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Vaundy『置き手紙』が気持ちいい理由と時を止めるlily『ちいさなうた』【月刊レコード大賞】

スージー鈴木音楽評論家、ラジオDJ、小説家
Vaundy公式ウェブサイト

 「あぁ、気持ちいい!」

 相変わらず精力的に活動し、新曲をリリースし続けるVaundyの新曲『置き手紙』を聴いた第一印象です。

 昨年の『踊り子』のサウンドも、めちゃくちゃ気持ちよかったのですが(昨年の「気持ちいいイントロ大賞」)、『置き手紙』のサウンドも、とにかくプリミティブな音楽的快感に溢れている。

 公式サイトのBIOGRAPHYから→「Vaundy(バウンディ)。現役大学生 22歳。作詞、作曲、アレンジを全て自分でこなし、デザインや映像もディレクション、セルフプロデュースするマルチアーティスト」。

 「気持ちいい」ということは、言い換えれば、狭い趣味性に閉じこもっていないということ。

 白状すれば、この年になると(先日56歳に)「分かる奴だけに、分かればいい」という感じの音世界に、自分からグイグイと食い込んでいくのがしんどい。

 この「分かる奴だけに、分かればいい」感覚は、タコツボ化した日本の音楽シーンを覆っています。広くあまねくよりも、狭く深く。いわゆる「ファンダム」を狙った方が、ビジネスとして効率的だから。

 しかしVaundyのいくつかの曲は、開かれている。今回の『置き手紙』なんて、形容するとすれば「ロック」としか言いようのない音。でも、つくづくよく出来ていて、34歳年上、あいみょんの向こうを張って「僕はロックしか聴かない」時期のあった私にまで、ちゃんと聴こえてくる。

 そういえば、紅白歌合戦初出場に向けてのメッセージも実によかった。

この度はNHK歌合戦に初出場の機会をいただき、ありがとうございます。はじめて曲を発表してから、およそ3年間ひたすらに走り続けてきて、僕にとっては学生生活最後という大きな節目でもある年に、このような大舞台でパフォーマンスを披露できることがとても光栄で嬉しく思っています。紅白という特別な緊張感の中で、僕が誰よりも楽しんで最高なステージをお見せしたいです。大みそかに皆さんと一緒に素敵な時間を過ごせたら嬉しいです。

 うん。このメッセージも開かれている。そして気持ちいい。こういう言葉を「置き手紙」する人にこそ、私は紅白に出てほしい。

 毛色の違ったところで、NHK絡みでもう1曲。lily(リリー)の『ちいさなうた』。「lily」とは、女優・石田ゆり子による音楽活動プロジェクトのことで、作曲・プロデュースは大橋トリオが担当。

NHK『みんなのうた』でも流れているこの曲が、まるで時を止まった感覚を与えてくれるほどに、しみじみとよかったのです。

ピアノをバックに淡々と歌われる歌詞がいい。作詞は石田ゆり子本人。残念ながら『みんなのうた』(及び上リンク)でカットされている2番が、特にいい。

――♪楽しかったね ほんとに楽しかったよ

CD封入のリーフレットで石田ゆり子は、このフレーズが「降りてきて」、あっという間に歌詞を書き上げたと語っています。

私は、このフレーズを聴いて、(物騒ですいません)「死の歌」という感覚を抱いたのです。

死者の視点から、まだ生きている「あなた」に語りかけている。2人でいたときの思い出を「♪楽しかったね」と思い出している。まるで西原理恵子の傑作『いけちゃんとぼく』の世界ですね。いいものを聴きました。

この「月刊レコード大賞」、年かさの音楽評論家が、勝手に毎月、気に入った曲を書き続けてきましたが、案外多くの人に読んでもらっています。というわけで、次回は、勝手に、あくまで勝手に「年間レコード大賞」を表彰してみたいと思います。

  • 『置き手紙』/作詞・作曲:Vaundy
  • 『踊り子』/作詞・作曲:Vaundy
  • 『ちいさなうた』/作詞:lily、作曲:yoshinori ohashi

音楽評論家、ラジオDJ、小説家

音楽評論家。ラジオDJ、小説家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12『ザ・カセットテープ・ミュージック』、bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『幸福な退職』『桑田佳祐論』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』(ともに彩流社)、『恋するラジオ』(ブックマン社)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。東洋経済オンライン、東京スポーツなどで連載中。2023年12月12日に新刊『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)発売。

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