半双胴船型クリロフ軽空母案の設計と特許
2018年に初めて公開されたロシアのクリロフ国立研究センターが提案している軽空母案は全長304m・満載排水量4万4千トン・航空機46機搭載という仕様で、長い全長に比べてかなり軽い船体を持つSTOBAR(スキージャンプ発艦・ワイヤー着艦)方式の空母です。
この軽空母案は輸出用として設計されていますがロシア本国向けにも提案されています。なおガスタービン機関を搭載すると発表されていますが公開された模型には煙突が見当たらず、ロシア本国向けは原子力機関が想定されているのかもしれません。
排水量型セミカタマラン船体(半双胴船)
設計上の特徴は二つあります。先ずクリロフ国立研究センターはこの軽空母案には船体の前半部分が単胴で後半部分が双胴になっている半双胴船型(セミカタマラン船型)を採用したと説明しています。これにより単胴船型よりも20~30%広い飛行甲板面積を確保できたとしています。
排水量型セミカタマラン船体の特許
この半双胴船の構造について、2012年にクリロフ国立研究センターの提出した特許に該当するものがありました。
RU2502627C1 - Корпус водоизмещающего судна-полукатамарана (排水量型セミカタマラン船体)
船体の前半部分は単胴船型ですが後半部分は双胴船型となっています。単胴と双胴の中間の特徴を備えていますが、艦首で発生する造波抵抗は単胴船のものになるので、どちらかといえば単胴船寄りの船型です。双胴船の特徴を一部兼ね備えている単胴船の一種と考えた方がよいかもしれません。
実は純粋な双胴船は空母のような大型艦には採用できません。左右の船体の連結部分に強い応力が掛かるので、あまり長く重いと左右の船体が波を受けて捻じれた際に連結部分が耐え切れなくなるのです。しかし半双胴船ならば前半の単胴の部分あるので捻じれは少なくなり、この問題が無くなります。
排水量型セミカタマラン船体(半双胴船)の優位点
- 双胴の連結部分で広い甲板を確保できる
- 安定性の向上(横揺れが少ない)
- 高速域での抵抗減(低速域では抵抗増)
これらは双胴船の特徴でもありますが、半双胴船でも一定の効果が見込めます。特に効果が大きいのは広い甲板面積を確保できる点で、クリロフ案の軽空母は満載排水量4万4千トンで全長304mという、船体の大きさの割には排水量がかなり軽い特徴を持ちます。
- 空母「シャルル・ド・ゴール」・・・全長261m、水線長238m、水線幅31.5m、満載排水量4万2千トン
- 空母「アドミラル・クズネツォフ」・・・全長306m、水線長270m、水線幅33.4m、満載排水量6万1千トン
- クリロフ半双胴船型軽空母案・・・全長304m、水線長260m、水線幅38m、満載排水量4万4千トン
同じ単胴船型のシャルル・ド・ゴールとアドミラル・クズネツォフの比率は大体同じで、長さの比の3乗が体積(重量)の比になります。しかし半双胴船型のクリロフ軽空母案は大きく数値がずれていることが分かります。言わば大きな単胴船の後半を肉抜きして双胴にしたような形になるので、大きさの割りに軽い船体が出来上がります。連結部分で幅が広く稼げる双胴船の特徴だけでなく長さも稼いでおり、飛行甲板の面積をかなり広く取れるでしょう。
一方でセミカタマラン船体の問題点はとしては、船体後半が双胴であるがゆえにスクリューシャフト(推進軸)の設置に制約が生じます。1軸や3軸は設置不可能です。2軸なら問題は起きませんが4軸だと容積的に設計に苦労しそうです。クリロフ軽空母案は2軸推進です。
空母として問題になるのは航空機格納庫の設計です。船体前半の単胴部分はよいのですが、航空機格納庫を船体後半の双胴で左右に分けることはできないので左右の連結部分の上に設置する必要があり、高さの余裕が少なく設計が難しくなる可能性があります。
クリロフ国立研究センターは半双胴軽空母案の内部図までは公開していないので詳細は不明ですが、模型では艦の最後部に航空機用エレベーターを設置しているので、そこまで格納庫は繋がっているのは確かなようで、広い格納庫面積も確保できていると思われます。
滑走型セミカタマラン船体(半双胴船)
なおクリロフ国立研究センターはこの自身の特許RU2502627C1の中で「1991年8月13日に発行されたアメリカ特許5038696の既知の技術的解決策」と説明しています。その先行案であるアメリカの特許はこのようなものでした。
US5038696A - Ship’s hull having monohull forebody and catamaran afterbody (前方単胴船型と後方双胴船型を有する船形)
アメリカ特許案の特徴は滑走型の小型船舶用で、船体前半がV字底の単胴で高速を発揮すると前半部分が浮き上がるモーターボートのような船の構造です。このため、高速発揮時は水に浸かっている部分が船体後半の双胴部分だけになるので、船型としての特徴はかなり双胴船寄りだと言えます。
ロシア特許案が排水量型で単胴船寄りのものであるのに比べると、アメリカ特許案は滑走型で双胴船寄りなので、単胴と双胴を組み合わせる発想は同じですが両者は全く別のものだと言えるでしょう。
サイドエレベーターが存在しない空母の設計
クリロフ国立研究センターの軽空母案のもう一つの特徴は「サイドエレベーターが無い」という点です。船体中心線やや右寄りに二つのエレベーターがあり、更にもう一つ最後部にエレベーターが付いています。舷側に付けるサイドエレベーターを採用しなかった理由はおそらく波浪による海水の打ち込みを嫌ったからでしょう。代償として格納庫面積をエレベーター部分で割かれてしまい、狭くなってしまっています。
ですが半双胴船型で格納庫を広く確保することが出来ていて、エレベーター部分で使用面積が減っても問題ないと判断されているようにも思えます。ただし模型を見る限りエレベーターはかなり小さいので、戦闘機サイズの機体までしか運用はできないでしょう。
STOBAR(スキージャンプ発艦・ワイヤー着艦)方式の空母なので固定翼早期警戒機の運用は諦めており、早期警戒型ヘリコプターで代用しているので大型機は運用するつもりが無い設計です。