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武豊を背に下級条件馬が海外の重賞を優勝。この挑戦と結果が持つ意味とは……

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
武豊騎手を背にメシドール賞(G3)を勝った直後のジェニアル

海を越えた条件馬2頭

 現地時間7月22日、フランス、メゾンラフィット競馬場。ここで日本馬2頭が出走した。

 フランスへの遠征となると10月初旬に行われる凱旋門賞への挑戦が有名だ。過去にはディープインパクトやエルコンドルパサー、オルフェーヴルなども挑戦したが、いずれも勝つまでには至っていない欧州最高峰の1戦だ。それ以外でもタイキシャトルが制したジャックルマロワ賞やアグネスワールドの勝ったアベイユドロンシャン賞など、おしなべてG1レースへの出走か、もしくはそのG1へ向かうための前哨戦を使う例がほとんど。そんな中、今回海を越えて走った2頭は少し様相が違った。

 フランスへ渡ったのはいずれも栗東・松永幹夫厩舎の2頭、ジェニアル(牡4歳)とラルク(牝5歳)だ。日本での成績は前者が7戦2勝、後者が16戦3勝。それぞれ500万下条件、1000万下条件の条件馬だ。

 この異例の遠征で手綱をとったのは日本が世界に誇るジョッキー、武豊。オープン馬がかの地のG1に挑戦するのではないこの挑戦を天才ジョッキーは絶賛した。

 「ヨーロッパの2400メートル戦線のG1は本当に強敵が揃います。ただ、少し下の条件となると話は別。層は日本の方が厚いので、こういったクラスの馬の挑戦も“アリ”だと思います」

レース4日前には併せ馬で最終追い切りが行われた。向かって左が武豊騎乗のジェニアルで右がラルク
レース4日前には併せ馬で最終追い切りが行われた。向かって左が武豊騎乗のジェニアルで右がラルク

下級条件の層の厚さは日本も負けていない

 先述したように凱旋門賞を制した日本馬はまだいない。日本では最強馬と言われたディープインパクトをしても3位入線(後に失格)。三冠馬オルフェーヴルも2年連続で2着に敗れた。武豊が言うように、ヨーロッパが誇る2400メートル路線のトップホース達は底知れぬ強さを持っている。

 それに対し、下級クラスとなると話が違ってくる。例えばディープインパクトの帯同馬として現地入りしていたピカレスクコート。同馬は帰国後にG3・ダービー卿CTを勝つまでに成長するが、現地へ飛んだ時はまだ1000万下条件の身。それでいてかの地のG2・ダニエルウェルデンシュタイン賞で見せ場充分の2着と好走した。2016年にエイシンヒカリと共にフランス入りしたエイシンエルヴィンも同様だ。遠征直前の日本では1000万下条件で5着に負けていたにも関わらず、メゾンラフィット競馬場ではオープンのモントルトゥー賞を快勝してみせた。

 これらのデータだけでなく、日本でもフランスでも騎乗経験豊富な武豊は、まさに身を持ってその感覚を得ていたのだ。

パドックで騎乗前の武豊と調教師の松永幹夫
パドックで騎乗前の武豊と調教師の松永幹夫

世界にほこるユタカの手綱捌きで圧巻の逃げ切り劇

 2頭の馬主は共にキーファーズ。同社の代表取締役の松島正昭は普段あまり表に出てこない。しかし、セレクトセールで馬を落とした際、マスコミに取り上げられるので、彼の信念をご存知の方も多いだろう。

 「武豊騎手に乗っていただき、凱旋門賞を勝つのが私の夢です」

 常にそう語っている。今回の遠征に関しても「鞍上武豊」だけは譲れないライン、というか「鞍上武豊」だからこそ決定した遠征だったのだ。

 ジェニアルはG3のメシドール賞、ラルクは準重賞のペピニエール賞に出走した。

 直線、芝1600メートルのメシドール賞はレース直前に1頭が取り消して4頭立て。少頭数といえディフェンディングチャンピオンで重賞5勝のターリーフなど強敵も出走し、楽な戦いにはならないと思われた。

 しかし、スタートをポンと出ると道中はリラックスしながらの逃げ。「ラスト400メートルでは何とかなると思った」と鞍上もうなる手応えでそのまま押し切ってみせた。

見事に逃げ切ってゴールに飛び込んだジェニアル
見事に逃げ切ってゴールに飛び込んだジェニアル

 「折り合いの課題となる馬だけど、今日は初めてのコースで逃げたという事もあったのか、モノ見をして掛からずに走ってくれました」

 世界の武豊はそう言ったが、そういう走りが出来たのは偶然ではない。いかにして折り合わせるかという手を打っていた。例えば馬場の先入れが主催者側に断られた時点で機転を利かし、逆に最後入れに変更した。直線の1600メートル戦という事で返し馬も1600メートルしなければいけないが、ここで掛かっては元も子もないので、途中までは引いて歩かせた。それでも返し馬に移るとやはり行きたがったが、鞍上が必死に抑えて落ち着かせた。それらレース以外の目立たないところでの努力の積み重ねが、競馬へ行ってジェニアルを落ち着かせて走らせたのだ。

 立て続けに行われたペピニエール賞に挑戦したラルクは逃げて捉まり8着に敗れたが、ジェニアルの重賞勝利だけでもこの遠征の幕開けは及第点と言えた。

出来る限りレースで引っ掛からないように、返し馬へ向かう際も少しの間、歩かせるなど工夫をした
出来る限りレースで引っ掛からないように、返し馬へ向かう際も少しの間、歩かせるなど工夫をした

今回の挑戦と結果の持つ意味とこれから……

 「2頭は共にこのままフランスで走る予定なので、色々な意味を持つ初戦でした」

 武豊はレース後、そう口を開くと更に続けた。

 「そういう意味でもとくにジェニアルに関しては最高の結果でした。リスクを背負って遠征を決断したオーナーに少しでも結果で報いたいという気持ちもあったので、本当に良かったです」

 世知辛い世の中に、算盤をはじく馬主も多い中、今回の挑戦は明らかに異なる。いずれも1億円以上で手に入れた馬にも関わらず、日本なら未勝利戦にも及ばない程度の賞金のレースに出走するため、輸送費やスタッフの滞在費など、大金をかけても海を越えた。オーナーのその心意気やという話である。武豊は続ける。

 「日本では勝てなくても、日本馬は強いからフランスなら合うとか、外国の方が向くと言う馬もいると思うし、実際それを証明出来た結果だったと思います」

 ジェニアルの父はディープインパクト、母はフランスのG1馬サラフィナ。この血統もあり、レース前から「フランスの方が合うかも……」と言っていたものだ。

 「オーナーが楽しめるのが本来の競馬の形」

 日本のナンバー1ジョッキーはそう言った。今回の遠征こそ正に、それを具現化した挑戦だったのだ。

 ジェニアルは今回の結果を受けて次走8月12日に行われるジャックルマロワ賞(G1、フランス・ドーヴィル競馬場、芝、直線1600メートル)に登録する可能性も出てきたようだ。新たなる挑戦は始まったばかり。この物語が今度どう展開するのか……。期待したい。

レース後に地元テレビ局からのインタビューに応える日本の第一人者・武豊
レース後に地元テレビ局からのインタビューに応える日本の第一人者・武豊

(文中敬称略、写真提供=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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