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昨年まで5年連続でドラフト指名選手輩出の花咲徳栄。選手の夢を実現させる取り組みに迫る

上原伸一ノンフィクションライター
花咲徳栄の岩井隆監督。2015年から5年連続ドラフト指名選手を出した(筆者撮影)

スカウトの視点は高校野球の指導者に近い

 花咲徳栄は昨年まで、2015年・武田愛斗(西武4位)、16年・高橋昂也(広島2位)/岡崎大輔(オリックス3位)、17年・西川愛也(西武2位)/清水達也(中日4位)、18年・野村佑希(日本ハム2位)、19年・韮沢雄也(広島4位)と、5年連続でドラフト指名選手を出している。5年連続はPL学園(1993~97)と並ぶ歴代3位タイである。(歴代最長記録は、愛工大名電(81年~87年)と大阪桐蔭(10~16年)の7年連続)。

 なぜ5年連続でドラフト指名選手を輩出できたのか?そこには岩井隆監督の、選手の夢に寄り添うサポートがあった。

「野球をやっている子なら、誰しもプロに憧れると思うんです。私もそうでした。ですから進路相談の際、ある程度のレベルに達している選手が『プロに行きたい』と言うなら、絶対に否定しません。その思いを尊重しています。ただし、思いだけではプロにはなれません。その選手が夢舞台に立つにはどうすればいいか、これを具体的に掘り下げ、指導しています」

 01年から花咲徳栄を率いる岩井監督は東北福祉大の出身。同期には斎藤隆(ヤクルトコーチ)や金本知憲(前阪神監督)がおり、1学年先輩には阪神監督の矢野燿大がと、そうそうたる面々がいた。「身近にプロで活躍した選手がいたのは大きかったですね。それが“これくらいならプロになれる”という基準になっているのは確かです」。

 ただ7年前、初めてプロのスカウトに接した時は驚いたという。描いていたイメージとあまりに異なったからだ。来訪してきたのは若月健矢(オリックス、13年ドラフト3位)に注目していたオリックスの牧田勝吾スカウト(現・編成副部長)だった。

「てっきり技術的な話になるかと思っていたら、野球の話題は一切ありませんでした。牧田さんは、オリックスがどういう会社であるか、丁寧に説明してくれました。そして、こういう組織に属するチームだから、お預けいただいても安心ですと」

話を聞き終わってから、こうも感じた。スカウトの姿勢は高校野球の監督に似ている…「チーム愛と選手に対する情熱ですね。これは近いものがあると思ったのです」。

 スカウトと接していくうち、岩井監督の心にあったプロとの垣根はどんどん低くなっていく。スカウトが重視しているのは、打った投げたではなく、野球に取り組む姿勢であり、選手の内面だったからだ。

「美しい花を咲かすために一番大事なのは、幹でも枝葉でもなく、土に隠れている根っこの部分。プロのスカウトの考えも一緒でした」。

選手を前に話をする岩井監督。2017年夏には全国制覇に導いた(筆者撮影)
選手を前に話をする岩井監督。2017年夏には全国制覇に導いた(筆者撮影)

初のプロ選手誕生を境に全国区への階段を上る

 一方で、プロのスカウトの視点にも気が付く。若月は試合の時、イニング間のセカンド送球を全て全力で投げていた。スカウトはこれも全球ストップウォッチで計っていたが、着目していたのは体力だった。イニング間の送球を9回、プレー中と同じようにやるにはかなりの体力がいる。だが、ここで抜いてしまう子は、プロで1年持たない。スカウトはこういうところも見ていたのだ。

 岩井監督は初めてプロに送り出した若月を通して、スカウトの実情やプロの世界について「大いに勉強させてもらいました」。その経験は後に、プロを志望する選手の指導に活かされることになる。

 若月がプロ入りしたあたりから、チームに対する指導も変わっていった。それまではテクニックに重きを置いていたが、パワーに力点を置くようになったのだ。体作りも強化し、オフのトレーニングを「一冬越して進化しなければ指導者の責任」と、より大切に考えるようになった。“徳栄名物”の重さ15キロのハンマーでタイヤを叩くトレーニングや、フェンス沿いに作った約180メートルの砂場(通称“徳栄ビーチ”)を走るトレーニングも、ここから生まれたのだろう。

 指導の変化とともに花咲徳栄は全国区になっていく。夏の甲子園大会で、15年は準々決勝、16年は3回戦で、いずれも優勝校に敗れたが、西川と清水が指名された17年は初の全国制覇を成し遂げた。

「プロ志望の子には『自分の進路のことばかり考えず、チームを勝たせる選手になれ』という話もします。スカウトは“勝ち運”を持っているかどうかも評価します。チームに貢献することがそのまま自分の価値を高めることになるのです」

プロ入りした先輩の姿が自立を促す

 岩井監督はプロ志望の選手に、まず心構えを説くという。

「スカウトが見に来ているから頑張るではなく、いつも同じルーティンで同じように力を発揮できるようにしなさいと。大きな舞台だと力むとか、大観衆の前だと緊張するとか、“プロ注目”と書かれたことで気負うとか、心の変化があってはいけないと言います。スカウトはそういうところをしっかり見てますからね」

 2年の秋くらいまでは、他の選手同様に口うるさいくらいに指導するが、そこから先は自立を促す。「自分で考えてできないと、プロに行ってから苦労しますからね。プロは手取り足取りには教えてもらえないところなので」。

 自立をするための良き手本になっているのが、プロ入りした先輩の姿だ。野村は西川の背中を追いかけ、今年のドラフト候補・井上朋也(3年)は野村の存在を励みにしている。ああなりたいという気持ちが自立を促し、成長につながっていくのだ。“正の連鎖”とも言えようか。

後輩はプロ入り後の姿だけでなく、常にスカウトに見られている重圧と戦いながら、ドラフト指名を勝ち取った先輩の姿も見ている。岩井監督は「私がああだ、こうだと言うよりもよほど説得力がありますよ」と笑う。

グラウンド整備をする選手を見守る岩井監督。「高校野球では取り組む姿勢や内面の成長が大事」と言う(筆者撮影)
グラウンド整備をする選手を見守る岩井監督。「高校野球では取り組む姿勢や内面の成長が大事」と言う(筆者撮影)

プロになってもあくまでも一社会人

花咲徳栄では、上で野球を続ける選手は、高校野球引退後も現役部員と一緒に練習を続ける。次のステージに行くための準備である。プロ志望選手もプロになった時の姿を想像しながらトレーニングに励む。岩井監督は「新人合同自主トレの初日で走れない、投げられないでは、プロ野球の選手としてというより、一社会人として失格」と言葉に力を込める。

プロ野球選手であっても一社会人。組織に求められる人間でなければ、居場所がなくなる。新人合同自主トレは必要とされる選手、人間であるための、大事な一歩なのだ。

 ドラフト前日、岩井監督が必ず行っていることがある。神社への参拝だ。指名が有力視される選手と一緒に“神頼み”をする。「指名されたいというのは1つの欲ですからね。それを取り払って、きれいな心で臨むため、というのもあります」。

 今年のドラフトで井上が指名されれば6年連続となり、PL学園を抜いて、単独3位になる。それでも“慣れる”ことはないという。

「指名された瞬間ですか?嬉しいとかホッとするとか、そういうのは超えた状態ですね。フワッと全身の力が抜けます」

 岩井監督は今年も、選手の夢が叶ったその瞬間を待つ。

ノンフィクションライター

Shinichi Uehara/1962年東京生まれ。外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのライターになる。これまで活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」、「大学野球」、「高校野球マガジン」などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「現代ビジネス」などに寄稿している。

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