フェイスブック使った安倍首相の情報発信 是か、非か
今日の論点
(1)首相がソーシャルメディアを使って情報発信することは必要か
(2)政治の言葉は「垂直」ではなく「水平」に伝える時代になった
(3)パブリック・ディプロマシーで世界に通じる情報発信を
読者の方から「原稿が長すぎる。800字以内にまとめて」と要望があったので、日経新聞の経済教室を参考に原稿の前に「今日のポイント」をつけてみました。原稿をあまり短くするとニュースサイトの速報とあまり変わらなくなるので、意識的に長めに書いています。どうか、ご理解を。
安倍首相「多くの方々にタッチしていきたい」
今日はBLOGOSさんが提案しているテーマ、ソーシャルメディアを使った首相の情報発信は是か非かについて論じてみる。
日本記者クラブで開かれた与野党8党首の党首討論会で、読売新聞特別編集委員、橋本五郎氏が安倍晋三首相に「安倍さんに確認なんですけどね、フェイスブックね、あれは自分でやっておられるんですか」と質問した。
わが国の首相は、やはり「プライムミニスター(総理)」と呼んであげてほしい。「さん付け」より「総理」と呼んだ方が権力と一定の距離を保っているようで視聴者も好感を持てると筆者は思う。親しき仲にも礼儀ありだ。
安倍首相が返り咲いてから渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長と会った回数は日経新聞の首相動静によると9回。「さん付け」は読売新聞と安倍政権の距離の近さではないかと勘ぐってしまう。さて、安倍首相はどう答えたか。
安倍首相「私個人のものについては私が書く場合とですね、秘書が、それは秘書として書いている場合があるということでありまして、で、なるべくフェイスブックを使って、こういうマスメディア以外でも、多くの方々にですね、タッチをしていきたいと思います」
橋本氏「一国の総理大臣がね、いちいち今その、社会現象が起きていることについて、そんな言うってことがね、やることなのかっていう根本的な疑問があるからなんですよ。もっと大きく構えてなきゃ変じゃないかなと」
安倍首相「これは、時代の変化なんですね。これはまさに私の生の声を聞くというのは、新聞社の方々しか聞けなかったのがですね、フェイスブックを通して市井の皆さんにも届くのは事実であります」
安倍首相は低姿勢で丁寧に答えている。有権者に対する姿勢も常にこうあってほしい。ソーシャルメディアで「攻撃」するのではなく、温かく「タッチ」して輪を広げていってほしい。
時代の流れについていけないのは誰だ
このやりとりを聞いて日本の改革を阻んでいるのは政治以上に日本の大手メディアなんだという思いを改めて強くした。首相がソーシャルメディアを使ってどんどん情報発信していけば、首相の言葉を独占できなくなる大手メディアの特別編集委員ら大御所たちは商売上がったりだ。
それともインターネットやソーシャルメディアの発達は読売980万の部数という既得権を破壊する害悪とでも考えているのだろうか。最近、読売新聞の記事を読んで、内容にショックを受けることが多い。この間は本当に10日間近く寝込んでしまった。読売の記者に知人は多いが、宮仕えの身、渡辺会長の意向には逆らえないのだろう。
連日980万という部数を振り回して海外からは安倍首相の歴史修正主義の片棒を担いでいるようにしか見えない情報発信をされては、筆者ごときがホソボソとネットで原稿を書く意味がどれだけあるのだろうと絶望的な気持ちになってしまった。
確かにソーシャルメディアによる情報発信は軽い感じはするが、上手に使うことが肝要だ。「議会主権」と呼ばれる英国では重大事項について首相はじめ閣僚はまず議会に報告するのが習わしになっている。記者会見を行うことも増えてきたが、重大事項をツイッターで発信すれば軽率の誹りを免れないかもしれない。
オバマ米大統領のフォロワーは5千万人以上
しかし、災害対応や国民が成し遂げた偉業についてソーシャルメディアで正しい情報や祝福の言葉を拡散させるのは理にかなっている。各国の国家指導者もソーシャルメディアを上手く使いこなしている。
オバマ米大統領、ツイッターのフォロワー5052万1339人。
ポスト・オバマをうかがうヒラリー・クリントン前米国務長官、同248万2739人。
キャメロン英首相、同85万2324人。
安倍首相、同41万5885人。
メルケル独首相、フェイスブックのいいね!91万4125件
この数字を見ても、読売の橋本氏が「首相はもっと大きく構えて」と主張し続けるのなら、老害と言わざるを得ない。
政治の言葉の伝わり方
日本の世論調査で第1党は「支持政党なし層」で、4割前後にのぼっている。「支持政党なし層」は選挙のたびに支持する政党が変わる無党派層とは違って、政治にあきらめている無関心層と言った方が的確かもしれない。
既存政党への失望が強まっているのは日本に限った話ではない。民主党と共和党の対立が政治の停滞をもたらしている米国、極右政党・国民戦線(FN)が台頭するフランス、保守党と労働党の二大政党制が崩れて5党時代に突入した英国でも既存政党離れが進む。
既存政党の政治家は自分たちの気持ちをまったくわかっていないと多くの有権者が感じているからだ。安倍首相は新しいツールを使って有権者にできるだけ近づこうとしているのに、読売の橋本氏はおやめなさいと忠告している。時代錯誤も甚だしい。
先日のスコットランド独立を問う住民投票を取材した際、保守・労働・自由民主の3既成政党は相も変わらず、上から目線、ウェストミンスター目線で政治の言葉を伝えていた。これに対して、スコットランド民族党(SNP)のサモンド党首(当時)は有権者の心の中に入り込んで、政治の言葉を共鳴させていた。
ソーシャルメディアを上手に使って、SNPは有権者の心の中に入り込んでいた。政治の言葉を水平に伝えたからだ。日本語で琴線に触れるというが、サモンド党首が発する言葉は有権者を動かしている、まさにそんな感じがした。政治の言葉を中央(ウェストミンスター)から地方(エディンバラ)へ、上(党首)から下(有権者)へ伝える上意下達の時代は終わった。
特にインターネットが普及した社会では、影響力の違いはあるものの、プロ政治家も有権者も一つの結節点に過ぎない。おのおのが自分たちの考えを語り合い、より大きな世論を形成し、最大多数の最大幸福を実現する政策を生み出していく。サモンド党首やSNPは新しい時代のメディアに政治を見事に適合させていた。
その点、安倍首相は敵と味方の対立を作り出し、相手をやり込める言葉をソーシャルメディアで発信しているケースが見受けられる。これでは安倍親衛隊の喝采は集めることはできても、新しい支持者をつかむことは不可能だ。
危機に備えるパブリック・ディプロマシーが大切だ
なぜ、政治指導者にソーシャルメディアを使った情報発信が必要かというと、なりすましのニセ情報を流されるのを未然に防ぐという目的も含まれている。首相は国内向けのパブリック・リレーションズとともに、国外向けのパブリック・ディプロマシーも考慮に入れて情報発信しなければならない。
クリミア編入に端を発したウクライナ危機では、ロシアやウクライナの親ロシア派がテレビやインターネット、ソーシャルメディアを総動員して、ひどいデマを流し、プロパガンダ戦争を繰り広げた。
ロシアや中国などの権威主義国家ではこうした行為が許されても、自由と民主主義、法の支配を掲げる日本には同じような手は使えない。デマとプロパガンダの戦争では自由民主主義国家は権威主義国家に比べて圧倒的に不利な立場に置かれているのだ。
首相がソーシャルメディアで情報発信するのも国家戦略の中に位置づけるべきだ。極端に右の人にしか受けないような情報発信は避け、できるだけ多くの人が頷ける普遍的な価値を発信すべきだ。そうした地道な情報発信が日本のイメージに安定感を与える。
排他主義、排外主義につながるような言葉は使うべきではない。権威主義国家に悪用される隙を与えるからだ。「日本固有の文化や伝統」という独りよがりは避け、人権やジェンダーフリー、人道支援などポジティブなメッセージをどんどん発信すべきだ。
そうした意味で、安倍首相とその側近たちがこだわってきた靖国、旧日本軍「慰安婦」問題、村山談話の見直しといった動きは日本のソフトパワーを損ない、外交・安全保障にとっても大きなマイナスになっている。「安倍首相だからできる」ことより、「安倍首相だからできない」ことが目立ってきている。
集団的自衛権の限定的行使容認をめぐる憲法解釈の変更も憲法改正も「軍国主義の復活」という中国の対日ネガティブ・キャンペーンや安倍首相とその一派の歴史修正主義に絡めて、国際社会ではとられてしまうからだ。
(おわり)