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「このままでは日本のアニメが世界で負ける」は的外れ? 海外で広がる“日本風“アニメ

まつもとあつしジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者
(写真:ロイター/アフロ)

日本のアニメ作品は世界でも人気があり、「日本アニメは世界一」というイメージを持っている人も少なくないのではないだろうか。しかし、拡大を続けていたアニメ制作業界の市場規模が2020年、縮小に転じた。背景には新型コロナウイルスの影響、そして海外のアニメ制作現場の成長を指摘する声もある。海外のアニメ制作現場の成長によって、日本アニメが他国に“負ける”日は来るのか。動画配信サービスの広がりによって変化する世界のアニメ市場と、成長する中韓アニメについて、外国人向けの日本アニメ関連サービスを運営する2社に聞いた。

制作業界の市場規模縮小、向上する海外の技術

「『アニメ制作業界』動向調査」(帝国データバンク)によると、アニメ制作業界の市場規模(事業者売上高ベース)は、2019年まで9年連続で拡大していたが、2020年には2510億8100万円(前年比1.8%減)と縮小した。背景には、新型コロナウイルスの影響による制作スケジュールや公開の遅延のほか、海外産アニメやその制作会社の成長を指摘する声もある。

コロナ禍で急速に広まった動画配信サービスでは、中国や韓国で制作されたアニメを見かけるようになってきた。同調査では「中国勢の台頭で『アニメバブル崩壊』再来の可能性、収益体質の改善急務」と分析する。

たしかに、近年、海外の技術は向上している。その背景には、日本の制作会社が中国など海外に制作の一部を外注することが当たり前になっていること、海外から日本の制作会社に来た人材が学んだ技術を本国へ持ち帰っていることなどもある。このような状況を受けて、「このままでは日本のアニメが中国に負けてしまう」というコラムなども散見されるが、アニメ産業の紆余曲折を見てきた筆者にはそのような指摘は的外れに映る。

「日本風」アニメ作品を中韓が制作

はじめに確認したいのは、世界のアニメのトレンドはディズニー・ピクサーに代表されるようなCGを用いて写実的な表現を目指す「フォトリアル」という手法を用いたもので、線画で漫画のような表現を重視する日本で一般的な「セルルック」とも呼ばれるアニメはそもそも市場規模において世界のメインストリームとは言えないという点だ。ただ、そのような手法が特徴的な日本風アニメのファンは世界中におり、中国や韓国が日本風のアニメ作品を制作するなど、世界でも一つの「ジャンル」として確立されている。

昨年、コロナ禍で動画配信サービスが急速に広がり、韓国ドラマを視聴する機会も増えた。日本でも話題になった『梨泰院クラス』は、韓国漫画が原作だ。また、韓国漫画が原作のアニメ『神之塔 -Tower of God-』は、アニメの制作は日本のスタジオが担当し8言語で世界展開され、日本国内でも地上波放送された。中国アニメでは、『羅小黒戦記』(ロシャオヘイセンキ)が日本でも劇場公開され、高い評価を受けた。いずれもフォトリアルではなく「セルルック」の作品だ。海外にいる従来の日本アニメファンは、このような中国や韓国由来の日本アニメ風作品をどう受け止めているのか。

海外でのアニメファンの受け皿の1つともなっている、世界最大級を謳う米国生まれの日本アニメ・漫画のコミュニティーサービス「MyAnimeList」の代表・溝口氏に聞いた。

提供:MyAnimeList
提供:MyAnimeList

「MyAnimeList」では、作品ごとに用意されたページに作品概要や最新ニュースを紹介し、SNSとしてコミュニティが活性化する働きかけを行っている。10月時点でMyAnimeListでの『羅小黒戦記』のコミュニティ(作品掲示板)のユーザーは1万2000人超とかなり限定的だ。「そもそも日本と中国以外で観られる環境がないので、これは仕方が無い。仮にNetflixなどで配信されれば様子が変わるかも知れないが、現状では中国出身者などアジア系の人しか認知していないはず」(溝口氏)

一方で、『神之塔 -Tower of God-』は比較的人気が高い。これはタイミングもあるという。2020年の春、つまりコロナ禍のなか大作アニメが軒並み放送延期となるなかで、予定通り放送できたことが人気を底上げしたというわけだ。ただそれ以上に、韓国の原作マンガ(Webtoon)が45億回以上の閲覧数を持ち、すでに数多くのファンがいたという点が大きいと溝口氏はいう。

「『神之塔』は、明確に韓国のマンガが原作だと意識した上で、海外の日本風アニメファンから評価されています。MyAnimeListにいる人たちが求めているものって、『日本製であること』というよりかは、日本の文化的なアニメーションの様式みたいなものがきっと好きなんですよね」

一般層に拡大するアニメ市場

これまで海外では「アニメは子どもが見るもの」という受け止め方で、日本のアニメを熱心に見るのはいわゆるオタクというイメージが根強かった。しかし、そこにも変化が現われ始めている。

「米国ではマイケル・B・ジョーダンやビリー・アイリッシュといったいわゆるセレブもアニメ好きを公言するようになり、インターナショナルなポップカルチャーにおいてよりメジャーな存在となっています」。米国でアニメに特化した動画配信サービスを展開するCrunchyroll(クランチロール)のグローバル・パートナーシップ/コンテンツストラテジーヘッドのアルデン・ミッチェル・ブディル氏が語る。

Crunchyroll は2006年、いわゆる動画投稿サイトとしてサービスを開始した。当初は日本のアニメが無許諾で投稿されることも盛んに行われていた。2008年、『NARUTO -ナルト- 疾風伝』のサイマル配信開始を機にテレビ東京と提携、現在では正式にライセンスを受けた日本のアニメの配信を200を超える国や地域で1000以上の作品を展開している。そして今年8月、ソニーグループによるCrunchyrollの買収が成立した。

こうした動画配信サービスが広まるまでは、海外の日本アニメファンは違法アップロード作品を視聴するしかなく、視聴機会も限られていた。配信サービスの急速な普及と世界的な新型コロナウイルスの影響を受け、近年そのユーザー数は「指数関数的に増えている」とブディル氏はいう。

Crunchyrollが2020年によく視聴された作品としてあげた9つの作品のうち、大半は日本のアニメ作品だったが、やはり前述した『神之塔 -Tower of God-』や、韓国漫画原作の『THE GOD OF HIGH SCHOOL ゴッド・オブ・ハイスクール』も含まれている。

一方で、日本のマンガ、特に週刊少年ジャンプ原作の作品がランキングの多数を占める点にも注目したい。MyAnimeListの人気アニメランキングでも同様の傾向が見られた。

「私たちのビジネスの中心は、日本で作られたアニメです」とCrunchyrollのブディル氏は述べるが、同時に「アニメの可能性はどこからでも生まれます。世界で作られた作品にも日本で成功する機会が増えることも願っており、それらも含めて『アニメ』の認知度を世界的に高めるために、新しい機会やフォーマットがあれば試したいと考えています」とアニメの「産地」に拘らない姿勢も示す。

「日本産/海外産」で優勝劣敗を競っても意味がない

帝国データバンクは、制作や配信において、海外との競争が激しくなると分析しているが、それは即ち「日本のアニメが海外に負ける」ということを意味しない。

実際、中国の動画プラットフォームによる日本アニメの買い付け数は減少傾向にあるが、中国の市場は極めて特殊な状況にあるため、数字での比較は難しい。中国は現在、習近平指導部のもと日本アニメのみならず内外海外の文化コンテンツ全般に厳しい規制を設けている。今でこそ日本アニメは中国でも見られるが、自国産業優先や表現規制のために今後さらに大きな制約を受ける可能性は高い。

そもそもグローバルで作品が作られるようになるなか、アニメを「○○産」と切り分けることは難しく、更にいえばあまり意味を成さない。MyAnimeList代表の溝口氏も「世界で日本のマンガを読む人は、まだまだ増やせる余地がある。そして、日本のアニメは例えばディズニーのアニメに比べて今はまだ市場規模が小さい。仮にディズニーに追いつくようになったら、どの国を基点にして生まれた作品か、ということではなく、映画などと同様にどのスタジオが作ったのか、がブランドとして問われるようになるはず」と強調する。

提供:MyAnimeList
提供:MyAnimeList

帝国データバンクの調査でも、大手有力スタジオはコロナ禍での放送・放映本数減少にあっても利益を確保していることが指摘されている。「報酬が低く厳しい労働環境にある」とされる制作環境の改善も、大手スタジオを中心に少しずつ進んでいる。動画配信サービスの広がりによる収益増も、追い風となるだろう。

このように、不安定な状態におかれているのはコロナ禍以前から経営基盤の弱さが指摘されていた中小の下請けスタジオであり、業界の二極化が進んでいる。純粋にアニメの「制作」に焦点を絞れば、国内事業の先行きはたしかに不透明な状況ではある。しかしアニメのコンテンツパワーの源は、「どこで映像化したか?」ではなく、配信権や商品化などのビジネスを生み出す「著作権」にあることには注意が必要だ。海外での人気アニメランキングを見ても、先に指摘したように日本のマンガ原作が圧倒的な人気を博していることが分かる。表現規制を強化する中国、マンガ開発と出版流通の基盤を現状は持たない韓国に比しても日本の優位性は明らかで、一部の作品や海外スタジオの国内展開を取り上げて「日本のアニメが世界で負ける」という見立てをするのは無理があると言えるだろう。

「日本的」な表現手法を用いたグローバルな制作体制の拡がりにより、海外スタジオが中心となって制作した「日本的」な作品が今後も数多く生まれ、これからも世界中のファンに支持されていくことになる。そのことはすなわち日本のアニメ・マンガを起点としたコンテンツパワーが今後さらにその重要性を増す、ということなのだ。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者

敬和学園大学人文学部准教授。IT系スタートアップ・出版社・広告代理店、アニメ事業会社などを経て現職。実務経験を活かしながら、IT・アニメなどのトレンドや社会・経済との関係をビジネスの視点から解き明かす。ASCII.jp・ITmedia・毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載。デジタルコンテンツ関連の著書多数。法政大学社会学部兼任講師・デジタルハリウッド大学院デジタルコンテンツマネジメント修士(プロデューサーコース)・東京大学大学院情報学環社会情報学修士 http://atsushi-matsumoto.jp/

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