東大の下手投げ右腕・渡辺向輝が示した「非エリートの兵法」
明大打線を8回無失点に抑える
昨日(9月21日)の東京六大学リーグ戦。東京大学の下手投げ右腕・渡辺向輝(3年、海城)は明治大学との1回戦に先発し、8回無失点の好投を見せた。投球数100、被安打4、与四球は2と内容も良かった。救援投手が打たれ、チームの昨秋以来の白星にはつながらなかったが、次の登板も楽しみなピッチングだった。
渡辺は他のほとんどの東大野球部員同様に、野球に関してはエリートではない。本人も「自分は非エリート」と口にする。
高校は中高一貫の超難関校として知られる海城高。学校はJR新大久保から徒歩5分と東京の真ん中にあるが、他部と共有のグラウンドはフリー打撃ができない広さ。バッティング練習はバックネットに向かって打つ。しかも、使用できるのは週3日のみだ。平日の練習時間は2時間がやっとで、大学受験に備え、練習を終えると塾に向かう部員も少なくないという。
3年夏は東東京大会初戦(2回戦)で敗れた。先発した渡辺は6回7失点だった。
ただ、東京六大学リーグのグラウンドに立てば、「非エリート」であっても「野球エリート」と対峙しなければならない。現時点での能力で劣るのであれば、その中でどうすれば勝てるか考える必要がある。
昨日の渡辺の投球はまさにそれを体現していた。リーグ戦初先発だった早稲田大学2回戦(9月15日)の反省も踏まえ(この時は2回を投げて7失点、自責3)、大工職人がカンナで木材を薄く削っていくかのように、1球1球、丁寧に投げた。
どのボールも丹念にコースを突き、最速が140キロに満たないストレートは同じ腕の振りから球速差をつけた。高低も使った。低めを中心に攻めながらも、時おり、下手投げ特有の浮き上がってくる球を高めに投げることで、打者を幻惑させたのだ。
明大にとってはこの試合が秋の開幕試合。硬さもあったのだろう。野球エリートが名を連ねる打線は渡辺の術中にはまった。今年のドラフトの最注目選手である宗山塁(4年、広陵)は2打数無安打。大学日本代表で中軸を担った小島大河(3年、東海大相模)は3打数ノーヒットであった。この試合に限っては「非エリートの兵法」がエリートを凌駕した格好だ。
高校までの実績は関係ない世界
渡辺は元プロ(NPB)の渡辺俊介氏(元・千葉ロッテマリーンズ、現・日本製鉄かずさマジック監督)を父親に持つ。俊介氏はNPB通算87勝の「ミスターサブマリン」と呼ばれた下手投げ投手だった。同じ下手投げの渡辺は、サインを見る仕草など「お父さんそっくり」と言われるが、専門家筋によると、フォームは似て非なるものだという。渡辺も「父の真似はしてません」と独自の投げ方であることを強調する。
今年の東京六大学には渡辺以外にも元プロの「ジュニア」が目白押しだ。
法政大学・吉鶴翔瑛(4年、木更津総合) 父親は元・千葉ロッテマリーンズ捕手の吉鶴憲治氏(現・福岡ソフトバンクホークスコーチ)。
慶應義塾大・清原正吾(4年、慶應義塾) 父親は元・オリックスバファローズの清原和博氏。
慶應義塾大・前田晃宏(3年、慶應義塾) 父親は元広島カープの前田智徳氏。
慶應義塾大・広池浩成(2年、慶應義塾) 父親は元・広島東洋カープ投手の広池浩司氏。現・埼玉西武ライオンズの球団幹部。
立教大学・大越怜(3年、東筑) 父親は元・福岡ダイエーホークスの大越基氏。
東大の次のカードは慶大。春のリーグ戦の会見では「僕が打たれたら、確実にネットでバズってしまうので、抑えたい」と話していた清原との初対決が実現しそうだ。渡辺は「非エリート」だが、清原は高校時代、アメリカンフットボール部で、野球は経験していない。
高校時代から名を馳せ、甲子園で活躍した選手も数多くいるなかで、2人のような経歴の選手が活躍する。これも大学野球の、東京六大学リーグの魅力の1つだろう。
元プロを父に持つ東大のサブマリンは、自分が野球では非エリートであるのを自覚している。ならば、どうすれば抑えられるか。これからも徹底的に考え、それを投球で示していく。