オバマ米大統領に泣かされたドイツのメルケル首相【デモクラシーのゆくえ:欧州編】
なかなか本心を見せないドイツのメルケル首相が、欧州単一通貨ユーロが崖っぷちに追い込まれた債務危機の最中に、オバマ米大統領の前で涙を流した、いや、泣かされていたとは知らなかった。
2011年11月3~4日、フランスの保養地カンヌで開かれたG20首脳会議での出来事である。
当時、ギリシャ国債だけでなくイタリア国債まで高騰し、ギリシャのパパンドレウ首相(当時)が、財政再建とセットになった救済策を国民投票にかけると言い出した。否決されたら、ユーロが崩壊する恐れがあった。
欧州連合(EU)加盟国の首脳やブリュッセルのEU官僚によるユーロ危機対策を有権者がどう受け止めたのかが問われる欧州議会選を前に、英紙フィナンシャル・タイムズが総力を結集して取材した内幕ものが掲載された。
土壇場の追い込まれたカンヌG20サミットから約2年半、ユーロ危機の震源地ギリシャが国債市場に復帰し、アイルランド10年物国債の金利が英国を下回っている。ユーロ崩壊に賭けていた市場が今はとりあえず、崩壊は回避したと判断している。
当時の危機的状況をかいつまんで振り返ってみよう。
ギリシャは国債金利の高騰で資金繰りに窮したというより、債務超過になっていた。ギリシャの債務再編が不可避になっていた。
EU・ユーロ圏首脳会議はその直前、10月26日から27日未明に及ぶ10時間の協議で、ギリシャの債務を削減する包括戦略で合意した。
(1)ギリシャ国債を保有する民間銀行が自発的に元本の50%削減に応じる
(2)防火壁になる欧州金融安定化基金(EFSF)の支援能力を実質的に1兆ユーロ以上に再拡充する
(3)域内主要70行に1064億ユーロの資本増強を行う
――などが柱だ。
メルケル首相とフランスのサルコジ大統領は「メルコジのダブルエンジン」と呼ばれる牽引力を見せた。メルケル首相が「5割削減か、無秩序なデフォルト(債務不履行)か、2つに1つだ」と民間銀行の代表を押し切った。
しかし、これが裏目に出た。
民間銀行の損失負担は「自発的」とされたものの、事実上の「デフォルト」だ。防火壁の高さも十分ではなく、ギリシャ、ポルトガルなど重債務国の国債は一斉に投げ売られた。
他の重債務国の国債についても「自発的」な元本の削減を求められることに民間銀行が恐怖を抱いたからだ。市場はパニックに陥った。
政府債務が国内総生産(GDP)の120%近く、約1.9兆ユーロ(当時の為替レートで約204兆円)にまで積み上がったイタリアの足元にも火がついた。
それだけではない。ギリシャのパパンドレウ首相が10月31日になって、この包括戦略を国民投票にかける考えを示したのだ。包括戦略が国民投票で否決されると、イタリア、スペインまで炎上し、ユーロは崩壊する恐れがあった。
そんな状況下でカンヌG20サミットは開かれた。パパンドレウ首相は、メルケル首相とサルコジ大統領にカンヌにまで呼びつけられた。
FT紙によると、「国民投票を実施するなら包括戦略についてではなく、ユーロに残留するか、離脱するかにしなさい」とパパンドレウ首相をコーナーに追い詰めるためだった。
フランス大統領選に向けて、カンヌでユーロ危機対策の成功をアピールするつもりだったサルコジ大統領は怒り狂っていた。ギリシャのパパンドレウ首相とベニゼロス財務相(当時)に対する「メルコジ」らEU首脳陣の査問が始まった。
「われわれはギリシャを救うためにすべてをやってきた。ギリシャをユーロ圏に残留させるためにすべてをやってきた。財政的にも、政治的にも危険を犯してきた。世界で史上最大の債務再編(削減)なのに、お前がやったことは裏切りだ」という感情をサルコジ大統領はみなぎらせていた。
国政選挙で選ばれた一国の首相を他国の指導者が頭ごなしにやり込めるのは前代未聞の事態だ。
反論を試みるパパンドレウ首相を、メルケル首相は「この問題を私たちで解決するか、世界が注目する中で失敗するか、のどちらかよ。ギリシャはユーロに残るか、出ていくかのいずれかなのよ」と一蹴したとFT紙は伝えている。
パパンドレウ首相は国民投票を断念して辞任、ギリシャ出身のパパデモス欧州中央銀行(ECB)前副総裁が首相に就任した。
一難去って、また一難。今度はオバマ大統領との対決がメルケル首相を待っていた。
ウィーンを拠点にする日本人の金融コンサルタントからうかがった話だが、ドイツ人にとって借金はSchuld(債務、罪の二つの意味がある)で、Schuldenabbau(借金を減らすことは、罪を償うこと)になる。Schuldを集めて金を稼ぐ金融機関は、罪深い存在だそうだ。
ドイツ人に宿るこうした精神がユーロ危機を悪化させてきたのは間違いない。重病人に必要なのは栄養剤(金融緩和と成長戦略)なのに、ダイエット(緊縮財政)を無理強いしてきたからだ。
金融資本主義の米国、英国と、エンジニアリングこそ国家の生命と考えるドイツとは根本的に別の生き物である。米国は米連邦準備制度理事会(FRB)と同じように、欧州中央銀行(ECB)を防火壁に使うべきだと考えていた。
FT紙は、「メルケル首相はオバマ大統領が教授のように講義することに当惑している」と指摘している。確かにこれまでのメルケル首相は国内世論に目配せしながら、短期的で戦術的な決定を行うタイプだった。
金融政策ではハト(緩和)派のオバマ大統領と違って、メルケル首相はタカ(引き締め)派である。
ECBがダメなら、国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)をユーロ危機の防火壁に使おうというアイデアで、オバマ大統領とサルコジ大統領らが「メルケル包囲網」を築き始めていた。
カンヌG20サミットでは、 (1)SDRを積み増す一方で、ユーロ圏はSDRの中から1400億ユーロを防火壁のEFSFにつぎこむ(2)イタリアがIMFの財政再建計画を受け入れる――かどうかが焦点になっていた。
イタリアはIMFの「再建計画」ではなく「モニター」を受ける代わりに、ドイツの関与を要求してきた。
FT紙によると、オバマ大統領は「ドイツはユーロ圏のSDRの4分の1を持っている。ドイツが同意していなければ、EUは信用を失う」とメルケル首相に決断を促した。
メルケル首相が泣き崩れたのはこの時だった。「これはフェアではない。私はドイツ連銀(中央銀行)の代わりに決めることができない。私にはできないわ」
「イタリアから何の確約も取れていないのに、そんな大きなリスクは取れない。私は(政治的な)自殺行為はしないわ」
結論が出ないまま、サミットは終わった。イタリアはIMFのモニターを受け入れた。SDRの話は立ち消えになり、ECBのドラギ総裁が 2012年夏にECBを防火壁に使うことを決断し、ユーロ危機はとりあえず沈静化した。
メルケル首相の涙が、オバマ大統領とサルコジ大統領を押しとどめた。メルケル首相が女の武器といわれる「涙」を意図的に使ったのかどうかはわからない。ただ、ユーロは崩壊の崖っぷちにあった。
国内の政治基盤と、ユーロ防衛を天秤にかけた結果、自然に流れたのが「涙」だったと解したい。メルケル首相は二進も三進もいかなくなっていたのだ。SDR案で市場の攻勢が収まったかどうかは誰にも判断できないだろう。
メルケル首相が押し切られても、イタリアのベルルスコーニ首相を延命させるだけの結果に終わったかもしれない。
筆者も当時、カンヌで取材したが、メルケル首相がオバマ大統領に泣かされていたとは知らなかった。これぞ、政治家と政治家の個性がぶつかり合う究極のパーソナル・ポリティクスだ。FT紙の取材力に脱帽する。
(つづく)