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なぜ国際オリンピック委員会は、ロシアの選手を出場させようとするのか【2】ウクライナ戦争と五輪

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
スイス・ローザンヌにある国際オリンピック委員会の本部(写真:ロイター/アフロ)

今日2月15日、スイス・ローザンヌの国際オリンピック委員会(IOC)の本部で会議が開かれる。

パリ五輪は、2024年7月26日に開幕する。もう1年半を切っている。果たしてロシア(とベラルーシ)の選手や役員は、オリンピックに参加するのだろうか。

いつまでに決めなくてはならないのだろうか。

「国際オリンピック委員会は伝統的に、大会の1年前に盛大に招待状を各国のオリンピック委員会に送ります」。

だからロシア国の委員会に招待状を送るのかどうか、「たとえ保留にするとか、のらりくらりとかわす態度をとる(ことを決める)としても」、決めなければならないと、ローザンヌ大学のオリンピック専門家であるジャン・ルー・シャペレ氏は『ル・モンド』紙に説明した。

開催国フランスのマクロン大統領が「夏に判断し直す」と言ったのは、このためだろう。

まだ最終決定までは少し時間があるにしても、2月15日の会合では、間違いなくロシアとベラルーシが問題になるだろう。

そのためか、この1週間ほどはあちこちから議論や意見、態度表明が噴出していた。

各競技の国際連盟

実はIOCは、命令をくだすことはできない。決定権があるのは、各競技の国際連盟だ。

◎参考記事 【1】パリ五輪にロシア人選手が参加か否か決めるのは誰か。迷走するIOC:ウクライナ戦争とオリンピック

だから各競技によって、決定は異なることが可能だ。来年のパリ五輪で、この競技はロシアの選手が参加しているが、あの競技では参加していない、という事態は起こるかもしれない。

実際に、2016年に行われたブラジルのリオ・デジャネイロ夏季大会でも、そのようなことが起きた。2015年、ロシアで国家ぐるみのドーピング問題が明らかになったためだ。

いくつ国際連盟があるかというと、現段階では正式競技は夏季・冬季を合わせて40、承認競技は36ある。

IOC公式ホームページ参照

ロシアのドーピング問題で、過去に違反歴があるため、当初は参加を禁じられた競泳女子のエフィモワが、リオ五輪の100メートル平泳ぎで銀メダルを獲得。会場からはヤジがとび、金銅メダルを取った米国の選手とは論争になった。  
ロシアのドーピング問題で、過去に違反歴があるため、当初は参加を禁じられた競泳女子のエフィモワが、リオ五輪の100メートル平泳ぎで銀メダルを獲得。会場からはヤジがとび、金銅メダルを取った米国の選手とは論争になった。  写真:長田洋平/アフロスポーツ

IOCは各競技の国際連盟に判断をゆだねたため、陸上や重量挙げはほぼ全ての選手が出場禁止となる一方、卓球や馬術は全選手の出場が認められるといった事態が生じたのである。

とはいっても、実際にはIOCの「勧告」は巨大な力をもつ。なぜなら、ほとんどの競技の国際連盟は、IOCから分配される五輪のスポンサー料で運営されているからだ。それに、プログラムの構成を決めるのもIOCである。

おそらく多くの国際連盟が、IOCの「勧告」に従うことが予想されている。

それがわかっていてIOCは、決めるのは各国際連盟であるという態度を取っているのである。

オリンピック休戦はどうなった

昨年2月24日、ロシアによるウクライナ侵略が始まった。あれから約1年、様々なスポーツの国際大会で、ロシアの選手がいなくなったことに気付いた方は多いだろう。

なぜかというと、IOCがロシアとベラルーシの選手を招待しないように、各競技の国際連盟に勧告したからである。

2022年2月4日、北京で冬季オリンピックが始まった。今にも明日にも軍事侵攻が起こると言われながら大会は始まり、結局、開催期間は何も起きなかった。モスクワの北京への配慮と言われた。

しかし2月20日に閉会した4日後の24日、ロシアは戦争を始めた。これは「オリンピック休戦」の原則を破っている。

「オリンピック休戦」とは古代ギリシャに由来する伝統である。1992年、IOCはこの古代の伝統を一新して、大会の期間中、休戦を守るようすべての国に呼びかけた。翌年の1993年の国連の決議(10月25日。48/11)と、2000年の世界の平和と安全に関する「国連ミレニアム宣言」によって、国際社会で確認されたものだ。

「オリンピック休戦」は、開会式1週間前から閉会式1週間後までが、この期間にあたる。古代の伝統に由来し「戦争中であっても、前後に1週間休戦すれば、アスリートが無事に行って帰って来られる」と考えられた措置である。

ロシアは、北京オリンピック閉会式4日後に戦争を始めた。これは明らかな違反である。

そしてIOCは2月28日、ロシアとベラルーシの選手を国際試合に招待しないよう、競技の国際連盟に勧告した。(その結果は【1】の記事に書いた)

しかし、ローザンヌ大学のパトリック・クラストル教授は、オリンピック休戦を理由にしたのではないと、同紙に解説する。

ロシアがオリンピック休戦を尊重しなかったという事実はあるにせよ、IOCがこの「勧告」を説明するために展開した理論的根拠はなかった、という。

「今回が初めてではありません。IOCは現実主義を貫いており、国際大会の数々がボイコットされるという脅威を認識していたのです」という。

つまり、オリンピック休戦を破ったから、ロシア(とベラルーシ)の選手を招待しないように勧告したのではなく、ボイコットを恐れたからだというのである。

実際、ロシアが「オリンピック休戦」を破ったのは、これで三度目である。

一度目は、2008年の北京夏季オリンピックのとき。競技期間中にロシアがジョージアに侵攻。戦争は5日間で終わった。二度目は2014年、ロシアのソチでパラリンピックが3月16日に終わった後、18日にクリミアを併合した。

2014年3月16日ソチで開催されたパラリンピック冬季大会の閉会式に到着したプーチン大統領。この時にはクリミア併合やドンバス介入は決めていたのだろう。
2014年3月16日ソチで開催されたパラリンピック冬季大会の閉会式に到着したプーチン大統領。この時にはクリミア併合やドンバス介入は決めていたのだろう。写真:Alexei Nikolskiy/RIA Novosti/Kremlin/ロイター/アフロ

それでIOCは、ロシアを排除しただろうか。何もしなかった。IOCは政治から遠ざかろうとして人権には消極的な、そういう組織なのだ。

ローザンヌ大学教授のパトリック・クラストル氏はいう。

「IOCはその歴史の中で、1カ国だけ排除したことがあります。南アフリカです。1964年から1992年まで、アパルトヘイト(人種隔離政策)に反対する闘いの名の下に除外したのです。

しかし、1964年までは何も見ようとはしませんでした。そして、特にアフリカ諸国からのボイコットという脅しがあったからこそ、会長は屈服せざるを得なかったのです」

1964年は東京オリンピックだ。東京五輪のプレビュー トーチリレーの様子。
1964年は東京オリンピックだ。東京五輪のプレビュー トーチリレーの様子。写真:アフロ

「1976年のモントリオール大会では、ボイコットが行われました。これはアフリカ諸国がこの禁止令をすべての国際競技に適用することを望んだからです」。

そしてクラストル教授は言う。「IOCは倫理的な線引きをしているわけではなく、常に地政学的なことを考えながら判断しているのです」。

中立か、人権か

もともとIOCという組織は、歴史的にスポーツの中立を謳ってきた組織である。「政治的中立」と「国籍や政治的な意見で差別してはいけない」という「神聖な原則」をもっている。

これらはオリンピック憲章に刻まれているのだが、問題は人権に関しては特に何も書かれていないことだ。

中立を保つには、人権や人命を尊重していては務まらない。人権は目をつぶる、無視する。極端な言い方をすれば、Aが理由なくBを殺しても、糾弾してはいけない。なぜなら中立とはそういうものだからだ。どちらの側にも立ってはいけない。だからこそ出来ることがあると信じているーー。

同じ中立の思想と同じ理由で、赤十字も批判を受けている。

◎参考記事 なぜ赤十字はウクライナ戦争で厳しい非難を浴びたのか

【前編】ロシア赤十字社のレポートの波紋

【後編】ロシアと赤十字が握手した波紋

クラストル教授は「IOCはオリンピック憲章に人権を組み込んでおらず、またいかなる国際文書にも拘束されません。私の知る限り、オリンピック競技大会の新たな候補都市と交わされた契約に、人権尊重の条件が盛り込まれただけです」という。

そして「バッハ会長は言っています。IOCは、民主主義国家を含む世界の主要国が取りたくないような決定を下す法的資格も能力もない、と」。

2020年東京五輪ゴル 男子3日目を観戦するバッハ会長。
2020年東京五輪ゴル 男子3日目を観戦するバッハ会長。写真:アフロ

それならば、なぜ昨年の2月28日、ロシアとベラルーシを招待しないよう、各競技の国際連盟に勧告を出したのだろうか。「法的資格も能力もない」と言うのに、実現させたではないか。何が主に欧州で起きたのだろうか。

人権を憲章に組み込んでいないIOC。しかし、すべての国際スポーツ組織と同様に、日に日にその姿勢が難しくなってきているのだ。

今、IOCは従来の姿勢に戻して、ロシアの選手を参加させようとしている。しかしこれはどこまで可能だろうか。

【3】ウクライナ戦争とオリンピック に続く

この1週間の動き

◎2月7日、開催市のパリ市長であるアンヌ・イダルゴ氏が「ロシアがウクライナへ侵攻するなか何事もなかったかのように代表団をパリで行進させることなど考えられない」と述べた。それまでは中立の立場での参加を支持していたのだ。よほど批判を受けたのだろう。

◎同日、北欧5か国のオリンピック委員会が共同で声明を出し「今は(ロシアとベラルーシの選手の)復帰を検討する時期ではない」と反対の立場を強調した。声明はデンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、アイスランドの北欧5か国のオリンピック委員会だ。

デンマークのオリンピック委員会は、会長のコメントとして「両国の選手をオリンピックに参加させることは、ヨーロッパ諸国の理解を得られず、IOCに大きなマイナスをもたらすだろう」とけん制した。

◎2月10日、日米欧など35カ国が参加するオンライン閣僚級会合が開催された。ゼレンスキー大統領も参加した。

ロイター通信によれば、リトアニアの教育・科学・スポーツ相は、会合参加国がロシアとベラルーシの選手の参加禁止を求める方針だと述べた。ポーランドのスポーツ・観光相は「ギリシャ、フランス、日本を除く大半の国」が両国選手の排除に同意したと説明する一方、現時点でボイコットは議論対象ではないと語ったという。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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