WTOを巻き込んだ「タバコ・パッケージ戦争」とは
WTO(世界貿易機関)は、タバコのパッケージから宣伝効果を排除するというオーストラリアの規制に対し、貿易制限と訴えていたキューバやホンジュラス、ドミニカ、インドネシアといった葉タバコ生産国の主張を2018年6月28日に却下した。タバコの外装については、喫煙の害を明らかにしたり、その表示面積を規定する取り決めが各国で行われている。この問題が国同士の貿易戦争になっている背景には何があるのだろうか。
マイルドセブンが消えたわけ
日本も加盟するFCTC「たばこ規制枠組条約」は、タバコ製品の包装及びラベルについて細かな規制を決めている(第11条)。この中には「ロー・タール」「ライト」「マイルド」といった言葉を使えないという項目もあり、FCTCの実施は条約締結国の裁量に任されているとはいえ、世界的にタバコの商品名からこれらの表記が消えた。
JT(日本たばこ産業)にはマイルドセブンという銘柄がかつてあったが、この条項にあるタバコの虚偽表示に「マイルド」という表現が引っかかるため、2012年に販売を終えている。これはいわば自己規制であり「メビウス」ブランドへの切り替えが表向きの理由だが、欧米市場でマイルドセブンという商品名は使えないため、国内でも販売終了せざるを得なかったということだろう。
またFCTCでは、タバコのパッケージに喫煙が健康に害があることを明示する有害警告表示も義務づけ、その表示面積についてパッケージの主たる表示面の50%以上を占めるよう取り決めている。ただ、肺がん患者や患部などの写真や絵を表示するかどうかは自主判断だ。
タバコのパッケージ規制では、オーストラリアが世界の先端を走り続けている。それがPP(Plain Package、プレーン・パッケージ)規制だ。
PP規制というのは、タバコのパッケージに有害警告の文字や写真だけを表示させ、商品名は小さく地味な色でしか表示できないとする。パッケージの形状も細長くできず、従来の立方体のままでしかデザインできない。
ようするに、タバコのパッケージが恐ろしく不気味な写真や絵で取り巻かれた小箱になってしまうというわけで、タバコを吸う前の若年層や一般、喫煙者に対する訴求効果と喫煙意欲の減退を狙う規制となっている。
世界へ広がるパッケージ規制
オーストラリアではPP規制が2011年から全国的に実施され、タバコ会社はパッケージを自由にデザインすることができなくなった。また、禁煙サポートのための無料電話相談(クイット・ライン)の情報が記載され、喫煙者が禁煙に向かいやすくなるようになっている。
この取り組みは各国に広がり、2015〜2016年にかけて英国、ノルウェー、ニュージーランド、フランス、アイルランド、ハンガリーで相次いで規制法ができ、現在、タイ、スロベニア、ルーマニア、ジョージア、カナダ、ブルキナファソで実施されようとしている。また、韓国、スウェーデン、フィンランド、シンガポール、トルコ、南アフリカなどでも議論が進められ、FCTC締結国の動向をみながら法案の策定や実施に向けて動いている。
有害警告の表示は喫煙率を下げるには費用対効果の高い方法とされ、表示面積でいえば2017年10月現在、113カ国以上で法規制が行われている(※1)。例えば、ネパールとバヌアツが表裏90%以上、インドとタイが表裏85%以上などとなっていて、その面積は世界的に増え続けているのが現状だ(※2)。
国民の健康と生命を守るのは、少なくとも近代国家では政治や行政の義務だが、日本でこの問題についての議論はほとんどない。日本におけるタバコのパッケージに関する法律は財務省所管のたばこ事業法しかなく、たばこ事業法第36、39条でタバコの製造販売会社に対し、消費者(喫煙者)に向けての健康注意表示を義務づけ、その面積は3/10以上と定めているだけだ(※3)。
パッケージには厚生労働省の「タバコと健康に関する情報ページ」につながる長ったらしいURLが表示されているが、日本に禁煙サポートのための無料電話相談窓口は存在せず、日本で販売されているタバコのパッケージを見る限りオーストラリアの施策とは隔絶した感がある。
タバコ会社は、ニコチンやタールの用量、フィルターに穴を開けるなど商品自体を変えてきたが、外装であるタバコの箱にも手を加えてきた。商品の内容1973〜2002年のタバコのパッケージのデザインや形状を喫煙者の印象から調べた研究(※4)によれば、こうした意匠効果は喫煙者へブランドを訴求し、喫煙の害の知覚へ影響を与え、売上げを伸ばす効果があったという。
2015年には、英国の医学雑誌『BMJ』の「Tobacco Control」オンライン版にオーストラリアのPP規制に関する特集号が出た(※5)。JTを含むタバコ産業は、PP規制には効果がなく商標権の侵害と主張してきたが、現在では豊富なエビデンスを背景にした研究が多く出されてきた。タバコ産業側の主張は、今や完全に論破され、各国の政府や司法、国際機関もこれを支持しているというわけだ。
途上国を操るタバコ産業
こうした世界的な流れ(日本以外)に対し、タバコ産業側も訴訟を起こしたりロビー活動をしたり抵抗してきた。特に開発途上国で積極的に動き、PP規制を骨抜きにしようとしている。
例えば、PM(フィリップ・モリス)はウルグアイのPP規制に対して訴訟を起こし、アフリカのケニアではタバコ産業の圧力の結果、タバコのパッケージの警告表示をステッカー式にし、小売り段階で剥がせるようにされてしまった(※6)。
こうした活動はナイジェリアやナミビアなどのアフリカ諸国で散見されるが(※7)、タバコ産業が公衆衛生当局以外の政府行政を取り込み、規制を妨害したり緩和させるのは常套手段で、日本を含めたどの国でもタバコに関する問題は国民の健康や生命に関する保健衛生政策とタバコ税収や産業保護という経済政策と衝突する。
葉タバコ栽培は現在ほとんど開発途上国で行われているが、タバコ産業は仲介業者を合従連衡させて寡占状態にし、葉タバコ農業を支配し、これらの国や地域を葉タバコ経済に依存せざるを得ないように仕向けてきた(※8)。
タバコ産業は、CSR活動という美名を隠れ蓑に喫煙者をニコチン依存症とするのと同じ戦術戦略で開発途上国の農業へ影響を及ぼしつつ、葉タバコ以外の換金可能な代替作物への切り替えを妨害してきたというわけだ。
今回、WTOへ訴えたキューバやホンジュラスなどの国々もタバコ産業からの支援を受けている(※9)。これらの国々にはタバコ農業やタバコ工場などがあり経済的にタバコ産業に依存しているが、同じような事情を抱えたマラウイやジンバブエが訴訟に加わっていないのは、タバコ産業が支援してもまだ経済的制度的に国際司法紛争に耐えられなかったからではないかと考えられる。
タバコ産業はグローバル化し、国境を越えて活動を広げつつある。タバコの健康への害は明白だが、タバコ産業は寡占化を進めつつ影響力を強め、我々の健康を蝕み続けているのだ。
※1:Campaign for Tobacco-Free Kids:Showing the Truth, Saving Lives(2018/06/30アクセス)
※2:Tobacco Lavelling Resource Centre, "Cigarette Package Health Warnings - International Status Report" ,2016(2018/06/30アクセス)
※3:「タバコ・パッケージからみる日本の後進性」Yahoo!ニュース:2017/05/12
※4:Kathy Kotnowski, et al., "The impact of cigarette pack shape, size and opening: evidence from tobacco company documents." ADDICTION, Vol.108, Issue9, 1658-1668, 2013
※5:"Implementation and evaluation of the Australian tobacco plain packaging policy." Tobacco Control, Vol.24, 2015
※6:"Tobacco Industry Interference in Kenya: Exposing the Tactics" International Institute for Legislative Affairs, 2018(2018/06/30アクセス)
※7:Jamie Tam, et al., "Tobacco control in Namibia: the importance of government capacity, media coverage and industry interference." Tobacco Control, Vol.23, Issue6, 2014
※8:Anna B. Gilmore, et al., "Exposing and addressing tobacco industry conduct in low and middle income countries." LANCET, Vol.385(9972), 1029-1043, 2015
※9:Louise Curran, et al., "Smoke screen? The globalization of production, transnational lobbying and the international political economy of plain tobacco packaging." Review of International Political Economy, Vol.24(1), 87-118, 2017