新作映画を公開日に自宅で見る。従来の配給システムを覆す案に、スピルバーグ、スコセッシらが賛同
映画館に足を運ばずにして、話題の映画を、公開日に自宅で見られる日は、そう遠くないかもしれない。Napsterの創業者ショーン・パーカーが、従来の映画配給システムを覆すサービス“スクリーニング・ルーム”を考案し、フィルムメーカー、映画スタジオ、劇場主らに話を持ちかけているのだ。
劇場公開からDVDリリースまでの期間が短くなっただけでも劇場主が大騒ぎするハリウッドでは鼻から無視されるかと思いきや、スティーブン・スピルバーグ、J・J・エイブラムス、マーティン・スコセッシ、ピーター・ジャクソン、ロン・ハワード、ブライアン・グレイザー、フランク・マーシャルらがこぞって賛同の意を表明し、信ぴょう性を帯びてきた。ハワードとグレイザーは、「ショーンとプレム(・アカラジュ。パーカーのビジネスパートナー)と昨年会った時、劇場主、スタジオ、フィルムメーカーら全員にとっての解決策は、これしかないとはっきり感じた。スクリーニング・ルームの仕組みは、平等で、バランスが取れており、私たちが愛するこの業界に大きな価値を与えるものだ。私たちは、ビッグスクリーンのために、そして、できるだけ多くの人に見てもらうために、映画を作る。スクリーニング・ルームは、その独自の解決策を提供してくれる」と、声明を発表している。
スクリーニング・ルームの利用者は、まず、専用ボックスを、およそ150ドルで購入。映画は、劇場公開と同時にリリースされ、1本50ドルで、48時間に見なければならない。劇場主とスタジオは、この50ドルのうちから、最大20ドルを受け取る。映画館は、ポップコーンなど売店の売り上げから大きな利益を得るため、映画館にも行ってもらうよう、その映画の劇場用チケット2枚も無料でついてくる、というのが、パーカーらの提案だ。
最新設備を備えたL.A.の映画館に、週末の夜、出かけたとしても(アメリカは、同じ街でも、どの映画館か、週末かどうか、また時間によってチケットの値段が変わる、)せいぜいひとり17ドルなので、カップルで見るなら、これはむしろ割高だ。もちろん、子供のいる家族が、誰かひとりの家に集まって、自家製ポップコーンを食べながら見るのであれば、この方法のほうが、ずっと安くつく。しかし、最初に150ドルの投資が必要とあれば、誰もがすぐ飛びつくかどうかは、疑問である。たとえばNetflixやアマゾン・プライムビデオは、特別のボックスを買わなくても、今日売られている多くのテレビやブルーレイプレイヤーには、最初からそれらの機能が搭載されている。
お金の分配法にも、不明な部分が多い。「最大20ドル」というところを見ると、条件によって渡す分は変わり、一番良くても20ドルという意味だと考えられるが、その詳細は明らかにされていない。また、多数ある劇場チェーンのうち、どこに分配されるのかも不明だ。劇場用チケットが2枚ついてくるとは言っても、すでに自宅で見た映画を、もう一度映画館に観に行く人が大勢いるとも思えない。
当然、このあたりについてはパーカーらも考えているだろうし、さまざまな詳細を詰めていくためにも、スタジオ、劇場主、有力フィルムメーカーに話を持ちかけているのだろう。
興行主団体NATOはまだ正式な声明を発表していないが、600館のアート系シアターを代表するアート・ハウス・コンバージェンス(AHC)は、米西海岸時間15日(火、)スクリーニング・ルームに反対する公開レターを発表した。彼らの承諾を得るのは決して簡単ではないだろうが、興行主の中にも、時代の流れにいつまでも逆らうのは不可能だと気付いている人は、少なくないはずである。2011年、ユニバーサルが、「ペントハウス」を、劇場公開の3週間後に、一部の都市にてVOD配信するという企画を、劇場チェーンの猛反対に遭い断念した時、NATOは、「私たちは、スタジオが、新しい仕組みやチャンスを見つけなければいけない状況にあることを、理解しています。配給会社と興行主が一緒になって、互いに利益を得られるよう、努力していけることを望みます」との声明を発表している。
だが、昨年、Netflixが、「Beasts of No Nation」を劇場公開と同時にVOD配信することを発表すると、またもや多くの劇場主が大反対し、自分のシアターではこの映画をかけないとボイコットした。映画は結局、全米31スクリーンで上映され、初週末に、全部でたった5万ドルしか売り上げていない。ストリーミングは好調で、映画も、アワードシーズンで健闘するほどの評価を得たが、VOD同時リリースがやはり劇場主を刺激すること、そしてVODと劇場公開が同時だと、わざわざ映画館に行く人はあまりいないという実情を、このケースは証明したといえる。
北米興行成績は、昨年、111億ドルと、過去最高を記録した。が、観客動員数はあまり変わっておらず、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」「ジュラシック・ワールド」「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」のような大型予算をかけた作品が複数ヒットし、3D やIMAXといった高いチケットを数多く売ったことが、全体の数字を上げたと見られている。一方で、大人向けの中型予算で儲けることはますます難しくなってきており、スタジオは、以前以上に、スーパーヒーロー物や、シリーズ化でき、世界中で受けやすい大作に力を入れ、小粒なドラマに背を向けるようになってきた。
そう考えると、スコセッシ、スピルバーグ、ハワードのような、大人向けの秀作を作る監督が、このアイデアを受け入れているというのも、納得できる。これは、映画を見てもらうための、新しい経路を開発するものなのだ。インディーズの小作品で、公開劇場数も非常に少なかったため劇場主も問題にしなかったが、これまでにも、「サヨナラの代わりに」や、ライアン・ゴズリングの監督デビュー作「ロスト・リバー、」ポール・ウォーカーの遺作「Hours」などが、限定劇場公開と同時にVOD配信されている。人がストリーミングで自分の映画を見ることについて、ゴズリングは、「そうでなかったら見ない映画を見るきっかけになるかもしれない。人はいつでも映画館に行けるわけではないし、僕にとっては、作品をより多くの人に見てもらえるようにする手段だ。アーティストとして、人がどんな環境で自分の映画を見るのかコントロールしたい気持ちはあるが、お高くとまっていられないよ。観客とつながることが、何より大事」と語っている。
次の「スター・ウォーズ」を、人はまたきっと、早くから前売りを予約して、お気に入りの3Dシアターで見るだろう。だが、疲れていて、駐車場のスペースを探すことすら面倒に感じる日、家のカウチで寝転びながら最新の映画を見られるという選択肢があるのも、悪くない。パーカーの案が成功するにせよ、別のもっと良いアイデアが出てきて先を越すにせよ、既存のシステムは、近いうちに、きっと変わっていくはずである。