東京都が250人のスクールカウンセラーを「一斉解雇」 「パワハラ面接」も横行か?
3月5日、東京都が都内の公立学校に配置されているスクールカウンセラー250人を一斉解雇(不採用=雇止め)していたことが分かった。都内のスクール―カウンセラーを組織する労働組合「心理職ユニオン」が記者会見を行い、明らかにした。
スクールカウンセラーは、不登校や発達障害など生徒の多様な事情に対処するため、1995年から導入されている制度である。東京都では、2020年から始まった1年度単位で採用される非正規公務員制度の一種である「会計年度職員」として採用し、都内の各学校に配置している。2024年度の採用については1月末に合否通知がだされている。
非正規公務員は一年単位の任用とはいえ、通常は継続して任用されることが多い。ところが、合否通知以後、都内で働くスクールカウンセラーたちから「不採用通知を受けた」という相談が心理職ユニオンに70件以上も寄せられていたという。
その後、同ユニオンでは緊急のアンケート調査(後述、728人回答)を行うとともに、東京都教育委員会と団体交渉を行っていた。その団体交渉の中で、スクールカウンセラー250人が解雇(再任用拒否)されている事実が明らかになったのだ。
また、組合側が実施したアンケート調査(回答総数728件)の結果によれば、解雇の対象となっているのは、主に勤続・年齢が高く経験が豊富な「ベテラン」のカウンセラーが中心だという。
いうまでもなく、スクールカウンセラーの業務においては、長年の経験・知識と子供・保護者との信頼関係が重要な要素となる。校長など現場の管理職や保護者らからも、「急にいなくなってしまっては困る」といった声が多数寄せられているという。
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なぜ、ベテランを中心に一斉解雇をしなければならなかったのだろうか。その採用基準についても、団体交渉では明確な回答がないという。さらに、東京都は団体交渉そのものを拒否するようになってしまっている。
いったい東京都のスクールカウンセラーの採用をめぐって、何が起こっているのだろうか。組合側の会見資料をもとに、詳しく見ていこう。
東京都による解雇(再任用拒否)の実態
今回問題となっているスクールカウンセラーは東京都の会計年度職員であり、いわゆる「非正規公務員」である。非正規公務員については、以前から待遇の低さや雇用の不安定性が問題視されている。
2020年度からは非正規公務員の待遇改善を目的として「会計年度職員」へと制度の移行が進められてきた。会計年度職員は年度ごとに採用される仕組みになってはいるものの、年度の更新の際には「公募によらない再任用」が行われている。つまり、経験者はその実績を考慮して、継続した任用を行っているということだ。
「公募によらない再任用」ではそれまでの業務実績が考慮されるため、雇用が継続しやすくなるだけではなく、事業の継続性の観点からも、経験と実績のある会計年度職員の複数年採用が、現場の職員・管理職から望まれている。そのため、自治体によってはそもそも「公募によらない再任用」に上限を設けていないところもある。
ところが、東京都では、「東京都公立学校会計年度任用職員の任用等に関する規則」において、「公募によらない任用は、4回を上限とする」と定めており、この任用回数を超えた職員に関しては、それまでの実績等を原則として「リセット」し、ゼロベースで採用試験を行うこととしていた。
そして、2020年度に導入された会計年度職員制度は、本年度で4年間を経過し、来年度からは5年目を迎えることになる。この、5年目を迎える労働者たちを対象に、東京都としては上記の「公募によらない再任用は4回まで」のルールを当てはめ、事実上の一斉解雇(不採用)を断行しているとみられるのである。
なお、2020年度を初任用と考えれば、2024年度の採用は「4度目の再任用」であると考えられるが、東京都は、会計年度職員制度が導入される2020年以前から働いていた労働者については、最初の採用を「1度目の再任用」とカウントしており、2024年度の採用が「5度の再任用」に当たると計算している。
そして今回、心理職ユニオンと東京都教育委員会の団体交渉の中で明らかになった数字が、下記のものだ。およそ1500名のスクールカウンセラーのうち、再任用限度4回を超えている応募者が1096名おり、そのうち不合格者は250名、実質的な解雇の割合は22.8%に上る。
全体の三分の二が再任用限度4回を超えて「ゼロベース」の試験を受けさせられており、さらにそのうち2割以上が入れ替えられた、ということになる。なお、「補充任用候補者」とは、補欠の取り扱いであり事実上の不採用である。
「経験や実績を考慮しない」と断言する東京都
心理職ユニオンによると、東京都教育委員会は団体交渉で「これまでの経験や勤務実績や評価は採用基準にしていない。あくまでも新規応募扱いであり、面接で合否を決めてる」と強調しているという。また、その根拠については、「会計年度任用職員制度上、仕方ない」とも主張しているという。
だが、総務省が2023年に出した「会計年度任用職員制度の適正な運用等について(通知)」では、「なお、前年度に同一の職務内容の職に任用されていた者について、客観的な能力の実証の一要素として、前の任期における勤務実績を考慮して選考を行うことは可能であること」と明記されている。
つまり、会計年度職員であることをもって、過去の経歴をあえて考慮しないようにする必要はない、とあえて注意書きがなされているのでる。まさに、今回の東京都のような対応を総務省は懸念していたのだろう。そして、そうしたことをする必要はないと、この通知でくぎを刺しているわけだ。
では、経験・実績を考慮しない「面接」による評価は、合理性と納得感があるものなのだろうか。これについても、採用基準は「ブラックボックス」となっており、不採用の理由もまともに示されてはいないという。なぜ、自分が不採用とされてしまったのかをほとんどのカウンセラーはわからない状態にある。
組合側が実施したアンケート調査の結果でも、不採用とされたほとんどのカウンセラーが納得していないことが示されている(不採用250人中、205人が回答)。
採用の方針は、これまでの経験・実績を完全に無視していると多くのカウンセラーが感じている。例えば、2023年度まで二つの都内の学校で勤務していた心理職ユニオンの組合員は、一つの校長からは評価について「A」だと明言され、もう一つの学校の校長からも「評価は高いよ」と言われていたが、そうした評価とはまったく無関係に今回任用が拒否された。
アンケートの自由回答欄からは、スクールカウンセラーを評価する学校長など管理職からも、今回の人事に対する不満が噴出していることが窺える。
また、今回は「採用された」カウンセラーからも、採用基準が不透明なため今後が不安だという声も寄せられている。
長年の経験と実績が正当に評価されず、そもそも評価基準も示されないようでは、今後のカウンセラー育成にも影を落としていくに違いない。
解雇するための「圧迫面接」が横行?
さらに、面接の中では不採用とするための「圧迫面接」が行われていたと訴えるカウンセラーもいる。3月5日の記者会見では、不採用とされたカウンセラーが次のように訴えていた。
その後、他の採用されたスクールカウンセラーたちに話を聞いたところ、そのような特殊な質問は一切されていなかったという。そのため、このカウンセラーは、「この面接自体が不快なパワハラまがいの面接で、すぐにこのような不適切な対応はやめてほしいと思います」、さらには、「受験者の心に傷を残すことになると思います」と強く訴えていた。
学校での人事評価は関係がなく、採用はこの面接だけで決定される。それにもかかわらず、受験者によって質問内容が変わり、その内容にも疑問が呈されている。これでは、落としたい人を選別しておき、わざわざ答えにくい質問を用意して執拗に繰り返し、恣意的に点数を創り出していたと疑われても仕方がない。
勤続年数・年齢が高い順に解雇されている
では、経験や実績を無視する東京都教育委員会はどのように選抜を行っているのだろうか。心理職ユニオンが行ったアンケート調査からは、勤続と年齢が長いカウンセラーほど解雇されていることがわかった。
このアンケートの調査期間は2024年1月29日~2月11日であり、調査方法は、心理職ユニオンのツイッターアカウントと東京都公立学校へのはがきの郵送で調査協力を求めている。回答総数は728件と、全カウンセラーの半数程度に及ぶ。
まず、勤続については、勤続年数1年以上の継続勤務者の雇止め者数(不採用+補充任用候補者)は179人で雇止め率は25.5%である。また、勤続年数別に雇止め率を見ると、6~10年30.7%、11~15年32.0%、16~20年35.8%、21年以上36.2%と綺麗に勤続年数に応じて上昇している。
また、年代別の雇止め率は20代以下の16.7%から50代32.6%、60代31.0%とこちらもほぼ年齢に応じて上昇していることがわかる。
この結果から、心理職ユニオンの担当者は「勤続年数別の雇止め率と年代別の雇止め率を合わせて考えると、「再任用限度を超えた人が雇止めされた」というだけでなく、「再任用限度を超えた人のなかでも勤続年数が長く年齢が高い人が高い割合で雇止めされた」と言えそう」だとしている。
組合としての今後の対応
こうした状況に対し、心理職ユニオン側は2月26日の団体交渉で、東京都教育委員会に対し、スクールカウンセラーの採用基準の解明を要求した。具体的には次の項目を要求している。
- 採用面接時の質問項目の開示
- 採用面接時の面接官はどのような者を配置したのかの説明および開示
- 採用面接時の面接官が面接する際に活用していた(手元に持っていた)書類や資料の開示
- 公募による再度任用者と新規採用者について、採用評価基準は同じか。もし異なるのであれば、再度任用者および新採用者のそれぞれの何を重視したのか説明するよう求めます。
ところが、団体交渉で都側はこれらについてまったく回答しなかったという。その上、3月1日には一方的に団体交渉を拒否するという対応に突如、態度を硬化させている。
地方公務員法第55条第3項では、地方公共団体の事務の「管理及び運営に関する事項」は、交渉の対象とすることができないということがその根拠だという.
そこで組合側は、3月4日には、東京都教育委員会への要請行動を行い、①雇止めの撤回、②適切な評価基準の設定、③再任用限度の設定の撤廃を求めている。そして今後は、国に対しても要請行動を行っていく方針だ。
おわりに
日本では、あまりにも多くの分野が非正規雇用労働に依存している。その一方で、非正規雇用は待遇面で不安定・低賃金であるばかりでなく、しばしば恣意的な評価にさらされ、その技能が適切に評価されていない。
そうした問題が、今回の事態では極端に現れていた。特に、学校から高い評価を得ており、実際に支援の成果が上がったという実績も考慮されていない事例が多発しているようでは、制度的にサービスの質を確保することはできないことになる。この点は、雇用関係や労使関係の専門家として大変憂慮せざるを得ない。
このようなことを、教育をはじめとするさまざまな産業分野で継続していけば、やがて日本の労働社会はますます荒廃していくことになるだろう。不登校など教育における多様なニーズを満たしていくためにも、非正規雇用に対する適切な制度と運用は必須である。
すくなくとも、東京都は不透明な選抜基準に対し、明確な基準を社会に示すべきであろう。公の教育を司る機関として、それが最低限の対応ではあるまいか。そのうえで、適切な雇用管理の在り方についても、労使で話し合いを進めてほしいと思う。