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教育熱心のはずが「教育虐待」に 娘の中学受験で焦る母親、みつめ直したのは自分自身 #こどもをまもる

関谷秀子精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)
(写真:イメージマート)

 本格的な受験シーズンが到来しました。塾のテキストがたくさん入っている重そうなリュックを背負って、夜遅い時間に歩いている小学生を見かけます。大変なのは子どもだけではありません。コロナの感染対策を徹底したり、栄養バランスのとれた食事を用意したり、親もさまざまな面で抜かりのないように神経をすり減らしています。特に勉強面に関しては、「やればできるんだから頑張りなさい」と褒めてみたり、「受かったらスマホを買ってあげるよ」と人参をぶら下げてみたり、「こんな成績じゃ将来仕事に就けないよ」と脅してみたり。あの手この手を使って何とか勉強させようとする親もいます。

 しかし、思春期に入ると、子どもが親に素直に従うことはまずありません。また発達障害の診断はつかないけれど、不得意な分野があるグレーゾーンの子どももいます。中には、そういった子どもの年齢や個性を理解せずに、思い通りにならない子どもにいら立ちや不満をぶつけて、いわゆる教育虐待と呼ばれる状態に陥ってしまう親も少なくありません。今回は中学受験を控えたA子さんの母親のケースを元に考えてみたいと思います。

問題を間違える娘の頭に水をかける母親

 A子さんの母親は「娘が真面目に勉強をしない。私をわざと怒らせたいんだと思う」とクリニックに来院しました。母親はA子さんを自分が卒業した偏差値の高い私立の一貫校に入学させたいと考えていました。一方父親は、勉強が得意ではないA子さんを無理に中学受験させる必要はないと考えていました。しかし母親の決意は固く、父親の言葉には一切耳を傾けませんでした。

 教育熱心な母親はA子さんが小学校に入学すると毎日勉強を教えました。学年が上がり、だんだん勉強量が増えて内容も難しくなってくるとA子さんは同じ問題を何度も間違えたり、スピードが遅いためにその日にやるべき問題が解き終わらなくなったりするようになりました。

 A子さんが6年生になると、受験への焦りからいら立ちを募らせた母親は、「真面目にやりなさい」と怒鳴って頭に水をかけたり、座っている椅子を蹴りとばしたり、髪の毛をつかんで押し倒したりするようになりました。A子さんは問題を解き終わるまで夕飯を食べさせてもらえないこともしばしばでした。A子さんは泣くこともしなければ言い返すこともせずにただ、黙ってやり過ごしていました。その態度から母親は、A子さんが母親を挑発するために真面目に問題を解いていないと思い込み、A子さんに「努力できないなら出て行け」とか「出来の悪い人間はうちには要らない」など罵詈雑言を浴びせるようになってしまいました。

 母親はA子さんの相談に来院したのですが、話を聞いてみると、大きな問題を抱えているのは母親自身のようでした。自分の求めているレベルに到達できないA子さんへの怒りがおさまらず、夜も眠れなくなってしまい、言動をコントロールすることが難しくなっていました。母親にはまず気持ちが落ち着く薬を処方して、夫の協力を得るために次回は夫と来院してもらうことを勧めました。

娘の心理検査を希望した父親

 次の診察に母親は父親と一緒に来院し、「薬の効果で少し気持ちが楽になりました」と前回よりは落ち着いて話しました。そこで私は両親に「中学受験に成功して欲しいという親心はわからなくはないけれど、お母さんのA子さんへの態度は明らかに度を越えています。A子さんはどんな気持ちでしょうか?お母さんは今自分の行動をコントロールするのが難しいので、A子さんの勉強をみるのをやめてください」と伝えました。

 そして「お父さんはお母さんの気持ちが楽になるためにどんな協力ができそうですか」と尋ねると、父親は言いにくそうに「妻はA子がわざと問題をゆっくり解いて挑発していると思っていますが、多分違うと思います。A子は小さい頃からやってもできないところがあるんです。これ以上A子に負担をかけたくないので心理検査をしてもらえませんか?その結果を見れば妻も冷静になると思います」と話しました。

 父親は幼い頃からのA子さんの様子をネットの情報に重ね合わせ、A子さんに発達障害の傾向があるのではないかと疑っていたのです。しかし母親の反応を恐れてそれを今まで伝えることはしてこなかったとのことでした。母親は父親がA子さんのことをそこまで考えていたことにびっくりした様子をみせましたが、最終的にはその意見に同意しました。

親の自己愛を満たすために子どもを支配してはいけない

 翌週にA子さんが父親と母親に付き添われて来院しました。「お母さんが『わざとゆっくり問題を解いてお母さんを怒らせてる』って言うけれどそうじゃない。でもわかってもらえない。でも勉強が苦手だから私が悪いんだと思う」と話しました。

 その後、自分の得意分野と不得意分野が知りたいと言うA子さんの希望もあったため心理検査を行ったところ、A子さんの能力には少しばらつきがみられました。つまり、人の話を理解したり自分の考えを伝えることは得意でしたが、暗記をしたり、さっさと物事を処理していくことは苦手であったのです。

 A子さんは長い間、自分の特性を理解してもらえず、苦手科目の克服や到達困難な目標に向かって頑張ることを強いられたことで、勉強に対する意欲がそがれるだけではなく、自分はどうせ何をやってもだめだと自信を失ってしまっていました。そのため、これからは苦手分野の克服よりも得意分野を広げていく視点が大切であることを私は両親とA子さんに話しました。

 母親はA子さんがわざと母親を怒らせようとしているのではないことを客観的に理解して「A子に申し訳ないことをした」と涙ぐみました。そして「なんとなく気がついていたけれど、それを認めたくなかったからやりすぎてしまったのかもしれません」と付け加えました。

 A子さんの母親にとって、A子さんを出身校に入れられないことはプライドがひどく傷つくことでした。自分よりも成績が良くなかった同級生たちが自分の子どもを出身校かそれ以上に難しい中学に入学させていたからです。それは負けず嫌いな母親には耐えがたいことでした。しかし本来、親が自分の自己愛を満たすために子どもの気持ちや能力を無視して子どもを支配すべきではありません。子どもを通して自分の望みを満たすことに一生懸命な挙句、暴言を吐いたり暴力を振るったりするのであれば、それはA子さんの母親のように「教育熱心」ではなく「教育虐待」となってしまいます。子どもは親の所有物であるという感覚が強く、自分とは違う考えや気持ちを持った別の人間であると思えない親ほどそのような危険性は高いでしょう。

受験期は反抗期と重なることがある

 中学受験や高校受験の時期はちょうど子どもの思春期に相当します。反抗期と受験が重なり、「勉強しなさい」という親と、「親の思い通りにしたくない=勉強なんかしない」という子どもとの間で激しいバトルが繰り返される場合があります。

 児童精神科医の立場からは「思春期に親離れが始まると、それまでのようには親の言うことをきかなくなります。子どもを前向きに導くのは、もはや親ではなくて子ども自身の『こうなりたい』という理想(自我理想)です」と説明するのですが、大体の親御さんはがっかりされます。しかし、親がこのことを理解できずいつまでも子どもは親の思い通りになると考えているとA子さんのケースのようになってしまいます。

 「こんな学校に行きたい」「こんな大人になりたい」という理想が、中学受験の時にはまだはっきりしていない子どもはたくさんいます。しかし、その後の様々な人との交流や経験を通して、段々と自分の理想がはっきりしていくと、その目標に向かって一生懸命に努力することができるわけです。

 また、子どもの発達にはその子その子に応じたスピードがあり、一人一人個性も違います。A子さんのように能力に偏りがあることも珍しくはありません。親としては不得意なところにばかり目が行きがちですが、子どもの個性を認めてあげて、長所や得意な分野にも目を向けることが大切です。

 さて、ちょうど受験のシーズンです。この時期、子どもの成績が思わしくないと否定的な声かけをしてしまうこともあるかもしれません。しかし、親のマイナスな思いは子どもに伝わって不要な不安や絶望感を与えてしまいます。ですから親は自分の不安を子どもにそのままぶつけないように気をつけなければいけません。

 子どもには発達していく力が備わっています。受験で期待した結果が出なくても、「うちの子はいずれなんとかなるに違いない」と楽観的な気持ちも忘れずに、広い心と大きな愛をもってお子さんの可能性を信じてあげてほしいと思います。

 尚、A子さんと両親は話し合ってA子さんの得意な部分が生かせる中学を第一志望にすることにしました。A子さんの母親は自分自身をみつめるためにカウンセリングを続けています。

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■特集ページ「子どもの安全」(Yahoo!ニュース)https://news.yahoo.co.jp/pages/20221216

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)

法政大学現代福祉学部教授・初台クリニック医師。前関東中央病院精神科部長。日本精神神経学会精神科専門医・指導医、日本精神分析学会認定精神療法医・スーパーバイザー。児童青年精神医学、精神分析的発達心理学を専門としている。児童思春期の精神科医療に長年従事しており、精神分析的精神療法、親ガイダンス、などを行っている。著書『不登校、うつ状態、発達障害 思春期に心が折れた時親がすべきこと』(中公新書ラクレ)

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