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ボルダリング・ワールドカップ国別4連覇の日本代表。強さの理由と来季への課題とは

津金壱郎フリーランスライター&編集者
写真提供=(公社)日本山岳・スポーツクライミング協会

スポーツクライミング競技ボルダリング種目の国際大会ボルダリング・ワールドカップで、日本代表は4年連続で国別ランキング1位を決めた。他国も認めるボルダリング強豪国になった日本。その成長の理由と今後の課題を、スポーツクライミング日本代表を率いる安井博志ヘッドコーチに訊く。

ボルダー強豪国となった日本が世界の頂点に立つために必要なもの

選手層の厚さで他国を圧倒

 先週末に開催されたボルダリング・ワールドカップ(以下BWC)第7戦ミュンヘン大会。決勝戦の模様がテレビで生中継されるなか、日本代表は男子で楢崎智亜※(ならさきともあ)が2位、石松大晟(いしまつたいせい)が3位、女子で野口啓代(のぐちあきよ)が3位に入った。

 これで日本代表は今シーズンのBWC全戦で男女それぞれが毎大会で表彰台に立ち、各大会で各国の成績上位3選手のポイントを加算する国別ランキングでは、2位イギリス(929点)、3位スロべニア(927点)に2倍以上の差をつける2118ポイントを獲得して4年連続の1位を決めた。

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ミュンヘン大会で優勝したヤーニャ・ガンブレット(スロベニア)、2位ショウナ・コクシー(イギリス)とともに、表彰台で笑顔の野口啓代。写真提供=(公社)日本山岳・スポーツクライミング協会

女子から男子に移行しながら4連覇

 この国別4連覇のうち最初の2シーズンは、女子の活躍によるところが大きかった。2014年、2015年と年間王者になった野口啓代がポイントを稼ぎ、2016年からは野中生萌(のなかみほう)もコンスタントに決勝戦を戦うように成長した。

 一方、男子は2014年の表彰台はゼロ、2015年は堀創が中国・重慶大会で3位になった1度だけ。女子におんぶに抱っこ状態だったが、昨年から楢崎智亜と藤井快(ふじいこころ)が頭角を現すと、今シーズンはほかの選手たちも次々と国際舞台で躍動した。

 渡部桂太(わたべけいた)はBWC出場12試合目となった今季開幕戦のスイス・マイリンゲン大会で自身初の決勝で初めて3位になると、第3戦の中国・南京大会では初優勝。第4戦八王子大会でも3位に入るなど、最終戦まで年間王者争いに加わった。

 BWCレギュラー参戦2年目の緒方良行(おがたよしゆき)はアメリカ・ベイル大会で自身2度目の決勝戦で初の3位になった。

 昨年は肩のケガの影響で不完全燃焼に終わった杉本怜(すぎもとれい)も、第6戦インド・ナビムンバイ大会で2位。膝の故障や体調不良を乗り越えて、優勝した2013年ミュンヘン大会以来、久しぶりの表彰台で笑顔を咲かせた。

 さらに、1月の日本代表選考会で代表入りを逃した石松も、開催国枠で出場した八王子大会で6位になって手にした特別枠でミュンヘン大会に臨み、自身3度目のBWC挑戦で初の表彰台を決めた。

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地元で優勝を飾ったヤン・ホイヤー(ドイツ)、今季4度目の2位に終わった楢崎智亜、初の表彰台によろこぶ石松大晟。写真提供=(公社)日本山岳・スポーツクライミング協会

日本勢がボルダリングで活躍する理由

 2年前までは表彰台はおろか決勝進出すらも難しかった男子が、わずかな期間で急成長を遂げた理由を、スポーツクライミング日本代表を率いる安井博志ヘッドコーチは次のように明かす。

 

「男子が次々と活躍している大きな理由は、東京五輪に決まる以前から取り組んできたユース年代の強化が実を結んだことにあります。選手たちは10代の頃から切磋琢磨して腕を磨き、国際大会で場数を踏んできた。

 そうした競争から育った智亜(楢崎)と快(藤井)が、昨シーズンのBWCで優勝した。これがほかの選手たちに『自分たちもWCで勝てる』という刺激を与えた。

 そのタイミングに東京オリンピックでの実施が決まったことで、選手の意識をさらに高めてより活発にしました」

 日本にとって追い風も吹いた。それまで年間ランキングの上位を占めてきた海外勢の30歳前後のトップクライマーたちがレギュラー参戦から退き、上位に割り込む余地が生まれたことも勢力図を一変させる要因になった。

 また、課題の傾向でも高度なコーディネーション能力を問うものが増えたことが後押しになった。

 コーディネーションとは運動神経の構成要素と考えられている「反応」や「バランス」、「リズム」、「連結」などの7つの能力のこと。こうした能力は年齢が若いときほど獲得しやすいと言われている。

 スポーツクライミングではこれら能力の連動が求められる課題をコーディネーション系と呼ぶ。こうした課題を得意にする代表格は小学生の頃に体操を習っていた楢崎智亜だが、ほかの選手もどんどん上手くなっている。

「ボルダリングジムが増えたことが一番の要因でしょう。リードはビレイパートナーが必要で、練習がひとりではできない。けれども、ボルダリングはひとりでもジムで苦手な動きを克服ができるので、ホールドに触る時間が圧倒的に増えたことが、日本の選手たちのレベルを高めたと言えるでしょうね」(安井ヘッドコーチ)

 国内初の屋内クライミングジムは1989年に大阪で誕生したが、そこから2001年に全国で50軒、2008年に100軒を突破。2010年に約150軒となった商業ジムは、2016年末に400軒を超すまでになっている。

 こうした国内のスポーツクライミングを取り巻く環境の充実が、BWC4連覇と、今シーズンの男女の年間ランキングTOP10に男子5選手、女子3選手を送り込むことの強力な後押しになった。

全体の底上げに反して、優勝回数は減少

 今シーズンのBWC全戦を終えて男女の世界ランキングTOP10に日本勢は男子5選手、女子3選手が名を連ねた。昨年の男子2選手、女子2選手から増えたことは全体のレベルアップが進んでいることを示している。

 一方で、男女ともに優勝回数を昨年から大きく減らした。男子は全7戦のうち藤井快と渡部桂太が1勝ずつしたものの、昨季2勝の楢崎智亜は未勝利(2位4回)。今季は年間3勝をあげて2シーズンぶりに年間王者に返り咲いた韓国のチョン・ジョンウォン(21歳)の勝負強さが際立つ結果になった。

 女子も野口啓代、野中生萌がシーズンを通じて安定して表彰台に立ったものの優勝はゼロ。4勝した2年連続年間女王のショウナ・コクシー(イギリス・24歳)、初のレギュラー参戦ながら3勝をマークしたヤーニャ・ガンブレット(スロベニア・18歳)との間には、順位差以上の力の差があった。

《過去3季のBWC成績》

野口啓代          

2015 優勝1、2位3、3位0決勝進出5/5

2016 優勝0、2位1、3位2決勝進出5/7

2017 優勝0、2位2、3位2決勝進出5/7

野中生萌

2015 優勝0、2位1、3位0決勝進出3/5

2016 優勝2、2位0、3位3決勝進出6/7

2017 優勝0、2位1、3位4決勝進出5/7

各国は来季から東京五輪に向けて本格始動

 スポーツクライミングは個人競技であり、体操競技のようにチームの総合力で争う種目はない。また、BWC国別ランキング1位といっても、各大会への派遣選手数は国ごとで大きく異なり、派遣選手数が多い国ほど国別ランキングのポイントを獲得しやすい傾向にあることを見落としてはならないだろう。そうした現状をふまえて、安井博志ヘッドコーチは強化方針を次のように説明する。

「3年後のオリンピックを見据えて、いまは日本代表選手団の母体を大きく、強くしているところです。世界トップクラスで戦える選手を数多く作り出し、高いレベルで選手たちが競い合いながら実力を伸ばしていく。それが最終的に世界の頂点に立つ選手の輩出に繋がると考えています。

 そこから逆算すれば、ボルダリングについては今シーズンの結果は狙い通り進んだと手応えを感じています。

 また、強化委員会では今年からBWCでの課題やルートセッターの傾向などを分析するチームも立ち上げ、データ収集も始めました。そうした成果が1、2年後には出ると期待しています」

 東京オリンピックで実施される複合種目は、配点などは未定だが、3日間かけてスピード、ボルダリング、リードの順に予選をし、上位6選手が4日目の決勝戦に進み、1日ですべての種目を行うことが決まっている。

 ライバルたちの東京五輪を見据えた強化は、来シーズンから本格始動する。ミュンヘン大会では男子でスロベニアのアンゼ・ハパネク、スペインのジョナタン・フロー・バスケス(ともに20歳)や、ドイツの18歳フロエ・ヤニックなど、これまでBWC経験が乏しかった若手が、166人という大規模の予選を突破して準決勝20名に駒を進めたが、来季は新たな選手たちがBWCシリーズで台頭する可能性は高い。

 

 そうしたなかで、日本代表はボルダリングのレベルをさらに高めながら、世界と実力差をつけられているリードとスピードの強化にも取り組まなければならいない。取り組むべき課題は数多く残されているが、日本代表は3年後の東京五輪に向けて着実に進化を遂げている―――。

※楢崎の「崎」は正しくは「大」ではなく「立」

【2017年男子年間ランキング】

1.チョン・ジョンウォン(韓国・21歳)

2.楢崎智亜(21歳)

3.アレクセイ・ルブツォフ(ロシア・29歳)

4.渡部桂太(23歳)

5.藤井快(24歳)

6.杉本怜(25歳)

7.ヤン・ホイヤー(ドイツ・25歳)

8.緒方良行(19歳)

9.イェルネイ・クルーダー(スロベニア・26歳)

10.ヤコブ・シューベルト(オーストリア・26歳)

..........................

12.楢崎明智(18歳)

14.堀 創(27歳)

15.石松大晟(20歳)

16.原田海(18歳)

【2017年女子年間ランキング】

1.ショウナ・コクシー(イギリス・24歳)

2.ヤーニャ・ガンブレット(スロベニア・18歳)

3.野口啓代(28歳)

4.野中生萌(20歳)

5.ペトラ・クリングラー(スイス・25歳)

6.スターシャ・ゲヨ(セルビア・19歳)

7.カーチャ・カディッチ(スロベニア・22歳)

8.ミカエラ・トレーシー(イギリス・26歳)

9.ファニー・ジベール(フランス・24歳)

10.尾上彩(21歳)

............................

11.小武芽生(20歳)

ボルダリングWCミュンヘン

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フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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