経験値の低さでアルゼンチンに敗れたジャパン! ヨーロッパ遠征の“苦い記憶”を払拭できるのか?
勝利で“熱”を煽ることができなかったジャパン
1年前の熱狂は再現されなかった。
20―54。
5日の日本代表対アルゼンチン代表のテストマッチに“金星劇場”の再現を期待したファンは、情け容赦なく日本の防御を突き破って疾走するアルゼンチンの選手たちを呆然と見送り、ラグビー観戦に求めたカタルシスを、試合終了直前のレメキ・ロマノ・ラヴァのトライで少しだけ味わって帰宅の途についた。トライの前に席を立って家路を急いだ観客の姿もチラホラ目についた。
南アフリカ戦の大金星から1年ちょっとで、日本ラグビーは人気の種火が消えかねない状況に追い込まれつつある。
アルゼンチンが昨年のラグビーW杯でベスト4に入った強豪であり、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカとともに世界最高峰のラグビー選手権「ザ・チャンピオンシップ」でしのぎを削ることを知るコアなラグビーファンは、ある程度この結果を織り込み済みで、さほど落胆を見せてはいない。
しかし、あまり深くラグビーを知らず、昨年の熱狂ぶりを期待した人たちに、この結果はどう映ったのだろうか。
「なんだ、やっぱりジャパンは勝てないじゃん!」
2019年のW杯開催に向けて、今、ラグビーに興味を持ち始めたばかりの人たちにそう思われることが、もっとも怖い。
なんとも複雑な気分になったのだった。
百戦錬磨のアルゼンチンと“若い”ジャパン
敗因は、チームとしての経験値の低さにあった。
先発の15人に限って言えば、ジャパンで昨年のW杯代表だった選手は、堀江翔太、畠山健介、アマナキ・レレイ・マフィ、田中史朗、田村優、山田章仁、立川理道、松島幸太朗の8名。
対照的にアルゼンチンは先発15名中13名が昨年のW杯代表で、その後もジャガーズとしてスーパーラグビーを経験。さらにチャンピオンシップを経て日本にやってきた。
スクラムについて問われたジェイミー・ジョセフHCは、ポジティブにこう言った。
「チャンピオンシップでの戦いを経てこの試合に臨んだアルゼンチンに対して、我々は練習セッションが限られたなかでこれだけ組めた」
しかし、新しい組み方を導入した分習熟するには至らず、前半のスコアが拮抗している状況でマイボールを奪われ、反則を取られて失点の原因となった。
スクラムを担当する長谷川慎コーチも、「時間がないことを言い訳にはしませんが、あと1週間あれば、もっと強くなる。アルゼンチンにこれだけ組めた結果をポジティブにとらえたい」と話したが、アルゼンチンのキャプテン、スクラム最前列で堀江と対峙したアグスティン・クリーヴィはこう言った。
「最初は日本の圧力に苦労したが、可能性を探っているうちに立て直すことができた」
数々の修羅場をくぐり抜けたメンバーがそろうアルゼンチンは、日本のスクラムにあわてず、対応力の差を見せつけたのである。
経験値の低さは、他の場面でも随所に露呈した。
たとえば前半13分に、キックオフリターンからアルゼンチンNO8ファクンド・イサにブレイクされた場面。
アルゼンチンは、フォワードの選手が1人、ラックを突き抜けてジャパンのLOアニセ・サムエラをしっかりと抱きかかえ、動きを封じた。一見すると、密集周辺でエキサイトした大男同士がつかみ合ったようにしか見えないが、イサが駆け抜けたのは、本来ならサムエラが立たなければいけない位置だった。
つまり、走るコースを開けるために意図的にサムエラを捕まえたのであった。
「なんて卑怯な!」という非難は説得力を持たない。両チームともその程度の“妨害行為”は織り込み済みでプレーしているからだ。である以上、サムエラがすべきは、相手を投げ飛ばすなり殴りつけるなりして、自分が埋めなければいけないスペースへと急ぐことだった。
前半35分には、ハーフウェイライン付近でアルゼンチンのラインアウトからの球出しが乱れた状況で、ジャパンは堀江が外側の防御に飛び出したが、その内側をSHマルティン・ランダホにきれいに突破されて、SOニコラ・サンチェスにトライを奪われた。
これも、ラインアウトにいる他のフォワードがランダホの走るコースをしっかりふさがなければならなかったのに、ボールを奪えそうな状況に集中するあまり、誰も堀江の後ろをカバーしなかったのが原因。失点は、ほんのささいなことがきっかけだったのである。
そんな“ささいなこと”がいかに大切であるかを骨身に染みこませるには、数多く厳しい試合の経験を積まなければならない。しかし、この試合が初のテストマッチとなる選手が23名中13名に上ったジャパンは、彼らに世界の厳しさを教えただけに終わった。
W杯代表組の活躍を有機的に生かせなかった?
ジャパンにとってポジティブな要素も、もちろんあった。
まず誰の目にも明らかなのは、FBを務めた松島の充実ぶりだ。
その柔らかでスピード感に溢れた走りは、しばしばアルゼンチン防御に穴を開け、大きなチャンスをもたらした。
堀江とともにチームの共同キャプテンに任じられた立川もまた、どんな激しいタックルにも動じず、アタックの核として機能した。後半18分には、サンチェスが立川に狙いを定めて強烈なタックルを見舞ったが、その場でグラウンドに崩れ落ちたのはタックルしたサンチェスであり、立川は少しよろめいたものの、すぐに体勢を立て直してボールをキープした。
山田も、キックオフのたびに鋭く相手の膝下めがけて走り、厳しいタックルでノックオンを誘っている。
フォワードでは、マフィが完全に切り込み隊長の役割を果たし、トライも挙げた。
W杯の大舞台を経験した選手たちは、きちんと役割を果たし、世界レベルで十分に通用することをアピールしたのだ。
初代表組では、レメキが疲れを知らぬランニングで存在感をアピール。結果的にはアルゼンチンの最初のトライにつながってしまったが、前半10分すぎにランダホに狙いを定めて見舞ったタックルは、秩父宮のスタンドに大きなどよめきを巻き起こした。
素腹らしいタックルだった。
ここで注意して欲しいのが、レメキがリオデジャネイロ五輪で活躍した男子7人制日本代表のメンバーであったこと。つまり、リオに至る過程で、瀬川智広コーチにみっちりと鍛えられ、セブンズで世界のレベルを体感しているのだ。それがあってこその活躍だった。
そんなレメキでも、立ち上がりの3分には、トライ寸前でボールをトイメンのサンティアゴ・コルデロに手ではたかれて落とし、先制トライを逸している。
個々の選手の頑張りやポテンシャルは十分に伝わったけれども、チームとして彼らをどう有機的につなげて勝利に結びつけるかという道筋が伝わりにくかった。だから、コーチ陣から選手まで「ポジティブ」という単語を連発していたにもかかわらず、気分がスッキリしなかったのである。
現在ヨーロッパにいるジャパンは、12日にジョージア、19日にウェールズ、26日にフィジーと戦う。だから、選手たちが試合結果に「ネガティブ」になる必要はまったくない。しかし、だからといって私たちがこの結果を「ポジティブ」ととらえるのはどうなのだろうか。
「キックを蹴ったら相手のボールになるのになぜ蹴るの? しかも、アルゼンチンの選手はみんな足が速いのに……」から始まるファンの素朴な疑問に対して、代表チームは今後の試合を通じてプレーで答える必要がある。
さらに、この秋、ファンの誰もが抱える最大の疑問、「なぜリーチ・マイケルがいないの?」から始まる「なぜ誰々はいないの?」という、W杯代表組の不在(そして、春のジャパン組の不在)についても、チームは納得のいく答えを結果で示さなければならない。
ウェールズに勝てば、そのメンバーが“ベスト&ブライテスト”なのだから。
でも、敗れたときには「諸事情による辞退」という言葉だけではなく、何がネックになっているのかを明確に説明し、今後の代表編成をどうするか、説明する必要があるだろう。そういう手続きがあってこそ、初めてファンは安心して敗戦をポジティブに受け取れるのだ。
苦い過去を繰り返すな!
思い出すのは、過去の苦い記憶だ。
99年第4回W杯翌年の2000年、ジャパンは4年後を見据え、W杯代表からメンバーを大きく替えてヨーロッパ遠征に臨んでアイルランドに9―78と大敗した。先月20日に亡くなった平尾誠二さんがジャパンの監督辞任に追い込まれたのは、そのとき現地で「なぜジャパンはベストメンバーを組まないのか」という厳しい声がIRB(当時=現ワールドラグビー)の重鎮から発せられたことが発端だった。
03年W杯で11―32と善戦したスコットランドに1年後8―100と惨敗したのも、「世代交代」を強引に推し進めた結果だった。
当時の箕内拓郎キャプテンはこの敗戦を「トラウマ」と振り返ったし、遠征後には、監督人事を巡って故・宿澤広朗さんが日本ラグビー協会の理事会で怒りを炸裂させる“事件”もあった。
そういう過去を知る身だからこそ、この秋に控える格上チームとの連戦が非常に心配なのである。
19年W杯開幕まで3年を切った今、くれぐれも“3度目の過ち”を繰り返すことがあってはならない。ジャパンは、敵地でのテストマッチで世界をうならせる戦いを見せてこそ、開催国の代表チームとして、世界から尊敬を勝ち取れるのだから。
そのためにも、アルゼンチン戦の敗戦を「ポジティブな結果」に結びつけることが求められている。