今週末、どこ行く? はじめての「ひとり温泉」でお湯を堪能するなら”絶対”この宿≪1泊2食1万円強≫
鹿児島県妙見温泉「田島本館」
ひとり旅でも、時に、現地の友人と湯めぐり
2024年2度目の旅は、冬の鹿児島へ。
この日も全国的に寒波で、「日本海沿いは豪雪と強風」とのニュースが流れ、航空ルートの関係か、はては飛行機のやりくりか、またもや「遅延・欠航・他空港への着陸や出発地への引き返しの可能性がある」空港に鹿児島が入っていた。
やれやれ――。
その土地のオフシーズンに旅を計画すると、これがついてくる。しかしながら、オフシーズンだからこそ、ひとり温泉にとって大切な静けさがある。
この日もフライトは20分程遅延した。ようやく離陸しても、飛行機は強風のためか揺れに揺れて、私はひどく酔ってしまった。
空港の到着ロビーには、友人が待っていてくれた。
「鹿児島に雪が降るのは珍しいんです。今朝起きたら家の周りは雪で、雪かきしてから車を出して来ました」と微笑まれた。
友人は鹿児島県でユニバーサルツーリズムを促進しており、共に無類の温泉好きなので、いつも「お風呂に行きましょう」と誘ってくれる。車内では、互いの近況から共通の知り合いの話、仕事に関する情報共有まで、話題は途切れない。
ひとり温泉の場合、特に地方では“足”の問題に直面する。公共交通機関を利用すると時間に拘束されて、思うような湯めぐりができない。それに地元の人が利用する温泉にも入りたい。それらを察して、友人がいつもアテンドしてくれる。
今回、私が妙見温泉の「田島本館」のお湯を所望すると、意外にも友人は「初めて」と言うではないか。
友人の車の後部座席にはお風呂セットが入っていた。ナイロン製のカゴの中にはシャンプーリンス、ボディーソープなど一式が詰まり、タオルは車内に5~6枚常備されている。
「田島本館」とは、25年も前に「離れ」形式の宿を作り話題になった「忘れなの里 雅叙園」、ひと山に客室を点在させて敷地内はゴルフカートで移動する「天空の森」といった時代の先をゆく宿を手がけた田島家の本家本元の湯治宿である。2つの宿と比べると、施設は地味である。が、ただただお湯を求めるのなら「田島本館」である。私が、とにかくここのお湯が好き。
そもそも「田島本館」は妙見温泉の発祥の地である。江戸末期に田島家の先祖が水田に湧く源泉を見つけ、明治に入って宿を創業した。温泉を「杖いらずの湯」と称し、神経痛の湯、きず湯、胃腸湯として案内している。
私は立ち寄り(300円)で神経痛の湯に入る。
簡素な脱衣所で服を脱ぎ、浴場に行く。
湯船の床は茶褐色に変色し、それもだんだんに波打つようにスケール(湯の花)が付着している。まるで湯の花の棚田である。
先客に地元のご婦人が3人いた。みな、目をつむり瞑想している。
先客は私と友人に気付く。
「今日は寒いね、どこから来たの?」
「東京からです」
など簡単な挨拶程度の会話があってから、また目をつむる。
私も真似て、目をつむる。
金のような、土のような、さほど強くはないが匂いがする。
しみじみ、じんわり。じんわり。
お湯の温度は40度くらいだろうか、雪が積もった鹿児島ではややぬる目であったが、優しく包んでくれた。
飛行機で酔った不快さがなくなっていく。移動の疲れ、足腰の重たさ、身体から不快な全てが流れ出ていく。
この晩、「田島本館」で宿泊しようか迷う程、ここはひとり湯治に向いている。本来が湯治するための宿であり、ひとり客も大歓迎。ひとりでしっぽりとお湯に浸かるのに、最も適している。
※この記事は2024年9月6日に発売された自著『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)から抜粋し転載しています。