Yahoo!ニュース

映画監督の性暴力から立ち上がる役で主演の山口まゆ 「辛かったけど妥協するのは絶対にイヤでした」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
(C)Blue Imagine Film Partners

映画監督から性暴力被害を受けた駆け出しの俳優が、トラウマと向き合い、声を上げる決意をするが……。今日的で根深いテーマを掲げた映画『ブルーイマジン』が公開された。主演を務めたのは山口まゆ。痛みの伝わる演技が評価を受ける屈指の若手実力派だが、この役を演じるのはかつてない辛さを伴ったという。自身の転機にも重なった撮影について聞いた。

心の奥底の痛みを理解できないのが辛くて

――映画界での性被害が題材の『ブルーイマジン』で主演のオファーが来たとき、どう思いましたか?

山口 こういうことが実際に起きているのは、怖いなと感じました。でも、やっぱり伝えていかなければいけないことかなと。松林(麗)監督の熱意に乗って、ていねいに演じていこうと思いました。

――もともと#MeToo運動などに思うところはあったんですか?

山口 正直あまり知識がなかったので、ドキュメンタリーやネットの記事で改めて調べました。あとは、トラウマを抱えた方たちと接するカウンセラーさんから、お話を聞いたり。

――ちょっとしんどい役作りでしたかね……。

山口 強く思ったのが、怖いとかイヤだとか辛いとか、表面的なものはすごくわかるんです。でも、こういう被害に遭ったときの心の奥底にある痛みは、理解しようとしても、し切れないことがたくさんあって。だから、乃愛(のえる)という役を演じるのは辛かったです。

――そうでしょうね。

山口 わからない分、必死に寄り添おうと思いました。本当にたくさん記事を読んで、自分から傷を受け取ろうとしながら、そういう方たちの気持ちがわからない辛さもあって。どれだけの想いをしながら、毎日必死に生きているのか。演じながら、ずっと考えていました。

(C)Blue Imagine Film Partners
(C)Blue Imagine Film Partners

リアルな姿をちゃんと出したいと思いました

――今までも心に傷を負った役は多く演じられてきましたが、今回はリアルさが違う感じでしたか?

山口 乃愛は崩れてしまうギリギリのところで、ずっと踏ん張っているのが、脚本にも繊細に描かれていて。その姿はちゃんと出したいと思っていました。実際に被害に遭った方が辺りが暗くなるだけで苦しいとか、人それぞれにいろいろな辛さがあるんです。その日から急に生き辛くなるのを、理解しようと努力していました。

――それでも理解し切れないのが辛かったわけですね。

山口 そういう意味で他の作品とは違いますし、生半可な気持ちで演じてはいけないと強く感じました。

――撮影していて、辛さが体に出たりもしました?

山口 家に帰ると、頭痛がしました。すごく頭を使って考えていたので。それで、チョコレートを毎日食べていました。頭を使うと、糖分が欲しくなるみたいです。

気持ちが体に出てしまうのをどう表現するか

――演じ方もいつもと変わりましたか?

山口 そうですね。なるべく繊細に、乃愛がどういうふうに世界を見て、どんな仕草をするのか、考え続けていました。目線の動き、体のこわばり……。気持ちが体に正直に出たりするのを、どう表現するか。ここにいるんだけど、いないような、ちょっと現実と乖離した状態もあったり。

――クランクインして最初に撮ったのが、自分に性暴力をふるった映画監督を告発する記事が載った雑誌を、公園で読むシーンだったとか。そこでページを開くだけでも、だいぶ逡巡していました。

山口 乃愛はその監督の雰囲気を感じただけでも、トラウマが蘇るので。私が聞いた被害者の方の言葉で、すごく印象的だったのが、人が多い中でも加害者がどこにいるかわかって、その相手しか目に入ってこないという。そんな見え方になってしまうのかと、衝撃を受けました。そうしたことから、乃愛が心でも体でも反応してしまうところを、すごく繊細に考えました。

――乃愛はずっとうつむきがちで、クライマックスでも糾弾しながら、顔は上げられないままでした。そこに彼女が受けた傷の深さも現れていて。

山口 すごく迷ったのが、どこまでフィクションで、どこまでリアルに見せるか。今回はあまりフィクションと考えずに演じていて、なるべくウソをつきたくなくて。やっぱり相手を見られないかな……という結論になりました。

答えが出るまで迷い続けてました

――そうしたリアルさを出すまでに、試行錯誤もありましたか?

山口 ずっと悩みながら撮影していました。というのも、性暴力について調べていく中で、被害者の方も本当に人それぞれだったので。前を向いている方もいれば、ふさぎこんだままの方もいる。誰かと一緒に住むことで元気をもらっている方もいれば、1人でいるほうが楽な方もいる。乃愛にとっての正解をずっと探していた時間でもありました。

――家に帰っても、役を引きずっていたり?

山口 撮影期間中はそうでした。引きずるというより、どうしたらいいのか。クランクアップの日まで、ずっと迷いがありました。

――そこまで役について迷うのは、珍しいことですか?

山口 そうですね。自分の中で妥協するのが絶対イヤで、迷い続けていた感じです。時間が限られている中で作っていくから、割り切ることも必要かもしれませんけど、どうしても答えが出るまで考え続けたくて。

告発しても炎上して余裕がなくなって

――乃愛が身を寄せた、女性の駆け込み寺的なシェアハウスのブルーイマジンは、上の階が普通のアパート。そこに住んでいる弾という男性に、乃愛が「男の人はいいよね」と言って、口をつぐむシーンがありました。本当は何を言いたかったのか、考えました?

山口 あそこは乃愛にずっと腑に落ちないことがあって。性暴力を告発したにもかかわらず、ネットで叩かれて炎上してしまう。弾くんが上司から受けていたハラスメントは、思い切って言ったら直してもらえた。女性は声を上げても被害妄想とか言われるのに、男性はうまくいくんだね……という皮肉があるんです。相手を傷つける台詞でもあるけど、言ってしまうくらい乃愛には余裕がなかった。監督といっぱい話して、出来上がったシーンです。

――炎上というところでは、SNSについて思うこともありました?

山口 難しいですよね。私の世代には、まだ「ネットは怖い」という印象がありました。親にも気をつけるように厳しく言われていましたし、むやみに発信をしないという意識はあります。

自分が悪かったように思えてしまって

――あと、ティッシュにくるまっていたリップを取り出して、唇に塗るシーンの心情はどう捉えました?

山口 そこに触れていただけるのは嬉しいです。最初の台本では、被害を受けたときに着ていた洋服を引っ張り出すことになっていました。けど、それを本当に着られるものなのかと思って、リップに変えたんです。

――一件のときに使っていたリップだったわけですか。

山口 昔はずっとそのリップを塗っていて、それが男性に色目を使っているように見えなかったか。スキを見せていたのが、被害の原因だったのでは。そんなことはないし、自分は何も悪くないのに、そう思わせてしまうもののひとつが、あのリップだったんです。捨てられなかったけどティッシュにくるんで、見えないようにしていて。「でも、このリップにも私にも罪はないんだよ」と、自分に言い聞かせるシーンになりました。

運命だから演じていいんだと信じています

――この映画は日本、フィリピン、シンガポールの合作でした。

山口 乃愛がブルーイマジンのキッチンで、自分が映画監督から性被害を受けたことを告白するシーンで、フィリピンの女優の方(イアナ・ベルナンデス)がギュッと抱きしめてくれたんです。それは脚本にはなくて、アドリブでした。

――そうだったんですか。

山口 日本にはハグとか体を触れ合う文化は、そんなにないですよね。下を向いてグッと堪えていたときに抱きしめられて、躊躇も何もない純粋な愛を感じました。それで段取りのときに、バーッと泣いてしまったんです。乃愛と一緒に、私自身も温めてもらえたと思えて。感動したし嬉しくて、国境を越えたような瞬間でした。

――乃愛は弁護士のお兄さんに、「女優で食っていけるの?」と言われたりもしていました。まゆさん自身は考えないことですよね?

山口 そんなことはなくて、だいぶ痛い台詞です(笑)。いつお仕事がなくなるかわからないので、そうならないように頑張ろうと思っています。

――だけど、どの作品も今回も「この役は山口まゆさんにしかできなかった」と感じます。悩んだ役とのことですが、「自分にしかできない」という自負もありませんでした?

山口 そんな自信は全然ありませんよ(笑)。ただ、自分が出られる作品って、タイミングも含めて運命みたいなものですよね。私に来たということはやっていいんだと、信じて臨んでいます。

役と自分自身の葛藤が混ざって

――完成した『ブルーイマジン』を観ると、どんなことを感じました?

山口 あれだけ悩んで、周りも見えてなかった自分を客観視すると、何だか大変そうで。乃愛と自分自身が混ざって、周りを巻き込んでしまうくらい葛藤していたのを目の当たりにしました(笑)。だけど、あのタイミングでしかできなかった役だと、改めて感じています。1年前に撮って、将来の不安とか私自身の葛藤もあって。今演じたら、ああいう乃愛にはならなかったかもしれません。

――1年前というと、大学を卒業した頃ですね。

山口 人間としても女優としても「変わりたい」と、日々思っていました。あの悩み深い頃にこの作品に出会えたのは、すごく良かったです。

――『ストロベリーナイト・サーガ』でも『シジュウカラ』でも、役の痛みは伝わってきましたが、自分自身が混在してはいなかったと?

山口 そういう役をやるときは、常に辛さは背負います。どんな役でも情を持って、たとえ殺人鬼の役でも好きになるようにしていますから、いつも辛いことは辛いんです。だけど、今回はちょっと違う辛さがありました。自分がグラグラだったから、乃愛もずっとグラグラしていて。

――キャリアの中で大きい作品になりましたか?

山口 役と向き合う大切さを改めて感じました。本当にこういう辛い思いをした方たちがいるからこそ、死ぬ気で役に寄り添っていかないと、人の心は動かせないとわかりました。

上っ面だとバレるので死ぬ気でやらないと

――「死ぬ気で」とは相当な覚悟ですね。

山口 私は若い頃にこの世界に入って、大人の方にダメだと思われたくなかった分、自分で普通に作品を観るときもめちゃくちゃ厳しい評価をしていたんです。「これは違うな」とか。でも、最近気づいたのは、視聴者の方も同じくらい厳しい目で観ているんだと。上っ面で演じていたら、皆さんには絶対わかる。ならば、死ぬ気でやるしかないと思ったんです。

――先ほど出た「妥協するのはイヤ」に繋がるわけですね。

山口 そうです。でも、『ブルーイマジン』を撮っていた頃より、今のほうがより強く思っています。いい子でいるだけでは通用しない。最善を尽くして努力しないと、目を向けてもらえないと感じ始めています。

――まゆさんの取材ではいつも、自分の演技について、きちんと言語化される印象があります。演じているときから、ロジカルに考えているんですか?

山口 考えを言葉にして、メモしたりはよくします。不安があるからこそ、何が正解なのか、突き詰めるところはあって。

普通でない何かを持たなければと思うように

――撮影していた1年前に「変わりたい」と思っていた、とのお話がありました。大学を卒業して1年経って、実際に変われましたか?

山口 ずっと学生をやりながら、お仕事をしてきましたけど、これでもう、お仕事一本で食べていかなければならないと、身に染みて感じました。それと、この世界にいるなら、普通でない何かを持たなければいけないと、強く思っています。

――高く評価されている演技力を極めるだけに止まらず?

山口 もちろんお芝居も磨かないとダメですけど、人間的な形成も大事だと、この1年、一生懸命頑張ってきました。「こういう人になりたい」とか、自分の中で目標をいろいろ立てて、日々アンテナを張りながら生活するようになって。それは今も続けています。

容姿より心を磨いて大人になろうと

――どういう人になりたいと思っていたんですか?

山口 自分の機嫌を自分で取れる人、とか。私は昔から「幼い」と言われるのがコンプレックスだったんです。童顔ということかと思って、メイクを勉強して容姿を変えようとしてきましたけど、意外とそこではないかもと、最近気づき始めました。感情の起伏が激しくて、機嫌が顔に出たり八つ当たりするのが、人間的な幼さ、心の未熟さとして出ていたのかなと。

――仕事の場では出さなかったんでしょうけど。

山口 いえ、出ていたと思います(笑)。本当の大人に見える人って、そういうことがないんです。だから、容姿だけでなく心を磨いて、目標の大人になっていこうとしています。

――去年は初めてだった舞台にも2本出演しました。

山口 本当にキツかったです(笑)。毎日泣きながら頑張るということを、久々にしました。わからないながら稽古をやり続けた結果、「これだけ頑張ったんだから大丈夫」みたいな自信に繋がって。映像とは違うところで「演技って何だろう?」とか、原点に戻るようなこともあって、いい経験でした。

勉強するより好きなものを見つけます

――プライベートでは、以前から「海外に行きたい」とのことで、パンフレットを眺めているとのお話もありましたが、まだ実現してないようですね。

山口 コロナ禍もありましたし、まず日本で頑張ろうと思えてきました。お味噌汁も好きなので(笑)、日本にいたくて。

――『ブルーイマジン』が上映されたロッテルダム国際映画祭にも、行ってないんですよね。

山口 そうなんです。でも、この作品が海外まで届いたのは、すごく嬉しいです。

――日本で公開となりますが、この春はどう過ごしますか?

山口 春は花粉でイヤなんですよね(笑)。お芝居のことを考える時間はもちろんありますけど、以前は映画やドラマを観ても、どこか勉強みたいな意識になってしまって。それが最近、普通に楽しめるようになってきました。だから、趣味として映画を観たり、芸術に触れたりしながら、好きなものを見つけようと思っています。あと、去年の春は『めんつゆひとり飯』の撮影で京都にいたのに、お花見はできなかったので、今年はできたら。

――わりと普通のことをしたいと。

山口 それと、春は散歩をしたいです(笑)。

フラーム提供
フラーム提供

Profile

山口まゆ(やまぐち・まゆ)

2000年11月20日生まれ、東京都出身。2014年に『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』でドラマデビュー。主な出演作はドラマ『リバース』、『明日の約束』、『シジュウカラ』、『めんつゆひとり飯』、映画『相棒‐劇場版Ⅳ‐』、『僕に、会いたかった』、『樹海村』、『軍艦少年』、舞台『これだけはわかってる』など。3月16日より公開の映画『ブルーイマジン』に主演。

『ブルーイマジン』

監督/松林麗 脚本/後藤美波

出演/山口まゆ、川床明日香、北村優衣、新谷ゆづみ、細田善彦ほか

3月16日より新宿K’s cinemaほか全国順次公開

公式HP

(C)Blue Imagine Film Partners
(C)Blue Imagine Film Partners

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

斉藤貴志の最近の記事