スター・プロデューサー、ブラッド・ピットの最新作と、ハリウッドで求められる発信力とは?
今週行われた第74回ゴールデン・グローブ賞授賞式で一番のサプライズは、メリル・ストリープの実名を伏せた"アンチ・トランプ発言"より、むしろ、作品賞候補作を紹介する役で登壇したブラッド・ピットだったかも知れない。理由は勿論、ブランジェリーナ崩壊後、彼が公式な場に姿を現すのは初めてだったからだ。そんな会場の空気を察してか、少しやつれた顔を綻ばせつつ挨拶するブラッドだったが、彼にはこんな時期にあえてあの場所に立たなければいけない事情があった。紹介の役目を仰せつかった作品が、自ら立ち上げた製作プロダクション、Plan B Entertainmentのプロデュース作品「ムーンライト」だったからだ。
リゾート地帯のイメージが強いアメリカの南端、マイアミの貧困地域で生まれ育ったアフリカ系の少年の成長記を描いた「ムーンライト」は、ゴールデン・グローブ賞のドラマ部門で作品賞を受賞した他、全米の著名な批評家協会賞を総ナメにし、来るアカデミー賞(R)でも賞レースでは先行する「ラ・ラ・ランド」の対抗馬に目されていることは、映画ファンならすでにご存知のはず。もし、2月のドルビーシアターで栄えある作品賞に輝けば、Plan Bにとっては2013年の「それでも夜は明ける」に続く快挙となる。
ここ数年、ハリウッドでは俳優プロデューサー(&監督)の活躍が目立つ。特に、今年の賞レースではその傾向が顕著で、GG賞授賞式でブラッドに会場から格別に熱いエールを送っていた親友のマット・デイモンは、ケイシー・アフレックに主演男優賞をもたらした「マンチェスター・バイ・ザ・シー」をプロデュースし、デンゼル・ワシントンは製作・監督・主演の「Fences」で映画人として再評価され、公私共にゴシップ塗れだったメル・ギブソンは監督作の「Hacksaw Ridge」が多くの映画賞に輝き、久々にメインスポットを浴びている。蝶タイが緩んでいるのにも気づかずほろ酔い加減でプレゼンターを務めたベン・アフレックが両脇に抱えていたのは、明日、1月13日に全米公開される製作・監督・脚本・主演の1人4役を兼任する最新作「Live by Night」の共演者、シエナ・ミラーとゾーイ・ソルダナだった。
スター・プロデューサーが活躍する背景には、最近のハリウッドが確実に収益が見込めるロングシリーズのリブートやプリクエル、または、スーパーヒーローものにしか食指を伸ばさないという事情がある。しかし、知名度があるスターがプロデューサーに名を連ねれば、それが大きなアドバンテージとなって出資につながるし、市場で話題にもなる。人種問題を扱った「それでも夜は明ける」のスティーヴ・マックイーン監督は、「ブラッド・ピットなしにこの企画は実現しなかった」と明言している。あくまで筆者の憶測だが、メリルがアワードセレモニーにあえて政治的発言を持ち込んだのは、そんな危険な閉塞感が充満するハリウッドを、次期大統領の動向が読み切れずに萎縮気味の映画業界を、一女優として予め鼓舞したかったからではないだろうか。
いずれにせよ、閉塞感をぶち破る急先鋒として機能すべきスター・プロデューサーの第一人者として、ブラッド・ピットとPlan Bには大いに期待したい。因みに、主演のみを請け負った最新作の「マリアンヌ」は、ブラッド演じる英国諜報員と、アンジェリーナとの破局の原因にもなったと噂されるフランスのオスカー女優、マリオン・コティヤール扮するフランス人レジスタンスが、とあるミッションをきっかけに恋に落ち、結婚後、夫が妻の秘密を探る任務を負うという、どこか「Mr.&Mrs.スミス」を彷彿とさせるラブ・サスペンス。今回も、ロバート・ゼメキス監督の下、ファンシーなオールディーズ・ファッションに身を包んだブラッドは、変わらぬ美しさで女性ファンを魅了しそうだが、本人は映画について、「若い男女を戦場に送り出した人間たちを風刺しているんだ」と、一見古典的な恋愛映画に見える作品の真の狙いについて説明している。
つまり、彼は自らに付いた美形スターのイメージを依然有効活用しつつ、背後ではプロデューサー的視点も忘れていない、したたかな映画人というわけだ。Plan Bとしての次回作は、国際治安支援部隊司令官とアフガニスタン駐留軍司令官を兼任した実在の人物、スタンリー・マクリスタルをモデルにした風刺コメディ「War Machine」で、同作はNETFLIXで独占デジタル配信、劇場公開されることが決定。その後にファン待望の「ワールド・ウォーZ2」が控えている。
「マリアンヌ」2017年2月10日(金) TOHOシネマズ六本木ヒルズ他全国ロードショー
配給:東和ピクチャーズ
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