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“りくりゅう”が開いた、日本ペアの未来 世界選手権でミラノ五輪出場枠「3」獲得を目指す

沢田聡子ライター
全日本選手権でメダルを獲得した(左から)長岡&森口、三浦&木原、清水&本田(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

「途中で音が止まったので『何かあったかな』と思ったんですけど」

昨年末に行われた全日本選手権(大阪)、ペア・フリー後のミックスゾーンで、木原龍一は演技中に負傷した清水咲衣を気遣った。

「今大変な状態だと思いますけど、曲が再開したのでちょっと一安心しました。やっぱり、心配な気持ちはあります」(木原)

出場が1組のみという期間が長かった全日本選手権のペアだが、今季は4組(三浦璃来&木原龍一、長岡柚奈&森口澄士、清水咲衣&本田ルーカス剛史、柚木心結&トリスティン・テイラー)が出場。一昨季には主要国際大会をすべて制する「年間グランドスラム」を達成し、世界トップレベルに達した“りくりゅう”こと三浦&木原が、日本のペアにもたらした活気を感じさせた。

盛り上がりをみせたペア競技だが、フリーでアクシデントが発生した。ショート3位につけた清水&本田の演技中、清水が転倒。肩が外れたといい、演技を中断したのだ。本田は「本当に痛かったらやめよう」と気遣ったが、清水は華奢な体に秘めた強い心で演技を再開した。

「肩が戻らなかったら(演技を)したくてもできないのですが、戻って。技術的にもできるという状態ではありましたし、ここまで練習してきたので、最後まで滑り切りたい」(清水)

冒頭に挙げた木原の言葉は、このアクシデントについてのものである。日本のフィギュアスケーターは種目を問わずリスペクトしあう関係を築いているが、その中でもペアの選手達は特に仲が良い印象だ。男女シングルに比べて競技人口が少ない種目に取り組んでいるからこそ、「共に頑張ろう」という思いが強いのかもしれない。

中断後フリーを滑り切った清水&本田が3位、長岡&森口が2位、三浦&木原が優勝。表彰台に立った3組が、3月にアメリカ・ボストンで行われる世界選手権の代表に選ばれた(清水&本田はCTES[コンバインド・トータル・エレメンツ・スコア。ショート・フリーの技術点の合計。世界選手権出場のためには基準の点数に達する必要あり]取得を条件とする)。

“ゆなすみ”の愛称で呼ばれる長岡&森口は、今季飛躍を遂げている。グランプリシリーズでは第4戦・NHK杯(11月)に出場後、追加で招待された第5戦・フィンランド大会(11月)にも出場。そして全日本選手権でも、急成長し続けていることを感じさせた。リンクを大きく使うスケーティングとダイナミックなリフトが魅力で、ポテンシャルの高さを感じさせるカップルだ。

長岡&森口の拠点は京都にある木下アカデミーだが、時折カナダに赴き、三浦&木原が師事するブルーノ・マルコットコーチの指導も受けている。偉大な先輩と同じリンクで練習する経験も、“ゆなすみ”の成長を促しているのだろう。

長岡&森口は、昨季は世界選手権出場に必要なミニマム・スコア(技術点の最低ライン)が取得できず、出場枠を生かせなかった苦い経験をしている。だからこそ、今季はNHK杯でミニマム・スコアを取得し、全日本選手権では2位に入って世界選手権代表に選ばれた喜びは大きかったようだ。代表会見の際、森口は「僕は去年すごく苦労したので、やっぱり紙で貼り出されるところを生で見たくて、ずっとリンクに残っていて」と明かしている。

「初めて紙で貼り出される瞬間を見たんですけど、やっぱり嬉しくて。その後柚奈ちゃんと連絡をとって、親に連絡をとって、今まで支えて下さったコーチの皆さんに電話をかけて。そうしたら、ずっと日本で見守って下さっていた濱田(美栄)先生が電話で『本当に良かったね。やっと行けるよ。私も行くからね。支えるよ』と言ってくれて。『すべての人のサポートがなければ、今シーズンの世界選手権もなかったんじゃないかな』と思うので。この決まった瞬間で周りの温かいサポートを感じることができて、『さらに頑張ろう』という強い気持ちになりました」(森口)

長岡も「昨シーズンはミニマム・スコアがとれなくて、とても悔しい思いをしたので」と昨季を振り返った。

「今シーズンは選んでいただいてとても嬉しいので、その気持ちを持って。オリンピックの枠取りもかかわってくるので、そういうこともしっかり意識しながら、自分達ができる最大の演技をできるように頑張っていきたいと思います」(長岡)

2026年ミラノ・コルティナ五輪に向けては「3月の世界選手権でミラノオリンピックの枠がかかってくるので、まずそこが一番大事なところで、そこで自分達のいい演技ができることが一番の目標」と語った長岡は、木下アカデミーの同僚でもある清水&本田にも言及した。

「咲衣ちゃんとルーカス君も、ミニマム取得が条件ですが世界選手権に一緒に選ばれていたので『3組で一緒に頑張りたいな』と思っていたところです」(長岡)

日本のペアの歴史を作ってきた木原は、静かな言葉に強い決意を込めた。

「出場する3組で、またしっかり3枠、とってきたいなと思います」(木原)

2025年は、日本ペアの歴史において記念すべき年になるかもしれない。

ライター

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(フィギュアスケート、アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。2022年北京五輪を現地取材。

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