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アビガン 科学的根拠に基づいた議論を

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

現在、新型コロナウイルス感染症に対して有効性が示された治療薬はありません。

治療薬の候補がいくつかあり、その有効性について世界中が血眼になって検討しているところです。

しかし、日本ではアビガンに関してあたかも有効であるかのような報道が散見されます。

実際に臨床の現場では「アビガン偏向報道」による影響が出てきています。

アビガンに関する報道への違和感

私が懸念しているのは、アビガンが新型コロナに効くかのような報道が散見されていることです。

例えば、以下のようなニュース記事です。

クドカン、コロナ闘病談 「アビガン」飲んで快方!!

芸能人の方が新型コロナウイルスに感染し、アビガンを処方された後に回復したというニュースですが、この見出し・・・なんだかあたかもアビガンが新型コロナウイルス感染症に効いたような感じじゃないですか?

大学の卒業旅行に木更津に行ったくらい宮藤官九郎さんが大好きな私ですら違和感を覚えるこの見出し。天国のぶっさんもビックリではないでしょうか。

こちらの記事も同様です。

コロナ感染の石田純一 アビガン処方され回復傾向に

「アビガン処方され回復傾向に」という見出しは、あたかもアビガンが有効な薬であり、アビガンによって石田純一さんが快方に向かったような印象を与えます。

アビガンを飲まなくてもほとんどの新型コロナ患者は良くなる

そもそも新型コロナウイルス感染症はほとんどの方は治癒する感染症です。

2020年4月24日時点で日本における新型コロナウイルス感染症の致死率は2%未満です。

つまりほとんどの方が治癒する感染症であり、アビガンを飲んでも飲まなくても良くなるということです。

クドカンさんも石田純一さんも、アビガンを飲まなくても良くなった可能性が高いでしょう。

それなのになぜにこうもアビガンはニュースの話題になるのでしょうか。

富士フイルム、アビガン増産開始 9月に7倍の30万人分

新型コロナ髄膜炎の男性退院へ 山梨大病院、アビガン投与

アビガンは日本の製薬会社が開発した薬剤ですから、新興感染症である新型コロナに対して日本として有効性の検証に取り組む、という姿勢はもちろん理解できます。

しかし、もはや「新型コロナにアビガンを使って当たり前」くらいのコンセンサスが得られようとしていることに、医療者として危機感を覚えます。

なぜなら、実際にはアビガンが新型コロナウイルス感染症に有効であるという科学的根拠は現時点では十分ではないからです。

アビガン(ファビピラビル)とは

アビガン(薬剤名:ファビピラビル)は日本の製薬会社である富士フイルム富山化学が開発した薬剤です。

日本国内ではインフルエンザ薬として承認されていますが、催奇性があることから新型インフルエンザなどが発生した場合などに備えて備蓄されており、普通のインフルエンザの患者さんに使用されることはありません。

RNAポリメラーゼという酵素を阻害することから、インフルエンザ以外のRNAウイルスにも幅広く効果が期待できる薬剤と言われています。

そのような仮説に基づき2014-2015年の西アフリカでのエボラ出血熱のアウトブレイクの際にアビガンの治療効果が検討されていますが、明らかに有効とまでは言えない結果となっています(PLoS Med. 2016 Mar 1;13(3):e1001967.、Clin Infect Dis. 2016;63(10):1288-94.)。

また日本でも年間約80例の感染者が報告されており、27%という高い致死率のSFTS(重症熱性血小板減少症候群)に対しても日本国内で臨床試験が行われ、過去の国内症例と比較して致死率が低かったと報告されています。

新型コロナウイルス感染症に対するアビガンの効果は?

新型コロナウイルスに対する効果はどうかと言いますと、実験室レベルではVero細胞に新型コロナウイルスを感染させた際のファビピラビルのウイルス阻害効果が評価されていますが、レムデシビルやクロロキンという薬剤と比べると阻害作用は低いという結果でした。

しかし、この論文では「ファビピラビルはエボラウイルスに対してもベロ細胞でのウイルス阻害作用は高くないのに、マウスの感染モデルでは治療効果が見られたことから、(感染細胞を用いた実験ではなく)生体での効果を検証すべき」と結論付けられています。

そして、通常はここで一足とびにヒトへの投与ではなく、マウスなどの動物モデルで効果を検討するわけですが、おそらく「新型コロナウイルス感染症は世界的な緊急事態である」という判断から、ヒト(新型コロナウイルス感染症患者)への投与に踏み切ったものと考えられます。

では実際のヒトでの治療効果はどうでしょうか。

中国からはカレトラ群45人と比較してファビピラビル投与群35人ではウイルス消失時間が短縮され、画像所見の改善も早かったという80人規模の臨床研究が発表されています。この結果だけ見ると「ファビピラビルいいじゃん」という解釈をしてしまいがちですが、症例の数も多くありませんし、患者さんをファビピラビル治療群とカレトラ群とに割り付けるランダム化もしていませんし、どちらの薬剤が使用されているか患者にも主治医にも分からないようにする二重盲検も行われていません。

また査読前論文ですがよりエビデンスレベルの高い無作為比較試験として、ファビピラビル投与群116人とアルビドールという中国の薬を投与された群120人とを比較した論文が公開されています。結論として、アルビドールと比べてアビガン投与患者の臨床的改善は変わらず、副作用として尿酸値上昇がファビピラビル群では多かったというものです。これもオープンラベルという患者・医療従事者ともに「どちらの薬剤が投与されているか知っている」研究になります。

科学的根拠とは

科学的根拠とは、国立がん研究センターのHPに以下の記載があります。

科学的根拠はエビデンスとも呼ばれ、人を対象とした研究(臨床研究)の結果を指します。科学的根拠に基づく医療の本質は、医療者の専門性と患者さんの希望とを総合して医療上の判断を行う考え方と定義されています。科学的根拠の質には高い、低いというレベルがあり、ランダム化比較試験の結果が最もエビデンスレベルが高いとされています。

エビデンスレベルにはいくつかの階層がありますが、一般的には以下のような図によって表されます。

エビデンスのピラミッド(Diabetes Care. 2013 Oct; 36(10): 3368-3373.を参考に筆者作成)
エビデンスのピラミッド(Diabetes Care. 2013 Oct; 36(10): 3368-3373.を参考に筆者作成)

ランダム化比較試験は最もエビデンスレベルが高く、非ランダム化比較試験、観察研究、症例報告、専門家の意見、と下に行くに従ってエビデンスレベルが下がります。

新型コロナウイルス感染症に対するアビガンのこれまでの知見をこのピラミッドに当てはめると以下のようになります(ただしランダム化比較試験は査読前であることに注意が必要です)。

新型コロナに対するアビガンにおけるエビデンスのピラミッド(Diabetes Care. 2013 Oct; 36(10): 3368-3373.を参考に筆者作成)
新型コロナに対するアビガンにおけるエビデンスのピラミッド(Diabetes Care. 2013 Oct; 36(10): 3368-3373.を参考に筆者作成)

というわけで、今のところはアビガンが新型コロナウイルス感染症に有効とは判断できません。

日本国内では藤田医科大学を中心に臨床研究が行われており今後の報告が待たれるという状況ですが、これもランダム化比較試験ではないため決定的な結論にはならないかもしれません。

ここまで読まれて私が「アビガン反対派」なのだと思われたかもしれませんが、そうではありません。

私は「アビガンが効かない」と言っているわけではありません。

効くのかもしれませんし、むしろ効果が証明されてほしいと心から思っています。

しかし、それを検証するためにはまだ十分なエビデンスがない、ということです。

「アビガンを使ってください」とおっしゃる患者さんが増えています

最近は新型コロナの患者さんの中にも「アビガンを使ってほしい」とおっしゃる方が頻繁にいらっしゃいます。

ニュースなどであたかもアビガンが新型コロナに効くかのように紹介されていれば、患者さんもそのように思うのは当然とは思いますが、催奇形性のある薬剤でもあり安易に使用できる薬剤ではありません。

日本感染症学会は新型コロナウイルス感染症の治療の対象として、

1. 概ね 50 歳未満の患者では肺炎を発症しても自然経過の中で治癒する例が多いため、必ずしも抗ウイルス薬を投与せずとも経過を観察してよい。

2. 概ね 50 歳以上の患者では重篤な呼吸不全を起こす可能性が高く、死亡率も高いため、低酸素血症を呈し酸素投与が必要となった段階で抗ウイルス薬の投与を検討する。

3. 糖尿病・心血管疾患・慢性肺疾患、喫煙による慢性閉塞性肺疾患、免疫抑制状態等のある患者においても上記 2 に準じる。

4. 年齢にかかわらず、酸素投与と対症療法だけでは呼吸不全が悪化傾向にある例では抗ウイルス薬の投与を検討する。

出典:COVID-19 に対する抗ウイルス薬による治療の考え方 第 1 版

となっており、学会は必ずしも全ての患者さんにアビガンを含む薬剤の投与を推奨していません。

「インフルエンザに対するタミフル」のように効果や安全性が十分に検討されているものとは異なり、新型コロナウイルス感染症に対するアビガンは現時点では適用外使用、または臨床研究として慎重に対象を判断し使用するものです。

もう少し科学的根拠が揃うまでは「新型コロナにアビガンが効いた」と思わせるような報道は控えていただきたいものです。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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