都市部でも申込みから3か月で特養に入所できる? 特別養護老人ホーム入所最新事情
特養入所が要介護3以上となり申込者が激減
かつては、入所まで数年待ち、といわれた特別養護老人ホーム(特養)。いま、その入所事情が大きく変わってきている。特に、入所できるまでに時間がかかると言われていた神奈川県川崎市など都市部でも、入所申込みから3か月程度で入所できるケースが増えてきているのだ。
2018年7月、日本経済新聞が、2015~17年度の全国での特養整備計画は、7割しか達成されていないという独自調査の結果を発表した。その際、多くの介護関係者から聞かれたのは、「今後まだつくる必要があるのか?」という声だった。
そうした声が上がるのは、一つには、特養を整備しても、介護職不足で一部フロアを閉鎖したままにするなど、フル稼働できないケースが多いから。そしてもう一つには、入所を希望する人が減っているからだ。
2015年4月から、特養への入所申込みができるのは、原則として要介護3以上となった。認知症の進行で在宅介護が困難など、特別な事情があれば、要介護1,2でも入所を申込める場合もある。しかし、「実態としては、要介護1~2の申込みはほとんどなくなりました」と、介護老人福祉施設*鷲ヶ峯(神奈川県川崎市)の施設長を務める平山みちるさんは言う。
*介護老人福祉施設……都道府県から介護保険施設としての指定を受けた特別養護老人ホームのこと。実態としては、介護老人福祉施設=特別養護老人ホームとなっている。
この入所申込み条件の変更により、2013年度には52.4万人だった特養入所申込者数は、2017年度には29.5万人と、大幅に減少した。申込者のうち、最も多いのは要介護3で、約4割を占める。
「入所できる」と言われても断る人が増えている
そもそもの人数比として、要介護3~5では要介護3の認定者数が最も多い。だから、入所申込者数も、要介護3が最も多くても不思議はない。
とはいえ、要介護3より要介護5の人の方が介護の手間がかかり、在宅介護は困難になりやすい。要介護3の申込みが多いというのは、「なかなか入所できないらしいから、一応、申込んでおこう」と考える人が多いとも言える。これについて、前出の平山さんはこう語る。
「川崎市の入所申込書には、入所希望時期を問う質問があります。2018年11月現在、当施設への入所申込者370人のうち、『なるべく早く入りたい』と答えている人が250人います。しかし、実は、これは実態を反映していません。最近は、要介護4、5でも、入所申込み順が来たからと連絡をすると、『まだ自宅で見られるので』『入所中の有料老人ホームのままでいい』など、断られることが多いのです」
平山さんが施設長を務める特養で、2017年度に入所した18人の申込みから入所までの期間を見てみると、申込みから3~6か月で入所できるケースが多かった。特養に申込んでも、入所までに何年もかかるという状況は変わってきているのだ。
入所の優先順位を決める、指針に基づく「点数」とは
ここで、川崎市を例に取り、入所までの流れを説明しておこう。入所申込みは、自治体によって、各施設に直接申込むところと、川崎市のように一括で申込める申込み窓口を持つ自治体がある。これはあくまでも川崎市の例だ。川崎市では、一度に5施設まで入所を申込める。
- 入居申込書の提出・受理(申込者⇒川崎市老人福祉施設事業協会)
- 協会にて、申込内容をシステムに登録し、市が定める指針に基づき点数化
- 各施設がシステムを確認し、入居順位名簿に登録
- 入居順位が上位となった方への個別訪問・面接等(入居希望施設⇒申込者)
- 各施設の「入居判定委員会」にて、点数及びその他個別の事情に基づき入居順位を決定
- 入居決定の連絡(入居希望施設⇒申込者)
- 入居契約
- 施設への入居
(川崎市ホームページより)
2の「点数化」についても説明しよう。
特養に入所の申込みをすると、下記の点数表により入所申込者の得点が算出される(点数表は川崎市のものであり、自治体により異なる)。
たとえば、要介護5で(30点)、認知症による暴言や暴力が常にあり(10点)、介護者がいない(40点)、川崎市内在住者(10点)であれば、90点となる。
この得点の高い方から順に、入所優先順のリストが作成される。特養では、終末期にある、入院期間が3か月を超える*、など、退所が見込まれる入所者が出ると、このリストに沿って、入所候補者に入所意思確認の連絡をする。
*特養入所者が入院した場合、3か月間はベッドが確保されており、元の特養に戻ることができるが、入院期間が3か月を超えると退所扱いとなる。
入所の声がかかりやすい要介護4、5の申込者
その際、必ずしも得点の高い申込者から順に声がかかるわけではなく、実は、声がかかりやすいのはリスト上位の要介護4、5の申込者だ。介護報酬の規定で、要介護4、5の人を一定数以上入所させていると報酬に加算が付く。このため、空きが出ると、要介護4、5の申込者に優先的に連絡する特養が多いという実態がある(そもそも、リストの上位には要介護4、5が多いのだが)。
「入所順が来たからと連絡を入れると、最近は、複数の特養から同じように連絡をもらっている、と言われることが多くなりました」と平山さんは語る。
入所の順番を待つ人が多いと言われている首都圏の特養さえも、すでに入所申込者から選ばれる時代に入っているのだ。
これ以上の特養整備は本当に必要か
にもかかわらず、前述の通り、整備目標は7割しか達成していない状況だと報道され、これからも特養建設は続けられていく。川崎市について言えば、現在55の特養が整備済みだが、今後も2020年までにさらに4施設の建設計画がある。平山さんは、「職員の確保や入所申込者の現状を考えると、これ以上の特養整備は本当に必要なのかと感じます」と疑問を投げかける。
特別養護老人ホームの整備には、自治体から億単位の助成金が拠出される。助成を受けて開設した特養は、整備すればそれで終わりではなく、開設後も運営費というランニングコストがかかる。この運営費にも、補助金を出す自治体がある。そうした補助金等の原資は、介護保険の被保険者の保険料、あるいは税金である。
つまり、特別養護老人ホームのような箱モノをつくれば、介護保険料などの高騰を招く可能性が大きいということだ。だからそれを避けるため、いま国が主導して、施設に入所せずに住み慣れた自宅、地域で暮らし続けられる支援体制「地域包括ケアシステム」の構築が、各自治体で急ピッチで進められているのである。
介護保険料等の負担が重くなっても、さらなる施設整備を望むのか。
それとも、高負担を避けるため、できるだけ在宅介護を続けていくのか。
都市部でも特養に入所しやすくなってきたいま、国や自治体任せにするのではなく、市民、利用者も、この問題を「わがこと」として考えていくことが必要ではないだろうか。