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デュピルマブと皮膚リンパ腫の関係性 ─ アトピー性皮膚炎患者におけるリスクと注意点

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

【アトピー性皮膚炎治療薬デュピルマブとリンパ腫の関係性】

アトピー性皮膚炎は、かゆみを伴う慢性の皮膚疾患です。近年、中等症から重症のアトピー性皮膚炎に対する新しい治療選択肢として、ヒト型モノクローナル抗体のデュピルマブが注目されています。デュピルマブは、インターロイキン4α受容体を標的とすることで、アトピー性皮膚炎の症状を改善します。

しかし、最近の研究で、デュピルマブの使用が皮膚T細胞リンパ腫(CTCL)のリスクを高める可能性が示唆されています。皮膚T細胞リンパ腫は、皮膚のT細胞が悪性化することで発症するまれな血液のがんの一種です。米国のTrinetXデータベースを用いた後ろ向きコホート研究によると、デュピルマブを使用したアトピー性皮膚炎患者では、使用しなかった患者と比較して、皮膚T細胞リンパ腫の発症リスクが4.1倍に上昇したことが明らかになりました。

【デュピルマブとリンパ腫発症の関連性が示唆された研究結果】

この研究では、22,888人のデュピルマブ使用患者と1,131,473人の非使用患者を比較しました。年齢などの交絡因子を調整した解析の結果、デュピルマブ使用群で皮膚T細胞リンパ腫のオッズ比が4.1(95%信頼区間: 2.055-8.192)と有意に高くなりました。一方、他の皮膚がんやリンパ腫のリスク上昇は認められませんでした。

さらに、免疫抑制作用のある抗リウマチ薬の使用歴がある患者を除外した解析でも、デュピルマブ使用群のリンパ腫リスクは3.2倍と高い値を示しました。これらの結果から、デュピルマブとリンパ腫発症の関連性が示唆されます。ただし、本研究はデータベースを用いた観察研究であり、因果関係を証明するものではありません。さらなる前向き研究による検証が必要です。

【アトピー性皮膚炎と皮膚T細胞リンパ腫の類似性】

アトピー性皮膚炎と皮膚T細胞リンパ腫は、ともに皮膚に発赤、鱗屑、浸潤などの症状を呈するため、両者の区別が難しい場合があります。特に、皮膚T細胞リンパ腫の初期症状はアトピー性皮膚炎に類似していることが多く、診断の遅れにつながる可能性があります。

実際、皮膚T細胞リンパ腫の患者の中には、長年アトピー性皮膚炎と診断されていたケースも存在します。デュピルマブが皮膚T細胞リンパ腫のリスクを高めるという研究結果が示された一方で、もともと皮膚T細胞リンパ腫をアトピー性皮膚炎と誤診し、デュピルマブを投与していた可能性も考えられます。

【正確な診断に基づいた適切な治療の重要性】

アトピー性皮膚炎と皮膚T細胞リンパ腫の鑑別には、皮膚科専門医による詳細な診察と、必要に応じた皮膚生検などの検査が不可欠です。特に、アトピー性皮膚炎の治療に抵抗性を示す場合や、通常の経過と異なる症状が見られる場合は、皮膚T細胞リンパ腫の可能性を考慮し、慎重な評価が求められます。

デュピルマブは、中等症から重症のアトピー性皮膚炎患者のQOL改善に大きく貢献する画期的な治療薬ですが、皮膚T細胞リンパ腫が潜在している可能性を見逃さないことが重要です。正確な診断に基づいて、患者さん一人ひとりに適した治療方針を立てることが、医療従事者に求められる重要な役割と言えるでしょう。

参考文献:

Hasan I, Parsons L, Duran S, Zinn Z. Dupilumab therapy for atopic dermatitis is associated with increased risk of cutaneous T cell lymphoma: A retrospective cohort study. J Am Acad Dermatol. 2023; doi:10.1016/j.jaad.2024.03.039.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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