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「学校に行かなければ風呂に入らずに済む」父の在宅勤務で不登校に―コロナで見えた家族問題とは

関谷秀子精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)
「写真はイメージです。 写真:アフロ」

 新型コロナウイルス(以下文中コロナ)の世界的な流行から約1年が過ぎようとしています。この1年の間、我々は「感染対策」を最優先にするよう行動が変化しました。密を避け、外出時のマスク着用、検温や頻繁な手洗い消毒。この生活がいつまで続くのか、先の見えない不安と戦いながら毎日を送っています。今まで同様のストレス解消もままならず、かつてないほど心の健康を保つことが難しい時代を迎えているのではないでしょうか。

 実際、コロナの流行をきっかけに心の不調を訴えて精神科を受診する方が増えています。

 とはいえ、その原因は直接コロナによるものと単純にひとくくりにはできません。それぞれが抱えていた問題が、コロナ禍をきっかけに表面化したケースも多く見られるのです。

コロナ禍で不登校になったA子さんのケース

きっかけは「父親の在宅勤務」

 A子さんは中学2年生です。昨年4月の緊急事態宣言で学校は休校となりましたが、宣言が解除されて登校が再開された6月からは特に問題なく登校していました。登校再開後から不登校になってしまう子どもたちにしばしば出会いましたが、A子さんはそうではありませんでした。ところが、A子さんは3学期から学校に行かず自分の部屋に閉じこもるようになりました。もう少しで3年生になるのに登校しないA子さんを心配した母親が1月末に一人で相談にやってきました。

 母親によれば、A子さんはもともと真面目で成績も良く、親のいいつけを守る良い子だったそうです。

 母親はA子さんの不登校の原因が家庭の中にあると考えているようで、コロナ流行に伴う家庭生活の変化について、言いにくそうに話し始めました。

 A子さんの家は会社員の父親と専業主婦の母親、そしてA子さんの三人家族です。父親はきれい好きで口うるさい性格でした。しかし仕事が忙しく、平日は夜遅く帰宅し、週末も家に居ることが少なかったそうです。それでもたまに家に居る時には、部屋がきれいに掃除・整理整頓されているか、空調の温度設定をみて電気代がかかりすぎていないか、定期的に換気をしているかなど、A子さんの部屋を含めて各部屋をチエック。彼女は突然部屋に入ってくる父親について何か文句を言うことはありませんでした。

 また、父親は母親の掃除の仕方について、特に窓のサッシや排水溝など見えにくいところもいつもきれいに保つようにと指示をしていました。母親は「掃除は私の仕事だから」と指示に従ってきました。

 ところが1度目の緊急事態宣言以降、父親は在宅勤務が中心となりました。世の中ではコロナ感染対策が声高に叫ばれ、父親のきれい好きで細かい生活態度に拍車をかけました。さらに、仕事が減ったこともあり、父親はコロナの感染対策にエネルギーを注ぐようになりました。外出してもしなくても、除菌スプレーを使ってテーブルなどの家具、パソコン、携帯などあらゆる物を念入りに拭くことを母親とA子さんに求めました。

 再び緊急事態宣言が出され、コロナの感染者数が増加した1月、父親は玄関の外に新たに手洗い場を作りました。帰ってきたらまず外で手を洗ってから、玄関に入ること。そこまではA子さんも母親も納得していたようです。しかし父親の感染対策はとどまりません。

行き過ぎた家庭内ルール

 父親の新しい感染対策は次のようなものでした。

 外から帰ったら手を洗ってお風呂場に直行、シャワーを浴びて着ていた衣服はビニール袋に入れること、新しい洋服に着替えてから2階のリビングや自分の部屋に入ること。コロナ感染の不安がぬぐい切れない父親はそれを家のルールとして決定しました。

 母親は、「お父さんが決めたことだからA子もお父さんの言う通りにしてね」とA子さんに伝えました。彼女は黙って聞いていたそうです。学校から帰ると玄関に入る前に手を洗い、お風呂に入り、着替えてから自室に行くようになりました。

 そんな生活を続けたA子さんでしたが、ある時学校から帰ると玄関で靴を脱ぐや否や廊下で倒れこみ、その場から動かなくなりました。母親が声をかけても、父親がひっぱって風呂場に連れて行こうとしてもA子さんは目を固くつむり無言で抵抗。両親があきらめて寝てしまった夜中に自室に戻った彼女は翌日から学校に行かず部屋にこもるようになりました。

父親に従順な母親への疑問も

 翌週自ら来院したA子さんは小さな声で「わざと廊下で倒れていたわけじゃないんだけれど」と言葉を濁しました。そして「いくらコロナだからって、学校から帰ってすぐにお風呂に入らなきゃいけないなんておかしいと思う。でもお父さんの意見に従わないわけにはいかない。でも従いたくない。学校に行かなければお風呂に入らなくていいし、自分の入りたいときに入れるから」と少し強い口調で話しだしました。

 その後A子さんは何回か来院し、「お母さんはなんでもお父さんの言うことを聞いています。でも友達の話を聞くと友達のお母さんはお父さんにバンバン文句を言っているみたいで。うちとは全然違うんです」と母親の父親への態度について疑問を口にしました。

 私は「A子さんは親に言いたいことがあるみたいだけれど、いずれA子さんの気持ちを言葉で両親に伝えられるといいね」とA子さんに伝えました。すると彼女は「まだ家族三人で話し合いをすることは不安だけれど先生がいるところならなんとかなるかもしれない」との返答。父親と母親もA子さんの提案を受け入れたため、三人での同席面接をすることになりました。

 三人そろった場所でA子さんはおずおずと「お風呂は自分の好きな時間に入りたい。こんなことをしている友達はいないし、それで感染することなんてないと思う」と話しました。途中で父親の顔色を見て話が途切れそうになりましたが、そんなときには私が彼女の発言を促しました。

 父親は、祖父から「親が黒いものを白と言ったら白なんだ」という教育を受けてきたそうです。整理整頓や掃除に関しても祖父由来であること、当然同じことをA子さん、そして妻にも求めていると話しました。

 父親の話を聞いていると、感染対策云々よりも、「親が決めたルールに子どもを従わせる」という父親の支配的な側面を強く感じました。母親は隣でうつむきながら黙って父親の話を聞いていました。

 私は両親に次のことを伝えました。「A子さんは思春期に入り、親とは違った自分自身を作り上げている時期にきています。A子さんが父親の考えに疑問を持つことや、自分の考えを主張することは健康な発達過程です。親はそのA子さんの自律性を尊重する必要があるでしょう。具体的にはA子さんの部屋の掃除や換気、入浴などはA子さん自身に任せてはどうですか」。

現代の子育てに必要なこととは

 現代社会で多様性を受け入れて、様々な個性を持った人たちと協調していくためには、自分自身の「個」を確立しておかなければなりません。つまり「親が黒いものを白と言ったら白」ではなく、自分自身の考えをしっかり持って、相手に伝えることができる、その上で相手の意見も聞き、違いを尊重できる必要があるでしょう。

 近年、SNSなどの普及によりさまざまな情報が氾濫しており、コロナに関する情報についても同様のことが言えます。情報が溢れる時代を生きていくには、ただ「偉い人が言っているから従う」ということではなく、自分の頭で考え意見を持ち、必要な情報を取捨選択・吟味していく力が必要となるのではないでしょうか。

家族問題をコロナが表面化

 A子さんの家ではコロナの流行が一つのきっかけとなり、それまで水面下に潜んでいた家族の問題が表面化しました。

 A子さんは父親に自分の気持ちを伝えられずに「廊下に倒れる」「学校に行かない」という行動で対抗しました。学校でも気の強い同級生に意見を言うのが難しいところがあったようです。我慢したり行動で示すのではなく、自分の意見を相手に伝えることがA子さんの課題となりました。

 後日母親は一人で来院しました。父親に自分の意見を伝えたA子さんを見て考えるところがあったそうです。「私は長年夫に物を言うことを避けて生きてきました。夫の言うことは正しいから、と自分の頭で考えることも避けてきました。A子のためにもこれからの夫婦のコミュニケーションを改善していきたい」。母親の提案をうけて、父親も重い腰を上げました。A子さんの両親は、親として娘にどう接するべきかを考えるために「親ガイダンス」を受けることにしました。その経過の中で父親は、祖父由来の自分の考えややり方を変えることはできないが、それをA子さんの気持ちを無視して強要することはしないと決めました。

 自分自身の生きづらさに加え、子どもにどのように接していいか悩まれている方はたくさんいます。解決するのが難しいと感じたら、一人で抱え込まずに専門家に相談されることをお勧めします。

 また、潔癖症や不潔恐怖症の方がコロナ感染の不安からますますその傾向がひどくなり、巻き込まれた家族が疲弊してしまうことがあります。不安や恐怖が強く、日常生活を送るのが辛い場合にも精神科にご相談されることをお勧めします。

 尚、A子さんは再び元気に学校に通いだしました。

精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)

法政大学現代福祉学部教授・初台クリニック医師。前関東中央病院精神科部長。日本精神神経学会精神科専門医・指導医、日本精神分析学会認定精神療法医・スーパーバイザー。児童青年精神医学、精神分析的発達心理学を専門としている。児童思春期の精神科医療に長年従事しており、精神分析的精神療法、親ガイダンス、などを行っている。著書『不登校、うつ状態、発達障害 思春期に心が折れた時親がすべきこと』(中公新書ラクレ)

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