【英ブレグジット】アイルランドの新聞は、ジョンソン英首相とEUの離脱協定をどう見たか
英国と欧州連合(EU)は、17日、英国のEUからの離脱の条件を定める離脱協定案に合意した。
その内容は、ほとんどメイ前英首相とEUがまとめた離脱協定案と同じなのだが、英領北アイルランドとアイルランド共和国との国境問題にかかわる部分が変更された(BBCニュース、政府文書など参考)。
以前の離脱案では英国全体がEUの「関税同盟」に残留し、これによって両地域の間に税関や国境検査を復活させないようにした。
新離脱協定案では、北アイルランドは英国の関税体系の中に留まりつつもEUのルールに従う、一種の「経済特区」となる。
*北アイルランドは今後も、物品に関するものを中心に、一部のEU規則対象に入る
*北アイルランドは英国の関税地域に留まる一方で、EU単一市場への「入り口であり続ける」
*上記について、北アイルランドの代表者が4年毎に変更するかしないかを多数決(北アイルランド議会の単純過半数)で決める
次のステップは離脱案批准に必要とされる英国と欧州議会での承認だ。現状では、英国のほとんどの野党が協定案を批判し、19日の議会採決では否決すると表明している。
一方、アイルランドでの受け止め方はどうか。
リベラル系高級紙アイリッシュタイムズから、17-18日付の記事を数本読んでみた。
社説は「公正で、苦労して手に入れた妥協」と
アイリッシュタイムズの社説は、離脱協定案を「公正で、苦労して手に入れた妥協」と呼び、一定の評価を下している。
まず、北アイルランドが「英国の関税地域に留まる」ということが、「実質的にはEUの関税圏に留まり続けることと同じ意味」という点が好評価の理由だ。
協定案は「アイルランド政府にとっても良いことだ」。それは、アイルランド島(北の6州が英領北アイルランド、南部がアイルランド共和国)に「国境検査のインフラが築かれないことを意味し、安全保障上のリスクの鎮静化を確実にする」からだ。
北アイルランドではプロテスタント系住民とカトリック系住民との対立が英軍、民兵組織、警察を巻き込んでの紛争に発展した(「北アイルランド紛争」)が、1998年にベルファスト和平合意が締結された経緯がある。
EUにとっても、単一市場が守られたことを意味するので良い協定案だとアイリッシュタイムズは見る。
「ジョンソン首相にとっても、良い協定だ」。「離脱を実現した」となれば、政治的な意味で有利となることを示唆した。
しかし、19日、議会がこの離脱協定案を否決したら、どうなるのか。それでもジョンソン首相に有利なのだろうか?
社説は、もしそうなった場合でも、ジョンソン首相は総選挙の選挙戦で「自分が頑張ったが、議会が邪魔した」と言える、と指摘する。
「最終的には」、「北アイルランドにとって良い協定である」。北アイルランドに特別な経済的地位が与えられたことで、ブレグジットによる損害を緩和するとともに、国境をオープンにしたままにしておけるからだ。地域の安定に非常に重要な役割を果たしたのがこのオープンな国境だった、と社説は指摘する。
「協定案は前向きだが、危険はなくなっていない」
同紙のクリフ・テイラー記者が、「協定案は前向きだが、危険はなくなっていない」という見出しの記事を書いている。
「前向き」と考えるのは、離脱協定が承認される場合、「合意なき離脱」が避けられるからだ。
2年間の移行期間中に関税率ゼロを実現するための交渉が始まり、もしこれが実現すれば、アイルランドの企業が、特に食品業界が英国に輸出をする際のリスクを取り除くことになる。
しかし、協定案が議会で否決される、あるいは通過しても関税率ゼロが実現しない場合もある。「危険」がなくなったわけではない。
アイルランド当局の予測によれば、もし合意なき離脱となれば、来年の成長率は0.7%になり、景気後退の可能性もある。もしこれを避けることができれば、3%以上の成長を見込むことができる。
しかし、アイルランドにとっては、どのような形であれ、英国のEUからの離脱はマイナスだとテイラー記者は見ている。
密輸が横行する?
一方、イーオン・バークケネディ記者は、「密輸が横行する」という専門家の見方を紹介している。
離脱協定案の取決めでは、「北アイルランドとアイルランドとの間の密輸が大量に増加し、これを防ぐための技術は役にたたない」と税関・国境問題コンサルタントのマイケル・ドヘティ氏が記事の中で警告する。
「私が知る限り、国境インフラがない場所で密輸を止める技術は現存していないし、これからもないだろうと思う」(ドヘティ氏)。スイスやスウェーデンでは密輸防止の技術があるものの、いずれの場合も「国境検査のインフラがある」。
英産業連盟北アイルランドのディレクター、アンジェラ・マクガワン氏は、離脱は北アイルランドのビジネスに多大な負の影響を与える、と指摘する。北アイルランドの経済はアイルランドと分かちがたく結びついており、特に農業やエネルギー分野で関連が強いからだ。
英フィナンシャルタイムズのコラムニストの見方は
アイリッシュタイムズの社説は離脱協定案を好意的に評価していた。
当初から残留を支持していたメディアの1つ、英フィナンシャルタイムズ紙の経済コラムニスト、マーティン・ウルフ氏の評価を見てみよう。
ウルフ氏は17日付の記事で、ジョンソン首相の離脱案に対して、国民が票を投じる機会があるべきだと主張する。同氏は離脱によって貧困度が高まると見ており、「より大きな主権という幻想を受け入れるかどうか」に合意する必要がある、という。
財政問題研究所などによる調査「グリーンバジェット」では、離脱によって英国のGDPが2.5%から3%減少するという。シンクタンク「変わる欧州の中の英国」の調べでは、長期的には一人当たりのGDPが5.8%から7%減少する。
EUから離脱をした加盟国はこれまでになく予想が難しいが、ウルフ氏の記事は離脱を選んだ場合のマイナス面に注目した。
英議会での投票はどうなる?
最後に、19日に予定されている、議会での離脱協定案の採決の予想を紹介しよう(画像制作:Yahoo! JAPAN)。
タイムズ(18日付)によると、今回の協定案に賛成する下院議員は283人、反対は299人。まだどちらかを決めていない議員が57人。過半数(320人)がいないと、可決されない。
賛成の283議席の中で、265人が与党保守党、6人が労働党、1人が自由民主党、11人が無所属。
反対派では、労働党が217、スコットランド独立党が35、自由民主党が18、北アイルランドの民主統一党が10、ウエールズのプライド・カムリが4、チェンジUKが5、緑の党が1、無所属が9。
決めていない57議席は、保守党が22、労働党が19、無所属が16となっている。
離脱協定案が可決されるかどうか。ジョンソン首相の大きな賭けである。
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