Yahoo!ニュース

日本代表の強化指針「ジャパンズウェイ」は誰が発案し、なぜ復活したのか?

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
2年前の日本代表監督就任会見での田嶋幸三JFA会長(右)

■「ジャパンズウェイ」は田嶋会長のオリジナル?

 タイで開催中のAFC U-23選手権で、早々にグループリーグ敗退が決まった、森保一監督率いるU-23日本代表。第2試合のシリア戦に敗れた直後、ネット上では指揮官の進退に関する言説が溢れていた。しかし翌日、JFAの関塚隆技術委員長が「間違った戦い方をしているとは思っていない」として、現体制の維持を表明。進退問題は、いったんは沙汰止みとなった。

 とはいえ半年後に迫った東京五輪で、U-23日本代表が確実にメダルを獲得できると楽観するサッカーファンは、それほど多くはない。今大会は、ようやく3試合目でカタールに引き分けたものの、屈辱のグループ最下位。森保監督の手腕やJFAの方針に対する不安がSNS上で数多く綴られる中、頻繁に語られているのが「ジャパンズウェイ(Japan’s Way)」というフレーズである。

 2年前のワールドカップ・ロシア大会後、西野朗前監督に代わって森保監督が五輪代表との兼任で就任したのも、強化に関わるスタッフがすべて日本人で固められたのも、この「ジャパンズウェイ」という指針があってのこと。ロシア大会での日本は、ラウンド16で強豪ベルギーをあと一歩まで追い詰める成果を収め、田嶋幸三JFA会長は日本人の強みを最大限に活かす「ジャパンズウェイ」に自信を深めたとされる。

 少なからぬサッカーファンは、この「ジャパンズウェイ」について、大会直前になってヴァイッド・ハリルホジッチ監督を解任したことを正当化する「方便」と受け取った。これに対して田嶋会長は、森保監督の就任会見で「(JFAとして)2006年から提唱していた」ことを主張。当時の関係者に取材してみると、確かに「ジャパンズウェイ」は2006年を起点としていることが判明した。そしてそれは、田嶋会長のオリジナルでもなかったのである。

 U-23日本代表は、東京五輪でメダルを獲得できるのか? そして大会後も、森保監督がA代表を率いるのか? 現時点で予想するのは難しい。が、仮に指揮官が代わるにしても、後任が日本人となるのは間違いない。ことほどさように、日本代表の強化に大きな意味を持つ「ジャパンズウェイ」。森保監督の是非を語る前に、まずはこの指針が生まれた経緯を理解する必要がありそうだ。これまでの取材から得た情報をもとに、あらためて整理することにしたい。

2006年に日本代表監督に就任したイビチャ・オシム氏は、日本人選手の特性をポジティブに評価していた。
2006年に日本代表監督に就任したイビチャ・オシム氏は、日本人選手の特性をポジティブに評価していた。

■2006年の惨敗とオシム監督の助言

「ジャパンズウェイ」の提唱者は、かつてJFAの技術委員長を務め、日本代表監督だった岡田武史氏の副官としても知られる小野剛氏である。発想の原点となったのは、2006年ワールドカップでの日本の惨敗。現地での視察を終えて、技術委員長という重職を拝命したときであった。当時の『JFA Technical news』から、小野氏による日本代表の大会総括を引用する。

日本人の特長を生かした、日本人としての闘い方を追求していく。「全員がハードワークする」というこの傾向は、日本人が特性として最も力を発揮できる部分であると考えている。

 これが「ジャパンズ・ウェイ」のベースとなった。当時の日本サッカー界を取り巻く空気感としては、ワールドカップでの結果を受けて、自国のサッカーに対するネガティブな雰囲気が蔓延していた。「日本人は農耕民族だから、そもそもサッカーに向いていないんじゃないか?」という論者さえいたくらいだ。そうした時代の空気に対し、小野氏は明確に「否」を唱える。

「確かに日本人には、マリーシアやフィジカルで足りないところはある。でも一方で、素晴らしい面もたくさんあるじゃないか。協調性とか、自己犠牲とか、持久力とか。テクニックだって、そこそこあるわけだし」

 そんな小野氏を勇気づけたのが、大会後に日本代表監督に就任した、イビチャ・オシム氏の存在だった。技術委員長としてオシム監督と接するうちに、この名伯楽が日本人の良さをポジティブに評価していることを知る。

「オシムさんが特に評価していたのが、ディシプリンがあってコレクティブで、ハードワークを厭わない姿勢でした。『小野さん。あなたが思っている以上に、日本のサッカーは素晴らしいんですよ』ということもおっしゃっていましたね。世界のサッカーをご覧になってきたオシムさんだからこそ、われわれも気が付かなかった日本人選手の良さというものを、よく理解されていたと思います」

「ジャパンズウェイ」の発案者である小野剛氏(右)。中国の杭州緑城でも岡田武史監督の副官を務めている。
「ジャパンズウェイ」の発案者である小野剛氏(右)。中国の杭州緑城でも岡田武史監督の副官を務めている。

■スペインのユーロ優勝に勇気づけられて

 こうした背景もあり、小野氏を中心に勉強会や意見交換を重ねながら、次第に「ジャパンズウェイ」はJFA内部で浸透していった。ただしそれは「システムや戦術ではなく、考え方の話なんです」と小野氏は強調する。

「日本のプレースタイル、あるいは日本独自の育成の方式、それらをひっくるめての考え方なんです。『足りないからダメだ』ではなくて、日本ならではの良さで世界に打って出で、そして勝っていく。そういう発想なんですね」

 小野氏が「ジャパンズウェイ」を提唱してから2年後の2008年、『JFA Technical news』に注目すべき記事が掲載されている。当時の岡田監督が、技術副委員長だった布啓一郎氏との対談の中で「ジャパンズウェイ」について言及。「イメージとしてはだいぶ共通理解ができてきていると思います。次の段階にいく過程かなという気はしています」と発言している。

 この対談が組まれたのは、おりしもユーロ2008でスペインが優勝を果たした直後。体格的に恵まれないスペインの選手が、その卓越したテクニックとポゼッションを生かして欧州王者に輝いたことを、「ジャパンズウェイ」支持者は天啓と捉えた。「日本が得意とするサッカーを前面に押し出せば、世界でも勝てるのではないか」──そんなJFA内の期待感が、当時の誌面からも感じ取ることができる。

 ところが興味深いことに、日本がベスト16の快挙を成し遂げた2010年のワールドカップ後の『JFA Technical news』には、「ジャパンズウェイ」の文字はまったく見当たらない。技術委員長が小野氏から原博実氏に代わったのは、この年の1月。これを境に「ジャパンズウェイ」という言葉は、次第にJFA内部でも聞かれなくなってゆく。そしてこの間、日本代表は外国人監督が3人続いた。

本大会直前で代表監督を解任されたヴァイッド・ハリルホジッチ氏。彼がチームに植え付けた戦術はロシアでも生かされた。
本大会直前で代表監督を解任されたヴァイッド・ハリルホジッチ氏。彼がチームに植え付けた戦術はロシアでも生かされた。

■なぜ「ジャパンズウェイ」は復活したのか?

 全国のサッカー指導者が熟読する『JFA Technical news』。そのバックナンバーを紐解いてみると、すでに2010年には「ジャパンズウェイ」は忘れられた存在となり、それから2つのワールドカップを経ていきなり復活したように感じられる。なぜ田嶋会長は、思い出したように「ジャパンズウェイ」を唱えるようになったのだろうか。私の疑問に小野氏は「私もJFAにいなかったので詳しくはわかりませんが」と前置きした上で、こんな見解を示している。

「田嶋さんの場合、2006年のタイミングで育成や技術といった仕事から、いったん離れてしまっているんですよね。それがJFAの会長にとして再びテクニカル部門も含めて指揮を執っていく中で『もう一度、みんなで日本のサッカーを築き上げていこう』という思いに至ったのかもしれません。そこから『ジャパンズウェイ』という言葉が、自然に出てきた可能性はありますね」

 現在、JFAの公式サイトでは「日本が進むべき方向性 Japan's Way」として、以下の文章が掲載されている。

足りないものは高める努力をしつつも、世界基準よりも勝る日本人のストロングポイントをさらに伸ばしていき、それを活かして日本人らしいスタイルをもって戦っていくJapan's Wayとは、特定のチーム戦術、ゲーム戦術を指す言葉ではなく、日本人の良さを活かしたサッカーを目指すという考え方そのものであり、イメージの共有のための言葉です。

出典:http://www.jfa.jp/youth_development/outline/

 もちろん理念としてはわかるのだが、明確な定義付けも具体的な目標設定もなされていない。その一方で、「日本人のストロングポイント」とか「日本人らしいスタイル」といった表層的なフレーズばかりが強調されているのも、非常に気になるところだ。

 そもそも、日本が自信を取り戻すきっかけとなった2年前のワールドカップの快挙は、日本(人)が独力で得たものだったのだろうか。少なくとも、ロシアで日本代表が見せた球際の強さや前への推進力は、明らかに前任のハリルホジッチ氏が浸透させたものであった(それは当時の西野監督も、ベルギー戦後の会見で暗に認めている)。

 あれから2年が経過し、日本代表はA代表もU-23も森保カラーで統一された。日本人監督を擁立して、五輪でのメダルやワールドカップでのベスト8を目指すこと。それ自体を否定するつもりはない。むしろ実現できれば、素晴らしいことだと思う。しかしながら「ジャパンズウェイ」が、日本代表の強化に縛りを加えている可能性を完全否定できないのも事実。その答えが出るのは、まず半年後である。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

宇都宮徹壱の最近の記事