Yahoo!ニュース

新型コロナの治療薬 デキサメサゾン、レムデシビルなど 現時点でのエビデンス

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルス感染症では治療薬に関する研究も進んでいます。

新型コロナウイルス感染症は名前の通り新しい感染症であることから、新型コロナウイルスのために開発された治療薬というものは現時点ではなく、これまで他の感染症や膠原病などの疾患に使われてきた薬剤を新型コロナウイルスにも使用して効果を検証している段階です。

これまでにいくつかの薬剤が効果が証明され、また多くの薬剤の治療効果が示されませんでした。

現時点での新型コロナウイルス感染症の治療薬についてまとめました。

新型コロナウイルス感染症の治療の考え方

新型コロナの経過と治療薬の考え方(doi:10.1016/j.healun.2020.03.012を参考に筆者作成)
新型コロナの経過と治療薬の考え方(doi:10.1016/j.healun.2020.03.012を参考に筆者作成)

新型コロナウイルス感染症は8割の人が軽症であり自然治癒します。

基本的には、治療薬は残り2割の中等症〜重症の方が対象ということになります。

新型コロナの経過は、発症から1週間程度は風邪様症状や嗅覚・味覚異常などの症状がダラダラ続きます。この時期に体内で新型コロナウイルスが増殖していると考えられますので、抗ウイルス薬によって増殖を抑えるというのが治療の考え方になります。

感染者のうち2割の方は肺炎が増悪し、炎症反応が過剰に起こることによって重症化していきます。この時期は過剰に起こった炎症を抑えるためにステロイドやIL-6阻害薬などの抗炎症作用を持つ薬剤を使用するのが合理的と考えられます。

つまり、現時点では新型コロナウイルス感染症の重症例に対する治療薬は「抗ウイルス薬」と「抗炎症薬」を組み合わせて行うという考え方になってきています。

また、これに加えて凝固異常に対して抗凝固薬を使用することも一般的になってきています。

様々な薬剤の新型コロナウイルスへの作用機序(doi:10.1001/jama.2020.6019)
様々な薬剤の新型コロナウイルスへの作用機序(doi:10.1001/jama.2020.6019)

現時点で新型コロナへの効果が示された薬剤

レムデシビル

レムデシビル(compassionate use用:筆者撮影)
レムデシビル(compassionate use用:筆者撮影)

レムデシビルは元々はエボラ出血熱の治療薬の候補としてこれまで他の臨床試験で使用されていた薬剤ですが、培養細胞に新型コロナウイルスを感染させ、48時間後のウイルス増殖の抑制効果を見たところ、レムデシビルで高い阻害効果が観察されたことから、有効性の検証のため臨床研究が行われました。

レムデシビルに関する3つのRCTのまとめ(筆者作成)
レムデシビルに関する3つのRCTのまとめ(筆者作成)

中国で行われた無作為比較試験では、治療効果が示せていませんが、こちらは流行が落ち着いたために症例数が足りずに終了しています。

アメリカ、日本、ヨーロッパなどで行われたACTT1と呼ばれるRCT(無作為比較試験)は1000名以上の患者が登録され、症状期間の短縮が示されています。

5日間と10日間の治療期間の違いを検討したSIMPLEと呼ばれる無作為比較試験もありますが、5日間と10日間とでは有効性・副作用に差はありませんでした。なおギリアド社は先日、このSIMPLEの結果と、その他の後ろ向きの患者データを比較してレムデシビルによって62%も死亡率が低下した(ドヤァ)とアナウンスしていますが、前向きに登録したレムデシビル投与群と後ろ向きに登録された非投与群を比較するのは比較する手法としては不適切であり、これにより死亡率低下と言うのは無理があると思われます。

なお、国内では5月7日に緊急承認され、重症新型コロナ患者で使用されています。

デキサメタゾン

デキサメタゾン(PMDA資料より)
デキサメタゾン(PMDA資料より)

デキサメタゾンはステロイドの一種です。

重症新型コロナ患者は、強い炎症反応によって肺障害や多臓器不全、凝固異常などを起こします。

ステロイドは抗炎症作用によって、これらの有害な炎症反応を抑制する可能性が示唆されています。

またこれまでもデキサメタゾン以外のステロイドが国内の多くの医療機関で使用されていました。

英国で行われた入院患者を対象とした大規模多施設無作為化オープンラベル試験(プレプリント)では、デキサメタゾンの投与を受けた患者は、標準治療を受けた患者と比較して死亡率が減少したことが示されています。

まだ査読を受けた論文としては公表されていませんが、死亡率を改善させた治療薬としては初めてのものになります。

デキサメタゾンも酸素吸入が必要ないくらい軽症の新型コロナ患者には有効性は示されておらず、酸素吸入が必要な中等症患者、人工呼吸管理が必要な重症患者での有効性が示されています。

デキサメタゾンは元々重症感染症に適応のある薬剤であり新型コロナウイルス感染症にも使用可能です。

現時点で有効性が不明の治療薬

トシリズマブ

トシリズマブ(商品名アクテムラ)はヒト化抗ヒトIL-6受容体モノクローナル抗体で、インターロイキン-6(IL-6)というサイトカインの作用を抑制し免疫抑制効果を示す分子標的治療薬です。

現時点では観察研究のみであり無作為比較試験の結果が待たれます。

回復者血漿

回復者血漿というのは感染症から回復した人の血液の一部を、今その感染症で苦しんでいる患者さんに投与するものであり、輸血の一種になります。

新型コロナウイルス感染症に感染した人の約95%は回復しますが、この回復した人たちは新型コロナウイルスに対する抗体、つまり免疫を持っていることになります。

この新型コロナウイルスに作用する免疫グロブリンを投与することが回復者血漿を使用する目的になります。

中国のRCTの結果が発表されましたが、重症例でのみ治療効果が示されていますが、この臨床研究も症例数が足りずに終了しているためまだ結論は出ていません。

国立国際医療研究センターでは、過去に新型コロナウイルス感染症と診断された方の抗体検査を臨床研究として行っています。

ELISA、中和抗体の2つの方法で評価を行い、抗体価の高い方には将来のCOVID-19患者様の治療のための供血をお願いし、保存させていただきます。

詳しくはこちらを御覧ください。

http://dcc.ncgm.go.jp/information/pdf/20200618145755.html

新型コロナ回復者の抗体検査・供血についての臨床研究 参加者募集のお知らせ
新型コロナ回復者の抗体検査・供血についての臨床研究 参加者募集のお知らせ

※イラストは漫画家・羽海野チカ先生が描いてくださいました

シクレソニド

シクレソニドは気管支喘息などに用いられる吸入ステロイド剤ですが、国立感染症研究所コロナウイルス研究室からシクレソニドがSARS-CoV-2に対し強い抗ウイルス活性を有することが報告されています(査読前論文)。

現時点では症例報告のみであり、治療効果についてはまだ分かっていません。

ナファモスタット、カモスタット

呼吸器上皮に発現している宿主のタンパク分解酵素のひとつであるTMPRSS2は、新型コロナウイルスの肺炎発症に関与している可能性が示唆されています。

このTMPRSS2に対して活性のあるセリンプロテアーゼ阻害剤カモスタットが、TMPRSS2細胞への新型コロナウイルスによる侵入を阻害したという報告がCell誌に掲載されています。ナファモスタットも同様の機序が考えられています。

現時点ではファビピラビルと併用した11例の症例報告のみであり、治療効果についてはまだ分かっていません。

無作為比較試験で有効性が示されなかった薬剤

ファビピラビル

アビガン(薬剤名:ファビピラビル)は日本の製薬会社である富士フイルム富山化学が開発した薬剤です。

新型コロナウイルス感染症に対して使用されていましたが、藤田医科大学の無作為比較試験の結果が発表され、残念ながら治療効果は示されませんでした。

ただし、海外でも無作為比較試験が行われており、今後有効性が示される可能性は残っています。

クロロキン/ヒドロキシクロロキン

クロロキン/ヒドロキシクロロキンは実験室レベルでは新型コロナウイルスを抑制することから臨床研究が行われてきました。

トランプ大統領が予防薬として飲んだりブラジルの大統領が治療薬として飲んだり、何かと話題になった薬剤ですが、残念ながら治療効果予防効果も示されませんでした。

WHOもすでに臨床研究を中止しており、今後は使用されなくなるものと思われます。

カレトラ

カレトラはロピナビルという薬剤とリトナビルという薬剤の合剤であり、HIV感染症の薬剤です。

今回の新型コロナウイルス感染症の流行が始まった当初からカレトラは臨床試験や適応外使用として使用されていましたが、無作為比較試験では治療効果は示されませんでした

これ以降、臨床現場で使用される機会は減っています。

治療効果が分かっていない薬剤を使用することの危険性

新型コロナウイルス感染症の治療薬候補のまとめ(筆者作成)
新型コロナウイルス感染症の治療薬候補のまとめ(筆者作成)

これまでの結果を表にまとめています。

様々な治療薬が新型コロナウイルス感染症に対して使用されていますが、現時点で治療効果が示されているのは2つの薬剤のみです。

レムデシビル、デキサメタゾン以外は「効果が不明」もしくは「効果が示されなかった」薬剤になります。

日本国内では臨床研究の結果が出る前から、あたかもアビガンが新型コロナに有効であるかのようにメディアで喧伝されていました(まあ政府が推していたかたというところも多分にあるのですが)。

こうしたメディアの姿勢に筆者はたびたび問題提起して参りましたが、全くの無風であり、報道などを見て新型コロナ患者さんが自ら「アビガンを使ってほしい」とおっしゃる状況もたびたびみられました。

薬剤には必ず副作用というものがあり、効果が十分に検証されていない感染症に対する使用には慎重であるべきです。

今後も治療効果の検証が不十分な薬剤が取り上げられることはたびたびあると思われますが、メディアの方にはぜひ科学的な評価に基づいた報道をしていただきたいと思います。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

忽那賢志の最近の記事