VARは必要か?レアル・マドリードが受けた「恩恵」と岡崎慎司が被った「被害」
―VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)を信用しているか?
「(判定があるたび)VARが分からなくなってきている」
リーガエスパニョーラ第34節のビジャレアル戦後、記者の質問にFCバルセロナのキケ・セティエン監督は率直に答えている。
これは、リーガにおける“現場の多数派意見”と捉えていいだろう。積極的な反対ではない。しかし、不信感を募らせている。
VARは、本当にサッカー界に必要なのか?
VARがサッカーを歪める
判定精度を上げるテクノロジーとして、VARは期待されていた。
例えば1986年、メキシコワールドカップで、ディエゴ・マラドーナは”神の手”と言われるゴールを決めた。VARによって、それは単なる“ハンドのファウル”になるはずだった。つまり、公平性が保たれるわけだ。
しかし、導入には危惧する声も多かった。
サッカーは、そもそも連続性のスポーツである。プレーが途切れず、連続した中、攻防が存在している。それをぶつ切りに判定することで、”歪み”が出るのは必定。プレーの流れを切る“醜さ”が指摘されていた。ビデオで判定し、主審が確かめる。その手順だけでも興ざめで、サッカーにとってはネガティブだ。
ところが、根源的な問題が出てきた。
岡崎は被害者か
プレーを部分的に切り取ると、ファウルでなかったファウルが出てきた。
その被害を最も被っている一人が、リーガ2部ウエスカでチーム最多得点を記録している岡崎慎司だろう。いくつもプレーをさかのぼってゴールが取り消されるなど、そのジャッジは不信感が残る。VARで“不当な”取り消しがなかったら、15得点はしていた。
サッカーは連続性のスポーツであるため、途切れていない場面までさかのぼるわけだが、プレーの中で更新されているとも言える。そこで、いくつもプレーをさかのぼるのは不当と言える。本質的な部分で、正義が曖昧になった。
結局は、審判の胸先三寸だ。
「VAR判定しない」
そう決めてしまったら、判定は行われない。逆に、ビデオで停止すると、瞬間的な事実だけが露になり、ジャッジは覆るのだ。
マドリードは恩恵を受けているのか?
直近のリーガでは、レアル・マドリードが「VARの恩恵を受けている」と批判の矛先を向けられている。その判定のほとんどは、映像で見ると正しいジャッジと言える。VARは現実を映し出している。
しかし、騒ぎになるだけの理由はある。
例えば、第34節でマドリードはアスレティック・ビルバオと対戦し、0-1と勝利を収めている。敵地でPKによる虎の子の1点を守る形だったが、このPK自体が微妙だった。エリア内に入ったマルセロに対し、ダニ・ガルシアがチャージ。この時点で、主審は笛を吹かなかったが、VAR判定になった。スローや静止画像では、ダニ・ガルシアがマルセロの足を踏んでいた。ボールにチャレンジし、前にも入っているが、映像ではPKだ。
連続性を停止させた結果と言える。これ自体は、正しいかもしれない。
しかし、主審は他の疑わしいケースはチョイスしなかったのだ。
VARはサッカーを壊す
「マドリードの勝利、再び、VAR判定現る」
バルセロナ系のスポーツ紙『エル・ムンド・デポルティボ』は見出しを打ったが、主審によって取り上げられなかったマドリードの選手のファウルを次々に“解明”している。セルヒオ・ラモスはボックス内でダニ・ガルシアに手をかけ、引き倒していた。同じくセルヒオ・ラモスは、ボックス内でラウール・ガルシアの足を踏み倒している。しかし、どちらもVAR判定にかけられなかった。
「VARはサッカーを壊している」
ダニ・ガルシアの言葉は悲痛である。
マドリードも、言われなき中傷を受ける点で、被害者と言えるかもしれない。
大山鳴動して鼠一匹
VAR判定によって、シーンひとつを切り取った時の判定精度は上がったかもしれない。しかし、すべてのプレーを把握するのは不可能。結果として、不公平感が増している。
7月8日、バルサ対エスパニョール戦では、アンス・ファティのタックルが危険と判断され、VARでイエローからレッドに変更された。その後、ジェラール・ピケも脛に危険なタックルを受け、イエローとなる。しかしこれにバルサの選手が「同じ裁きを」と猛然と抗議。VARでレッドに覆った。
正しさはあったが、混乱も増した。
それでも、VARは必要なのか?
「百害あって一利なし」
そうは言わない。しかし、「大山鳴動して鼠一匹」という印象か。サッカーを複雑化し、形そのものをゆがめ、現場にストレスを与え、その上で大金を投じたテクノロジーの導入で、誰が得をするのか――。再検証する必要があるだろう。
34節終了時点で、VAR判定のあるリーガ、ないリーガの順位を比較すると、1~4位はチームも勝ち点も同じである。ほとんどが同じ順位か、ズレても一つ。バレンシアは9位なのが、なかったら5位で、ヘタフェは6位が、なかったら9位で、そこは明暗が分かれている。