Yahoo!ニュース

ハーベイ・ワインスタイン事件:ここまでの経緯をおさらいしてみる

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:Shutterstock/アフロ)

 ハーベイ・ワインスタインについての暴露記事がハリウッドに衝撃を与えてから、11日が経った。事態は刻一刻と先に進んでいるが、状況に着いていけていないという人のために、彼という人物や、これまでの経緯を、ここで簡単に説明しておこうと思う。

 この機会にお伝えしておくが、正しい発音は、ワインスティンである。しかし、日本では長年ワインスタインと表記されてきたため、混乱を防ぐために、筆者はワインスタインで通すことにしている。

ワインスタインとはどんな人なのか

 ハーベイ・ワインスタイン(65)は、ハリウッドで強力なパワーを持つ映画プロデューサーである。ニューヨーク出身の彼と弟ボブ(62)は、70年代末に、映画会社ミラマックスを創設。社名の由来は両親の名前で、小規模だった頃は、母が受付に座っていたりしたそうである。

 80年代末から90年代にかけて、ミラマックスは、「セックスと嘘とビデオテープ」「クライング・ゲーム」「パルプ・フィクション」など、大人向けの良質で個性的な作品を次々に送り出し、批評面でも、興行面でも大成功を納めた。「イングリッシュ・ペイシェント」では、初のオスカー作品賞を獲得。これをきっかけに賞に貪欲になったワインスタインは、毎年その時期になると、強引すぎるほどのオスカーキャンペーンを展開するように。そのことから、彼は、現代のオスカーキャンペーンの基礎を作った人とも言われるようになった。ミラマックス時代には、ほかに「恋におちたシェイクスピア」と「シカゴ」が、作品賞に輝いている。

 無名俳優だったマット・デイモンとベン・アフレックを「グッド・ウィル・ハンティング〜旅立ち〜」で大ブレイクさせてあげたのも、ジョージ・クルーニーに監督デビューのチャンスをあげたのも、ワインスタイン。グウィネス・パルトロウ、クエンティン・タランティーノなど、彼に恩がある人は、ほかにも多数いる。

 ミラマックスは、93年、ディズニーに買収されたが、その後も、実質的な経営は、ワインスタイン兄弟が以前と同様に行ってきた。しかし、ディズニーのトップとの間に摩擦が強まり、2005年、兄弟は自分たちが作った会社を離れ、ザ・ワインスタイン・カンパニー(TWC)を創設する。TWC時代になってからも、「アーティスト」「英国王のスピーチ」がオスカー作品賞を受賞した。

 結婚歴は2回。最初の妻は元アシスタント 。2007年に再婚した相手は、ファッションブランド、マルケッサのデザイナーであるジョージナ・チャップマン。あまり表に出ず、 主に関連レーベルのディメンション・フィルムズの経営にたずさわる弟ボブと違い、ワインスタインは出たがりで目立ちたがりや。多くの才能を発掘した一方で、監督と編集についてもめることもたびたびあり、皮肉を込めて「シザーハンズ」(ハサミをもつ手)とも呼ばれてきた。「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」では、自分の気に入らないバージョンを監督とプロデューサーがカンヌ映画祭に出品したことに怒り狂い、カンヌをボイコットしただけでなく、アメリカで劇場公開をしないという仕返しに出ている。怒りっぽく、気に入らないと大声で怒鳴ったりすることでも有名だ。

 長年の民主党支持者で、オバマ、ヒラリー・クリントンをはじめとする民主党の政治家に、多額の寄付をしてきている。ロバート・デ・ニーロと組み、レストランに投資もする。彼の資産総額は、3億ドル(約336億円)とされる。

彼のセクハラはどのように明るみに出たのか

 ワインスタインについての大きな記事を書くべく、「New York Times」と「New Yorker」が別個に動いているという噂は、少し前から出ていた。ワインスタインも把握しており、なんとか阻止しようと策を練ったそうである。

 先に出たのは、「New York Times」。今月5日に出たこの記事には、ワインスタインが20年以上にもわたって、若い女優や社員らにセクハラをしてきたことが、詳細に書かれていた。仕事のミーティングを装って狙った相手をホテルに呼び出し、自分の部屋に上がって来させて、バスローブ姿の自分にマッサージしてほしい、あるいは自分がシャワーを浴びるのを見ていてほしい、などというのが、彼がよく使った手口。記事の中では、アシュレイ・ジャッドが実名を出して告白している。また、彼が、最低でも8人の被害者と示談に応じていたことも明かされた。

 10日に出た「New Yorker」の記事は、さらにショッキングだった。彼は、セクハラだけでなくレイプもしていたというのである。被害者のひとりは、イタリア人女優アーシア・アルジェント。この記事ではまた、2015年、ニューヨーク警察が録音していた証拠音声も公開された。これと同じ日に、「New York Times」が続報記事を発表。こちらの記事では、グウィネス・パルトロウ、アンジェリーナ・ジョリーら複数の女優が、被害者として名乗り出た。

「New York Times」と「New Yorker」の記事が立て続けに出たのは、偶然である。「New Yorker」の記事を執筆したローナン・ファローは、10ヶ月かけて取材を行っており、もともとは、テレビ局NBCで放映するつもりだったのだ。しかし、NBCが最終的にこれを取り上げないと決め、彼は「New Yorker」に持ち込んだのである。一方、「New York Times」は、2004年にもワインスタインの行動について記事にしようとしたことがあったのだが、実現しなかった。これらの背後にワインスタインからのプレッシャーがあったのかどうかは、今のところ、はっきりしない。ところでファローは、女優ミア・ファローとウディ・アレンの息子である。彼は父と険悪な関係で、昨年、自分の娘に性的虐待をしたアレンがまだ堂々と仕事をさせてもらえているハリウッドの実情を非難するエッセイを、「The Hollywood Reporter」に寄稿している。

発覚後、彼はどうなったのか

 5日の「New York Times」の記事が出た直後、ワインスタインは謝罪の声明を出し、更生のため休職をすると発表した。しかし、言い訳に満ちたその声明は、逆にもっと批判を呼ぶことになる。ワインスタインの弁護士は、「New York Times」を訴訟すると宣告した。

 記事に出たワインスタインの行動についてまったく知らなかったと主張するTWCは、独自の調査を始めると発表。8日には、役員会議でワインスタインをクビにする決定を下した。この直前、ワインスタインが、ジェフリー・カッツェンバーグを含む業界の大物に、「クビになりたくない。自分を助ける手紙を書いてほしい」とメールを送っていたこともわかっている。

 英国アカデミーは、ただちに彼を追放。ハリウッドのアカデミーも、14日の会議で、彼の除名を決めた。プロデューサー組合も、アメリカ時間本日16日に投票にかける。彼が常連だったカンヌ映画祭も、批判の声明を発表。マクロン仏首相は、レジオンドヌール勲章を剥奪すると発表した。この流れに逆らうのは無理と悟ったのか、「New York Times」を訴訟すると言った弁護士は、それを行動に移さないまま、15日にワインスタインの弁護を辞めている。

どうしてこれまで表に出なかったのか

 2013年のオスカー授賞式で、ホストを務めたセス・マクファーレンは、助演女優部門の候補5人の名前を読み上げた後、「おめでとうございます。あなたたちはもう、ハーベイ・ワインスタインが好きだというふりをしなくてもいいですよ」とジョークを言っている。彼は、親しい女優から話を聞かされていたのだ。パルトロウも、被害の直後に家族や友人に話しているし、決して、これまで誰も知らなかったわけではないのである。

 だが、ワインスタインは、社員たちに、会社やトップの不名誉になることを言ってはいけないとの契約書にサインさせていた。言うことを聞かないとキャリアを潰してやると、被害者を脅すこともしている。

 業界の男たちも、何かを耳にはしても、知らん顔をして彼とのビジネスを続けていた。ローズ・マッゴーワンは、アマゾン・スタジオズのトップに、自分がワインスタインにレイプをされたことを伝え、「彼とはビジネスをしないで」と言ったが聞いてもらえず、逆に自分のプロジェクトを潰されたとツイッターで打ち明けている(このトップもまたセクハラ加害者であったことが判明し、先週、アマゾンを停職処分になった)。

 今になって明るみに出たことには、社会の変化も関係しているだろう。昨年は、フォックス・ニュースのトップでテレビ界の大物ロジャー・エイルズが、セクハラで辞職に追いやられた。それとは別に、フォックス・チャンネルに出ていたビル・オライリーも、15年にわたって複数の女性にセクハラをしていたことが判明して、番組を追いやられている。女性たちの間で、黙っていてはいけないとの風潮が高まってきていたのだ。

 アリッサ・ミラノは、15日、ツイッターで、セクハラを受けたことのある女性たちに、「#Me Too」のハッシュタグをつけてメッセージを投稿しようと呼びかけた。ソーシャルメディアは、今、このハッシュタグで溢れかえっている。 

果たして彼のこれからは

 ワインスタインは、セックス依存症の更生のためとして、アリゾナ州スコッツデールで時間を過ごしている。だが、アメリカ時間明日17日のTWCの会議には、電話で参加する予定だ。解雇は契約違反だとする彼は、断固として闘うつもりのようである(ボブは、解雇はゆるぎがないと『The Hollywood Reporter』に対して語っている)。ワインスタイン兄弟はTWCの42%を所有しており、彼の持ち分をどう取り戻すかも焦点になりそうだ。

 ロンドンとニューヨークでは、警察の捜査が進められている。かなり昔の出来事とあって、刑事事件として起訴する上では障害が大きいだろうというのが、専門家の見解だ。だが、被害者たちによる民事裁判が起こる可能性は、十分ありえる。その裁判は、映画でもめったにないほど、多数の女性たちが登場するものになるだろう。そしてそのドラマが始まる時、ワインスタインは、カメラの後ろでのんびりするのではなく、みんなが見つめる主人公の役を担うことになるのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事