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女王・アメリカに敗戦も、未来への希望を灯したなでしこジャパンの新オプション

松原渓スポーツジャーナリスト
18,467人の観客が詰めかけ、試合前には花火が打ち上げられた(筆者撮影)

【大胆なチャレンジの中で得た手応え】

 アメリカで開催されている女子サッカーの4カ国対抗戦、トーナメント・オブ・ネーションズ2018に参加している日本は、26日の初戦で、世界ランク1位のアメリカ女子代表と対戦。2-4で敗れた。

 世界大会のタイトルホルダーが多く、百戦錬磨の猛者が揃うアメリカに対し、今大会の日本は、アジアカップを戦った主力を5名欠いており、ボランチとセンターバックは経験の浅い選手がほとんど。チーム状況を考えれば、アメリカのワンサイドゲームになってもおかしくなかった。だが、フタを開けてみれば、日本が主導権を握る時間もそれなりにあった。

 今大会は、来年のフランス女子W杯に向けて世界における日本の現在地を確認し、勝つために必要なことを知る貴重な機会。だからこそ、目先の結果を深刻に捉える必要はなく、むしろ、世界女王に対して「何ができて、何ができなかったか」が重要になる。

 そして、0-3で敗れた昨年の対戦と結果は同じでも、チームは着実に進化を見せていた。顕著だったのは、試合の入り方と、ビルドアップの精度が安定したことだ。複数の選手が関わり、カウンターからFW田中美南が決めた前半20分の1点目は、見事なコンビネーションから生まれたゴールだった。

 日本のスターティングメンバーは、GK山下杏也加、ディフェンスラインは左からDF阪口萌乃、DF鮫島彩、DF三宅史織、DF清水梨紗。MF有吉佐織とMF三浦成美がダブルボランチを組み、左サイドにMF長谷川唯、右サイドにFW中島依美。そして、2トップはFW岩渕真奈と田中。高倉麻子監督が選択したこのフォーメーションで最大の驚きは、左サイドバックの有吉とボランチの阪口のポジションを入れ替えたことだ。

 指揮官は試合後、2人を入れ替えた狙いとともに、それぞれのプレーについて、一定の手応えを語っている。

「日本らしくボールを動かすという点で、有吉の良さをボランチで活かせないかな、という計算がありました。技術的なものとか、周りが見えているというところで、よくつなぎに入ってくれたと思います。阪口はテクニックが高くて体が強く、高いセンスを感じるので、サイドバックでも前でもいけるな、という手応えをつかみました」(高倉監督)

 もちろん、チャレンジにはリスクも付いて回る。そこを狙われたのが、初顔合わせとなった最終ラインだ。

 前半18分に奪われた先制点を含め、日本は4失点中3失点を、警戒していたクロスから献上。それも、FWアレックス・モーガンに右足、頭、左足と、異なるパターンでハットトリックを決められている。モーガンは、男子ならロベルト・レバンドフスキ(バイエルン・ミュンヘン)やエディンソン・カバーニ(PSG)のように、優れた身体能力と技術と並外れた決定力を持つ、女子サッカーでは世界トップクラスのストライカーだ。そして、アメリカの両サイドにはFWメーガン・ラピノーやFWクリステン・プレスら、スピードと高い経験値を備えた選手が揃っていた。その攻撃を食い止めるためには、ラインコントロールも含め、4人の連係が命綱になる。“ぶっつけ本番”で太刀打ちできる相手ではなかった。

【抜擢に応えた3人】

 一方、攻撃面ではいくつかの収穫があった。アメリカは18,467人の観客の大声援と手拍子を背に、昨年同様、立ち上がりからロングボールとハイプレッシャーで先制攻撃を仕掛けてきた。だが、日本は連動してボールを奪い、ショートパスでそのプレッシャーをいなしてアメリカ陣内に何度か進入。そのため、アメリカは前半10分過ぎに守備のラインを下げている。

 今後に向けた好材料は、新たなポジションで抜擢された選手たちの活躍によって、戦い方のオプションが増えたことだ。

 この試合で、特に難易度の高いチャレンジをこなしたのが阪口だ。本職はボランチだが、6月のニュージーランド戦では、代表初出場ながらトップ下のポジションで抜擢され、積極的にゲームに関わった。そして、この試合では“キャリア初”のサイドバックで、アメリカの右サイドのキープレーヤー、プレスとマッチアップ。相手のスピードをうまく殺しながら、同サイドの長谷川と連係して積極的にオーバーラップするなど、堂々と渡り合った。

 3点ビハインドで迎えた76分に決めたスーパーゴールは、スタンドを埋めた2万人近いアメリカのサポーターを一瞬、沈黙させた。だが、阪口自身は一番印象に残った場面に、その代表初ゴールではなく、後半の途中からピッチに立ったFWトビン・ヒースとマッチアップした際、ゴールライン際で鮮やかに抜かれた56分のシーンを挙げている。

「(ヒースは)テクニックもあってスピードもあるので、最初は『なんだこりゃ!』と思って……。中に行かせたかったのですが、この狭い隙間で、ライン際のあんなところまで来るんだな、と」(阪口)

 阪口は、所属のアルビレックス新潟レディースではボランチから前の様々なポジションでプレーしているが、今後はさらにその幅を広げつつ、 “世界仕様”の間合いを身につけ、代表での主力定着を目指したい。

 また、阪口と同じく、代表2試合目でアメリカ戦の先発という大役を任された三浦のプレーも、今後に大きな可能性を感じさせた。昨年まではサイドハーフでプレーしていたが、今年は日テレ・ベレーザで4-1-4-1のワンボランチに抜擢され、急成長を遂げている。

 アメリカ戦では相手のプレッシャーを利用して効果的にパスを配り、サイドチェンジやスルーパスも成功させた。そして、試合後には相手の縦パスを防げなかったことを反省点に挙げつつ、「もっと試合を決定づけられるパスを出せるようになりたい」(三浦)と、次の試合に目を向けていた。

 そして、日本が自分たちの時間を多く作ることができた要因の一つに、この試合で初めてボランチとして抜擢された有吉の存在があった。有吉が各ポジションと近い距離感を保ちながらサポートし続けたことで、日本はアメリカのプレッシャーをかわし、少ないタッチ数でパスを回しながらリズムを作ることができていた。周囲を巻き込みながらゲームを組み立てる、有吉の駆け引きのテクニックは、ボランチのポジションでも生きることを証明した。

アメリカ戦をボランチでプレーした有吉(2018年アルガルベカップ  写真:Kei Matsubara)
アメリカ戦をボランチでプレーした有吉(2018年アルガルベカップ 写真:Kei Matsubara)

 守備面では、ボール奪取や相手のキープレーヤーを潰すところまではいかなかったが、50分の中盤でのインターセプトに象徴されるように、カウンターのピンチを未然に防ぐ場面も。

 だが、有吉自身はそういったことを一つひとつ意識していたわけではないという。

「ベテラン(と言われる年齢)なので、やらなければいけないことはいろいろあるけれど、まずはチームの空気を締めること。そのために、どのポジションでも声だけは出そうと思っていました。ボランチは初めてで、いろいろなことを同時にはできないから、周りとの距離感を良くしながらシンプルにプレーしました」(有吉)

 有吉が作り出す周囲との距離感の良さは、ピッチ内外で細やかな声かけを欠かさない本人のキャラクターによるところも大きいだろう。試合中、有吉は前後左右の味方とコミュニケーションをとりながら、移り変わる状況に柔軟に対応していた。

 阪口と三浦、そして有吉。準備期間も少ない中で、大一番での抜擢に応えた3人が、それぞれに明確な収穫と課題を得ることができたのは、無難なプレーに終始せず、自分の良さを出そうと積極的にプレーした結果だろう。

 日本が今後、アメリカに確実に勝てるようになるためには、やはり先制点を奪う力が必要だ。そのためには、この試合の前半戦のように、前線でボールが収まらないと難しい。FW陣の組み合わせはアジアカップから試合ごとに変化を見せているが、引き続き、可能性を探りたいところだ。

【第2戦のブラジル戦へ】

 2015年カナダ女子W杯決勝戦に進出したアメリカと日本は、参加した24ヶ国中、平均年齢が最も高い2チーム(当時のアメリカは平均29.13歳で、日本は28.04歳)だった。

 一方、今大会のアメリカの平均は27.9歳で、日本は24.1歳。同25.7歳のブラジル、同24.2歳のオーストラリアを含めた出場4カ国中、日本は最も若いチームになった。今大会は主力の多くを欠いている事情もあり、国際経験の浅い選手が増えたが、だからこそ、このアメリカ戦のように若手もベテランも積極的にチャレンジすることで経験の密度を上げていくしかない。

 個が成長することでチームは強くなる。来年のW杯に向けて、チームも個人もリスクや失敗を恐れずチャレンジし続けることが、未来につながると感じられた試合だった。

 日本の第2戦、ブラジル戦は、日本時間の7/30(月)5:20キックオフ。試合はNHK BS1で生中継される。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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