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みなかみ町が目指す「これからの生き方・働き方」~ユネスコエコパークをきっかけにして

吉田大樹労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表
谷川岳の一ノ倉沢の絶景(筆者が2017年9月に撮影)

首都圏や関西圏などの大都市部では、毎日1時間以上満員電車に揺られながら通勤している多くの人たちがいる。特に首都圏は顕著で、1日当たりの通勤・通学時間が多い都道府県を見てみると、

1位 神奈川県 1.45時間

2位 千葉県  1.42時間

3位 埼玉県  1.36時間

4位 東京都  1.34時間

「平成28年社会生活基本調査結果」(総務省統計局)

――と上位を独占している。

もちろん通勤電車の中で、本や新聞を読んだり、スマホを操作したりして、うまくその時間を活用できている人もいるだろう。しかし一方で、この通勤時間に疑問を感じている人も多く存在するのではないだろうか。なかには痴漢の被害にあったり、人身事故に遭遇したりして、心身ともにすり減らしながら通勤しなければならない人もいるのが実態だ。通勤時の電車の本数を増やしたり、時差通勤を促したりすることよりも、もっと働き方の根底を見直すことによって改善できることがあるはずだ。

その大きな柱となるのがテレワークの推進であろう。東京に行かなければ仕事が得られない時代から、東京に行かなくても仕事が得られる時代へと移り変わる時期にある。かと言って、それがすぐに実現するとは思えないが、いまはまさにその過渡期に当たる。

しかし、テレワークは東京にある企業の発想だけではなかなか進まない。それを迎え入れる自治体の役割も極めて大きい。

そんな中、群馬・みなかみ町では、今年3月にテレワークセンターを開設するなど、自然豊かな環境の中で新たな生き方・働き方を提供しようと様々な取り組みを行っている。関東の北限にあるこの町で、どのような目的で、何を仕掛けようとしているのだろうか。それを探ろうと、みなかみ町を訪ねた。

ユネスコ「エコパーク」の登録を受ける

みなかみ町は現在、人口が約2万人。2005年に月夜野町、水上町、新治村が対等合併して誕生した町だ。東京からは、車(高速利用)でなら1時間40分ほど、新幹線(上毛高原駅)なら最速66分で行ける。名所は、なんといっても登山の聖地と言われる谷川岳。一ノ倉沢の風景には言葉を失うほどの感動がある。また、水上温泉や猿ヶ京温泉といった日本でも有数の温泉街を抱えており、冬のシーズンはスキーの利用客も多い。

みなかみ町の位置(筆者作成)
みなかみ町の位置(筆者作成)

今年6月にはユネスコ(UNESCO・国際連合教育科学文化機関)エコパーク(※1)にも登録され、首都圏から最も近いユネスコエコパークとしてさらなる観光客増を図ろうともくろんでいる。

※1 ユネスコエコパーク・・・正式名を生物圏保存地域(BR:Biosphere Reserves)といい、1976年(昭和51年)に開始されたユネスコ人間と生物圏(MAB:Man and the Biosphere)計画のプロジェクトの一つで、日本では親しみやすいように「ユネスコエコパーク」と呼ばれています。

出典:みなかみユネスコエコパーク

そこで、まず訪れたのが、みなかみ町役場。ユネスコエコパークやテレワークなどを担当する方々に話を聞いた。

「みなかみ町は合併した2005年10月から、利根川の源流のまちとして、人と自然が共生できることを大きなコンセプトに掲げています」

こう語るのは、みなかみ町総合戦略課の宮崎育雄課長だ。

「ユネスコエコパークに登録されたことを誇りに感じながら、郷土愛を育んでいきたいと思っています。町外の方々にも容易に理解してもらい、その存在を認めてもらえるような、大きなイメージづくりがまずはできたらと」(宮崎課長)

2014年7月からみなかみ町は総合戦略課内にエコパーク推進室を設置し、認定準備を開始。約3年をかけてユネスコエコパークの登録にこぎ着けた。当時は宮崎課長が室長を兼務し、専属の室員が2名だけだったが、今年4月にエコパーク推進課となり、総合戦略課から独立。さらに人員も増え、ユネスコエコパークの取り組みに力を入れている。

具体的にユネスコエコパークの取り組みとは、どのようなものなのだろうか。

「ユネスコエコパークの取り組み自体は具体的に大きな事業があるわけではありません」と宮崎課長は前置きしたうえで、「各部署が実施しているユネスコエコパークにつながる事業を横断的に取りまとめる司令塔的な役割を担っています。行政を横串でつなげ、エコパークの考え方をいろんな事業に反映させていければ」と語る。

とは言え、具体的な事業をまったく行っていないわけではない。当面は里山の整備、つまり林業を中心とした森林の整備を進めていくとしている。エコパーク推進課森林環境グループの大川志向主査は、「単なる伐採業ではなく、山林の経営を行う自伐型林業を軸に進めていこうとしています。将来にわたって地域の山林の価値を高めていく林業。それが里山の整備につながると考えています」と説明する。

なぜ自伐型林業を導入するのだろうか。自伐型林業について、NPO法人自伐型林業推進協会のホームページには、「採算性と環境保全を高い次元で両立する持続的森林経営」と記載されている。低コストで小規模にできるところが魅力で、大規模に伐採ができる国有林などに比べて、細切れな民有林が多いみなかみ町にとっては、自伐型林業のほうが向いていると判断した。

「現行の林業は所有者の了解を得て、機械などを導入して大規模に集約して取り組んでいきます。ただし、そのやり方だと、自分の山林にもかかわらず、その価値に気付くことができません。一方で、自伐型林業であれば、そこに暮らす人たちの生活に寄り添って、必要となる木々を里山から切り出して活用し、山と生活の両面を保たせることができます。所有者やその周辺にいる地域の人たちがどう生きながら森林を保全するかに重点を置いています」と語る大川主査。

また、みなかみ町の森林の特徴は、民有林が約2割で、そのうちの約6割が広葉樹林で占められている点だ。広葉樹の活用は、一般流通が確立しているスギなどの人工の針葉樹に比べて大きな可能性を秘めているため、今後は商品化を進めていくことも目指している。

今年10月に実施された自伐型林業の研修の様子(提供:一般社団法人みなかみ町観光協会)
今年10月に実施された自伐型林業の研修の様子(提供:一般社団法人みなかみ町観光協会)

ヘルスツーリズムへの展開

みなかみ町では、みなかみ町の住民とみなかみ町を訪れる人たちの「笑顔と幸せ」を創出する機会の提供と地域経済の活性化を図ろうと、2012年3月に「みなかみハピネス計画」を策定し、みなかみ町の様々な施策に反映させている。

みなかみハピネス計画のロゴ(ホームページより引用)
みなかみハピネス計画のロゴ(ホームページより引用)

また、地方創生の取り組みの一環として、みなかみ町は一般社団法人みなかみ町体験旅行(代表理事・入内島芳崇)と連携し、2016年4月からヘルスツーリズムにも力を入れる。宮崎課長は、「しっかりとした自然環境の中で、『人間としての野性味を復活させる』をテーマに、みなかみ町にお越しいただき、様々な体験を通してリフレッシュしてもらえたらと思っています」とそのねらいを話す。今後は、ユネスコエコパークも絡めながら、首都圏からの近さを利用し、いかに事業化していくかが課題と言える。現在、健康経営(※2)を提供する企業と連携をして、企業向けにアプローチをしているという。

※2 「健康経営」はNPO法人健康経営研究会の登録商標

現在、企業におけるストレスチェックの法制化に伴い、メンタルヘルス対策が強化されつつある。ヘルスツーリズムは、より具体的にストレスを軽減させるために、みなかみ町の自然を有効に活用していこうという試みだ。いまはその効果を具体的に測るためのエビデンスを収集している段階とのこと。そのエビデンスが有意に出れば、ツーリズムの価値を上げたり、ツーリズムのメニューの開発にもつながる。

そのためにも、まずはみなかみ町のことを知ってもらうことから始めなければならない。今年1月には都内で、みなかみ町の食材を絡めてイベントを開催した。大豆やりんご、さくらんぼ、ぶどう、舞茸、しいたけ、米など、みなかみ町で収穫されたものが披露された。「今後もみなかみ町を知ってもらう機会を増やしていきたい」と宮崎課長は意気込む。

また、ヘルスツーリズムを本格化させるために、商品の分析や人材の育成にも乗り出している。現在ターゲットにしているのは、30~40代の首都圏で働く女性だ。町内にウォーキング指導士の人材を育成するなどしてヘルスツーリズム事業の確立を図る。それ以外にも、ラフティング体験や農業体験など地域資源の活用も盛り込んでいる。さらに、親子向けには、ユネスコエコパークをテーマにして気軽に勉強できるような拠点を作る動きもある。

テレワークを軸にこれからの働き方を提案

首都圏から遠ければ、基本的には休日に来てしてもらうことが念頭に置かれてしまうが、みなかみ町では東京駅から最短66分で到着するという利便性をさらに生かそうと、テレワーク事業にも乗り出し、平日の利用者拡大を図っている。

今年3月には、富士ゼロックスなどと連携して、総務省ふるさとテレワーク推進事業「みなかみ町ふるさとテレワーク拠点整備事業」を活用し、2015年度末に閉園した月夜野幼稚園に「テレワークセンターMINAKAMI」を開設した。また、総務省の「お試しサテライトオフィス」として、今年7月からサテライトオフィスを2か所設置。新治地区には空き家だった古民家を、水上地区には水上温泉街にある「ふれあい交流館」内にあるスペースを活用している。

新治地区と水上地区については今年度だけの事業だが、空き家の活用はテレワークの拡大を見据えたものでもある。宮崎課長は、「このテレワークの事業がうまくいけば、休業してしまったり、経営が苦しかったりするホテルや旅館のほか、公共施設でも活用できないかと考えています。昔は、文豪が旅館に長期間滞在し創作活動をしていましたが、近いうちにそれがテレワーカーに取って代わるのではないでしょうか」とテレワークへの期待感を示す。

今年9月にはプレミアムフライデーと絡めて、姉妹都市のさいたま市と連携してモニターツアーを実施するなど、テレワークを軸に新たな働き方を提案していく計画だ。

一方で課題もある。新幹線で上毛高原駅に着いても、そこから先の2次交通の整備が十分に進んでいない。群馬県で最も大きい市町村であるがために、なおのこと課題と言える。「せっかくみなかみ町に来てくれた人たちをつなぎ止めておくためにも、2次交通の整備は欠かせません」と宮崎課長。

さらに、定期的にみなかみ町に来る機会を増やす中で、本格的な移住や2拠点居住も視野に入れる。みなかみ町はすでに2014年秋から空き家バンクを立ち上げ、空き家の環境整備を進めている。

「しかし、登録してもらうには苦労が多いのも事実です」

こう語るのは、みなかみ町総合戦略課企画グループの三富健司主任だ。「空き家は名義がわからないところが多いんです。なので、わかるところからコツコツと進めています。『所有者からはもう売却したい』という要望を多く聞くのですが、逆に移住者は賃貸を求めるケースが多いのでマッチングがなかなか進みません。売却できたケースもみなかみ町在住者の方が多いのが現状です」

みなかみ町では、都内で開催される群馬県移住相談会にも参加するなどして空き家のマッチングを進めている。その際、仕事についても話題が出るという。「群馬県内であれば、高崎市や前橋市、渋川市といった都市部もありますし、また都内にも新幹線で通うことが可能です。なので、『仕事を変えずに移住する』ことも提案できます」と三富主任。ただ、駅から遠いと厳しい面もあり、「やはり車社会なので、車を所有していないと難しい面もありますね」と課題も挙げる。

「移住=仕事を変える(転職)」というイメージを持っている人も多い中で、ユネスコエコパークに登録された豊かな自然環境を生かし、都心からもっと気軽にみなかみ町に来ることができるようになれば、新たな働き方の具現化にもつながっていくはずだ。宮崎課長は最後に、「地方に興味を持っている人たちが増えてきました。自分の人生の価値観を都会よりも地方に置いている人たちにもっとアプローチをしていけたらと思っています」と今後の抱負を語った。

写真左より、大川志向さん、宮崎育雄さん、三富健司さん(筆者撮影)
写真左より、大川志向さん、宮崎育雄さん、三富健司さん(筆者撮影)

         ◇             ◇

次回は、みなかみ町の観光事業を担っている一般社団法人みなかみ町観光協会の深津卓也代表理事のインタビューを掲載する予定。

労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表

1977年7月東京生まれ。03年3月日大院修士課程修了(政治学修士)。労働専門誌の記者、父親支援団体代表を経て、16年3月NPO法人グリーンパパプロジェクトを設立。これまで内閣府「子ども・子育て会議」委員、厚労省「イクメンプロジェクト推進委員会」委員を歴任。現在、こども家庭庁「幼児期までのこどもの育ち部会」委員、「こどもの預かりサービスの在り方に関する専門委員会」委員、東京都「子供・子育て会議」委員などを務める。設立したNPOで放課後児童クラブを運営。3児のシングルファーザー。小中高のPTA会長を経験し、現在鴻巣市PTA連合会前会長(顧問)。著書「パパの働き方が社会を変える!」(労働調査会)。

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