どうしてこうなっちゃうの』という疑問やいら立ちが、スープストックトーキョー(ママ)の構想につながったのです」と述べており、ファスト・フード自体を否定しているわけではない(遠山正道,2014,『ビジネスモデルとは「やりたいこと」の確信である』)。
このような記事を書いても、おそらくツイートした多くのかたには、読まれないのが残念である。実は幾人かのかたが、「スープストックの会長自身が、牛丼に言及していますよ」「千田先生は、間違ってませんよ」とソースを貼ってくださったのだが、それはあまり見られず、リツイートもされない。反応する人も、ほとんどいない。反応してくれても、「コンセプトとは言えない」等の自己弁護に終始されることばかり。
他方で、「『スープストックは女の吉野家』というネタ」が「歪ん」で、「史実として、ジェンダーを専門にしている社会学者が堂々とコメントに使ってしまうの、怖すぎるな」といったツイートが、現時点で45万回以上みられているのと対照的である。単なる例として出しただけで、ツイート主を責めるつもりはない。おおくのツイートされた方は、バカな「ジェンダー学者」「社会学者」を叩いてやれという気持ちでなさっているのだろう。そして炎上しているときは、こういう記事自体を書かずに、沈静化を待つのが鉄則でもあろう。ただし、SNSでの出来事はすぐに流れて行ってしまうし、何が「事実」であったのかは後世に残りにくい。そういった意味で、事情を説明して残していく責任があるかもしれないと思って、いま記事を書いている。
ここからはかなり蛇足で、私自身も憎まれることは必至なので書くのがはばかられるが、ちょっとネットで検索してもらえばわかることをせず、「このようないい加減な文章を書くなど、学者失格」とばかりの罵倒を、本名(ペンネーム)の、しかも営業用と思われるアカウントでされている方が一人ならずいらっしゃることにはやや戸惑った。炎上を芸風とされて、アクセスを稼ぐためや売名が目的であるならばまだ理解可能であるが、不確かな情報で口汚く罵倒している人には、私なら仕事を依頼をためらってしまうかもしれないと思う。またルッキズム発言などは、女性の学者がものをいうときに付きまとってくるものであるから私は気にはしていないが、プロフィールのリベラルな自己紹介とかなり齟齬のある方にはやや驚いたし、おそらく例えば今後日本がアメリカ並みの配慮を求められるようになったときに、過去の発言を掘り起こされたら差しさわりがあるのではないかと、むしろ心配になった。
私は過去に、Netgeekというニュースサイトを名誉毀損で集団で訴え、最高裁に上告した。地裁では、Netgeekの記事が私の名誉を毀損していることが認められ、高裁ではさらに金額が上積みされた。しかしまだ、他人を攻撃するようなツイートなどを適当に集めてニュースとしてまとめるようなビジネスモデルが細々と生きていることが今回、確認できたことも、驚きではあった(最高裁ではできれば、そのようなビジネスモデル自体にさらに切り込んで欲しいと思っている)。
余分なことを書き連ねた。ホッとする暖かいスープが飲みたいものである。
*一部の方には、Twitter上でお詫びを戴いた。なかなかできることではなく、誠実な態度に感謝する次第である(2023年5月11日6時50分)。