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新型コロナで人工呼吸器論争「高山病によく似たウイルス性疾患のよう」

木村正人在英国際ジャーナリスト
新型コロナウイルスの大流行で人工呼吸器の需要が急増している(写真:ロイター/アフロ)

「これは肺炎ではない」米医師の訴え

[ロンドン発]新型コロナウイルスの世界的大流行で死者が約16万人に拡大する中、重症・重篤者に対する気管挿管による人工呼吸器の使用を巡って論争が起きています。

日本の国立感染症研究所の調査でもPCR検査陽性の516症例中、死亡10例、退院261例。気管挿管による人工呼吸器の使用は49例もありました。

気管挿管による人工呼吸器の使用に疑問を投げかけているのは米ニューヨークのメイモナイズ・メディカル・センターで新型コロナウイルスと戦っていたキャメロン・カイル=サイダル氏です。

カイル=サイダル医師は「見当はずれの治療は短期間に多大な害をもたらすことを恐れる」という信念にこだわり、集中治療室(ICU)の役職から外されました。そしてユーチューブで次のように訴えています。

「何万人ものニューヨーカーが高度3万フィート(9144メートル)の上空を飛んでいる飛行機に乗っていて、機内の気圧がゆっくりと下がっていくような感じです。高山病に最もよく似ているウイルス誘発性疾患のように見えます」

「患者はゆっくりと酸素が欠乏していきます。彼らは死の瀬戸際にいる患者のように見えますが、肺炎で亡くなっていく患者には見えません。これは肺炎ではありません。だから肺炎に対する通常の治療は効果がありません」

人工呼吸器は患者の肺を傷つける

カイル=サイダル医師がたどり着いた仮説は、気管挿管による人工呼吸器の高圧が逆に肺に損傷を与える恐れがあるということでした。こうした懸念を抱くのはカイル=サイダル医師1人ではないのです。

米救急医学アカデミーのデービッド・ファーシー会長はメディアに気管挿管による人工呼吸器を無差別に使用することに対して警鐘を鳴らしています。ファーシー会長は気管挿管を劇的に減らす一方で、経鼻カニューレやマスクを通した酸素吸入で治療しているそうです。

独ゲッティンゲン医科大学のルチアーノ・ガッティノーニ氏も米呼吸器・救急医学雑誌の編集者に気管挿管による人工呼吸器の使用は患者の肺を傷つける恐れがあると指摘する書簡を送りました。

集中治療に関する調査・研究を担当する英団体ICNARCによると、気管挿管した患者98人のうち生還したのは33人。新型コロナウイルスのエピセンター(発生源)である中国湖北省武漢市からの報告では気管挿管した患者22人のうち生還したのはわずか3人でした。

気管挿管したワシントンの患者18人のうちまだ生存しているのは9人で、このうち気管挿管しなくても十分に呼吸できるまでに回復したのはたった6人でした。ニューヨークでも気管挿管された患者の8割が死亡したと報じられています。

ボリス・ジョンソン英首相は気管挿管前の酸素吸入で一命をとりとめました。これに対して適切な気管挿管による人工呼吸器の使用ができていたら生存率をもっと上げることができていたはずという反論もあります。人工呼吸器の効果を過信してはいけないようです。

「幸せな」酸素欠乏症から急激に悪化

英大衆紙デーリー・メールによると、新型コロナウイルスの患者は「幸せな」酸素欠乏症と呼ばれる状態の時は不快感もなく正常に活動しており、その後、突然悪化することがあります。極端な話、笑顔を浮かべた1分後に急速に死に向かっていることもあるそうです。

怖いのは若さからと自分の体力を過信して新型コロナウイルスの感染に気付かず、病院に運び込まれた時にはもう手遅れというケースです。ポイントは気管挿管が必要なほど重症・重篤化する前に血中酸素濃度の低下を把握し、速やかに酸素吸入を行う必要があります。

イタリアで「バブルヘルメット」と呼ばれる酸素吸入器が使用され、英ノーザンプトンシャーの工場では、自動車メーカーのメルセデスが人工呼吸器ではなく呼吸補助装置(CPAP)1万台を生産しました。

伊北部ロンバルディア州ベルガモにある病院の緊急病棟では新型コロナウイルスによる肺炎の患者にバブルヘルメットをかぶせて酸素吸入しています。これまでは気管挿管され人工呼吸器を装着された患者が鎮静薬で眠らされ、うつ伏せにされる例がほとんどでした。

これに対してバブルヘルメットをかぶせられた患者はスマホをいじったり、周りを見渡したりしているので驚きました。

ワクチンも治療薬もない今、患者は自分の抵抗力で戦うしかありません。血中酸素濃度が下がると抵抗力も弱まり、重症・重篤化が進みます。炎症が肺胞全体に進行して毛細血管に酸素を吸収できなくなる前に治療できるかどうかが生死の分かれ目です。

日本はアビガンやオルベスコに期待

一方、日本感染症学会の緊急シンポジウムが18日開かれ、藤田医科大学の土井洋平教授がインフルエンザ治療薬アビガンを新型コロナウイルスの患者300人に投与したところ、軽・中等症の患者で約9割、人工呼吸器が必要な重症・重篤患者で6割に症状の改善が見られたそうです。

ぜんそくの治療薬オルベスコが投与された肺炎患者75人のうち人工呼吸器が必要になった患者は3人、亡くなった患者は2人にとどまったそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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