ブラジルの国技はサッカーではなくカポエラである
サッカー日本代表が点を入れたり入れられたりするだけで一喜一憂している場合ではない。彼の地にはもっと実用的なスポーツ、カポエラ(カポエイラ)があるからだ。かつての黒人奴隷が編み出した格闘技とされ、サンバに似たリズムで踊っているように見せながら自在な蹴りを繰り出すというもの。僕は先月から始めている。
最近、運動不足と腹回りのたるみを実感していることに加え、護身の必要性を感じることもあった。うつむき加減にブツブツ言いながら歩いているような「変な人」と街中で行き交うとき、「この人が突然暴れたら身を守れるだろうか」と不安になったりする。
ファッションデザイナーの山本耀司氏は、知人が暴漢に襲われた(たぶん外国での話だが)ことをきっかけにして空手を始めたらしい。でも、37歳の僕が空手というメジャー格闘技に入門しても、17歳のベストキッドにこてんぱんにされる気がする。恥ずかしいなあ。
飲み会の席で友人から勧められたのがカポエラだった。以前は僕と同じぐらい太り気味だったはずの彼は1年ぶりに会ったら少し痩せていて、理由を聞いたら「カポエラを週1で2か月やっただけで4キロやせた」というのだ。全身運動がストレス解消になるので間食がなくなったことも大きいらしい。
僕は何よりもカポエラのマイナーさに心惹かれた。ネットで調べてみると、ブラジル人が多い愛知県ではそれなりに「道場」があるらしいが、全国には浸透していない。日本人の競技人口は数百人程度だと推測される。それでいて、誰もが一度ぐらいはこの不思議な格闘技を聞いたことはある。いいポジショニングだ。
友人が通っているのは豊橋駅前のダンススタジオ。僕の自宅からも電車で行ける。体験レッスンを受けてみると、その日の生徒は友人と僕を含めて3名だった。いずれも中肉中背で眼鏡をかけた30代男性。理屈っぽい顔をしている大卒者で、体型も雰囲気もスポーツとは無縁である。教えてくれるのは、見事に精悍な体格をしている日系ブラジル人の明るいお兄さん。スポーツマン対メガネ三兄弟というシュールな構図が頭に浮かんで笑えて来る。これならば下手でも恥ずかしくない。
20年ぶりの運動は正直言ってきつかった。1時間のレッスンで全身が疲れ、翌日からは背中やお尻を中心に筋肉痛になった。先生によれば、「3か月続ければお尻がプリプリになるよ。女の子にモテるよ」とのこと。今さらお尻でモテようとは思わないが、シェイプアップ効果は確かにありそうだ。今のところ3週連続で通えている。
会食の席で「カポエラを始めたんだ」と話すと、たいていの人は「はあ?」という微妙な表情をする。しかし、「引いている」わけではないようだ。これが「極真空手」だとちょっと危ない人だと思われかねないし、「合気道」ではポピュラーすぎて話のネタにならない。空手や柔道にいたっては「オレ、黒帯だよ。今度一緒に稽古しようか」などと言われるだろう。
カポエラだと何の心配もない。「ああ、ダンスみたいなヤツね。何にしろ運動することはいいことだよ、うん」みたいな和やかな雰囲気で会話が進む。同時に、一応は格闘技なので防御力を侮られることは減りそうだ。
こんな風にネット記事でささやかな宣伝をしても、日本におけるカポエラの競技人口はほとんど増えないだろう。実践してみれば理由がわかる。あのリズムは僕のような典型的日本人には合わないからだ。足と手の動きにまったくついていけない。
だからいつまでもマイナー格闘技であり、「毎週やっている」と言うだけで「へえ~」という反応をもらえる。そこが狙い目なのである。