「ブロックチェーンで音楽著作権を管理する」とはこういうことだったのか
ブロックチェーン技術により音楽著作権管理を変革できるのではという期待の元に、いくつかのスタートアップ企業が事業に乗り出しています。Ujo Musicはそのようなスタートアップのひとつです。2015年には、グラミー賞受賞歌手Imogen HeapとのコラボレーションでEthereumのスマートコントラクトを活用した楽曲販売を行ない話題となりました(結局、売上げが133ドルしか上がらなかったというこぼれ話もあるようですが)。
今年(2017年)の前半には全面オープンする予定になっていたようなのですが、結局そうはならず、再度、グラミー賞受賞アーティストRACとのコラボレーションでアルバムをダウンロード販売することになりました(正直、投資家に向けての時間稼ぎという気がします)。
さて、Ujo Musicは自社ブログでシステム設計の概要を公開しています。ブロックチェーンを金融以外の用途で使う企業がシステムの詳細を公開することは希なのではないかと思います。その代わりに「オープンで透明性が高い自律型のシステム」といったようなもやっとした表現で具体的にどういう仕組みになってるかわからないことが多いと思います。ちゃんとシステムの仕組みを公開した点は評価したいです。
Ujo Music社のシステムの基本は、Ethereumのスマートコントラクトを使って音楽をダウンロード販売し、購入者がアーティストに直接ETHを送金するという仕組みです。
まず、音楽のコンテンツファイルをどこに保管するかという問題ですが、ブロックチェーン上に置くことはサイズ的に無理なので、どこか別の場所に保管する必要があります。今のところ、Ujo Music社はAWS S3に置いているそうです(ドヒャー)。将来的にはIPFS(InterPlanetary File System )(BitTorrent的なP2Pファイルシステム)に置く計画だそうです。
次に、著作権管理データを含む楽曲のメタデータをどこに置くかという問題があります。今まで「ブロックチェーンで音楽著作権を管理する」と聞くと、本来取引履歴の保存手段であるブロックチェーンを使ってどうやって本来的にマスターデータである著作権情報を管理するのかと思っていたのですが、Ujo Music社の選択は著作権管理情報もブロックチェーン外に置くということでした。IPFS上に置いているようです。
要は、ブロックチェーンでやっているのは支払のロジックだけで、残りは全部別の場所でやっているわけです。
ここで、気になるのはETHによる支払い手数料(スマートコントラクトのGAS代)です。仮想通貨は決済手数料が安いというのも過去のお話になってしまいました。前述のRACのダウンロード販売もアルバム単位(10ドル)でしか買えず、トラック単位では買えないのですが、この点が関係しているのかもしれません。プラットフォーマーに手数料を抜かれるのはいやなので、ブロックチェーンでアーティストに直接支払うのだと言っても、今度はマイニング業者と交換所に抜かれるだけになる可能性があるように思えます。
また、スマートコントラクトの本来の考え方に基づけば、このシステムは特定の管理者なしに自律型に動き続けることになるのでしょう(Ujo Musicは単にポータルのひとつという位置づけになります)。仮にこの仕組みがうまくいって、それなりの規模で金銭的価値が移動するようになると、容易に予想できるシナリオは、他人の作品を自分の作品であると偽ってアップし、金をせしめる輩の登場です。YouTubeのように中央の管理者がいるシステムであれば、その管理者の判断でそのようなコンテンツを削除すればよいのですが、スマートコントラクトベースだとどうするのでしょうか(「キルスイッチ」を用意したとして誰がそのスイッチを入れる権限を持つのでしょうか?)一般論として、スマートコントラクトは参加者全員が正直者であることを前提とした考え方のように思えます。
現時点で考えると、無理にブロックチェーンを使わずに、普通にAWS等を使った集中型のシステムでクレカ、PayPal、ポイント通貨等により支払う仕組みの方が魅力的に思えます(もちろん、今後様々な技術的ブレークスルーが登場することでこの前提も変るかもしれません)。
たとえば、BANDCAMPという音源販売サイトは売上げの85%をアーティストに還元しています(ブロックチェーンは使っていません)。この種のアーティスト指向のプラットフォーマーが数多く登場して互いに自由競争を行ない経費を削減していくことで、市場原理によってアーティストへの還元額が少しずつでも増えていくというのが、自分的には音楽ビジネス改革の最も現実的な方向かと思います。