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これが羽生マジックだ! 羽生善治九段(50)ライバル佐藤康光九段(51)との165回目対戦を制する

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月8日、東京・将棋会館においてA級順位戦1回戦▲佐藤康光九段(51歳)-△羽生善治九段(50歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は9日0時45分に終局。結果は130手で羽生九段の勝ちとなりました。今期A級、羽生九段は白星、佐藤九段は黒星でのスタートとなりました。

 両者の165回目の対局が終わり、通算成績は羽生九段110勝、佐藤九段55勝となりました。

またもや深夜の逆転劇

 羽生九段は名人位9期を含め、A級以上は今期で連続29期。A級順位戦でも21連勝を達成するなど、驚異的な成績を残してきました。しかし前々期、前期は4勝5敗で負け越し。今期は初めて、順位8位となりました。

 佐藤九段は名人位2期を含め、A級以上は通算25期。2009年度は不振でB級1組降級となりましたが、1期でA級に復帰しています。

 両者を上回るA級在籍数を誇るのは、現役では谷川浩司九段(名人位5期、A級以上32期、現在B級2組)のみです。

 谷川九段は最近出版した著書『藤井聡太論 未来の将棋』で次のように語っています。

 私は三十代前半の5年間で羽生さんと計85回ほど対局し、タイトル戦も11回戦っている。だが四十代、五十代と少しずつ対局の機会も減り、やがて羽生さんとの対局数で佐藤康光さんにトップの座を脅かされるようになった。対局数が追い抜かれてしまうのは、こちらの力不足ゆえのことだとわかりながらも、長年付き合った恋人に振られるような複雑で微妙な気持ちである。(谷川浩司『藤井聡太論 未来の将棋』106p)

 羽生-谷川戦は168局。そして羽生-佐藤康光戦は、本局で165局目となりました。

 前回164局目はやはりA級順位戦。そして羽生九段が大逆転で勝っています。

 他の追随を許さない、独創的な序盤戦術で知られる佐藤九段。本局では比較的オーソドックスな相居飛車の立ち上がり・・・かと思いきや。

 午後に入っての19手目。ななななんと! 佐藤九段は7七に金を寄って、将棋ファンの度肝を抜くことになりました。これまでの常識では7七の地点には、銀をすえるのが好形とされてきました。そこをあえて金。序盤から天衣無縫の康光流全開です。

 中盤は両者時間を使い合ってのじっくりした戦い。

「あっ、そうか」

 羽生九段は本局でも、何度もその言葉をつぶやきました。これがいつもの羽生九段のスタイル。いったい何がそうなのかは、観戦者には見当もつきません。

 44手目。羽生九段は飛車先、8筋の歩を突き捨てます。対して同金と応じる佐藤九段。ここで同銀ならばよく見る応酬ですが、7七にいるのは常識的な銀ではなく異形の金なので、見慣れない順になりました。

 羽生九段が先に相手玉に迫る形を作り、ペースを握ったかと見えた中盤戦。進んでみると、いつしか佐藤陣7七の地点には銀が配置され、美しい銀矢倉へと進展しています。

「さすが本格正統派同士、格調高い気品を感じさせる局面・・・」

 この局面から観戦した方はそう思われるかもしれません。序盤に戻って並べてみれば、やっぱりびっくりされるでしょう。

 佐藤九段は相手の馬を追いながら、自陣に銀を2枚打ちつけます。これで佐藤陣には合計4枚の銀が並びました。これもまた、あまり見たことがない美しい形です。

 91手目。佐藤九段は中段に桂を打ちます。銀、銀、桂が中段斜め、天空の星座のように美しく並びました。形勢はわずかに佐藤九段よしとなったようです。

 迎えた深夜の終盤戦。コンピュータ将棋ソフトが示す評価値だけを見れば、佐藤九段勝勢です。しかし盤に向かう両対局者の姿からは、まったく勝敗が決しているようには見られません。

 107手目。佐藤九段は王手桂取りで飛車を打ちます。攻防に利いて、よさそうな手に見えました。佐藤九段は持ち時間6時間を使い切って、ここからは一分将棋に入りました。対して羽生九段は6分を残しています。

 108手目。羽生九段は1分考えて角を合駒に打ち、王手桂取りを受けました。これが絶妙手。おそろしいことに、形勢はここで入れ替わったようです。

「なんだかよくわからんけどヨシ!」

 評価値を見ていた羽生ファンは、そう叫んだかも知れません。

「また羽生マジックが出たのか・・・!」

 そう思った方もおられるでしょう。羽生-佐藤戦。羽生-谷川戦。その他多くの羽生九段の名勝負で、何度こうした光景が見られたことでしょうか。

 羽生九段が逆転を呼ぶ手は「羽生マジック」と称されてきました。それは羽生九段が意図的に相手を幻惑させようとしているのではなく、最善を追求した上で現れる奇跡的な順のようです。

 117手目。佐藤九段は合駒で打たれた角を取り、羽生玉を受けなしへと追い込みます。勝負のゆくえは最後、佐藤玉が詰むや詰まざるやの一点にしぼられました。

 残り3分の羽生九段。2分を使って、あとは一分将棋です。そして正確に詰みを読み切りました。佐藤玉は天空へと追い上げられていきます。ぱっと見ただけでは、捕まっているのかはわかりません。しかし遠く利いている馬(成角)と香の力で、きれいに捕まっていました。

 130手目。銀打ちの王手を見て佐藤九段は投了。大熱戦の余韻を感じさせる、美しい終局図が残されました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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