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「子供の声は騒音ではない」と定めるだけで解決?「子供が出す音」の問題は単純ではない

櫻井幸雄住宅評論家
マンションで子供が飛び跳ねると、階下への音が心配になるが……。(写真:アフロ)

 政府は「子供の声は騒音ではない」ことを法律で定めることを視野に入れた検討を始めた。背景には、長野市で起きた公園廃止問題があると考えられる。一部に「うるさい」という声が上がっただけで公園が廃止されるようなことに歯止めをかける狙いがあるのだろう。

 子供の声が騒音扱いされることにより、親が子育てを敬遠し、少子化がさらに進むようなことを避けたいという思惑も透けて見える。

 実際、「子供の声がうるさい」といわれることが子育ての妨げになっている、という指摘は以前からあった。校庭に隣接する住宅地から、そして電車やバスの中で「子供の声がうるさい」との声が出て戸惑う。そんな教師や親からの声が少なくなかったのである。

 この問題を「子供の声は騒音ではない」と定めることで解決しようとしているわけだ。

 たしかに、子供が出す大きな声は「元気があって、よろしい」と容認する人が多いのだが、あまりに大きく、そして長時間にわたる場合は、困った問題と捉える人も出てくる。その気持ちも理解できる。

 理解はできるが、子供のちょっとだけ大きめの声が短時間続いただけでうるさいと怒りだす人がいると、それはどうなのかと思ってしまう。

 つまり、現代の騒音問題は、単純ではないのだ。

 発生させる側に原因があるケースだけでなく、受けとる側に原因ありのケースもある。そうした複雑な事情が今回の法律の検討につながっているのかもしれない。が、「子供の声は騒音ではない」と定めるだけで、やっかいな問題が解決できるのかどうか……。

 住宅、特に共同住宅であるマンションにおける騒音問題をいくつもみてきた私には疑問に思えてならない。

かつては、「大きな音を出す人が問題」だったが……

 マンションにおける騒音問題には、やっかいなケースが多い。

 20世紀まで住宅地内の騒音問題は、「お酒を飲んで、夜中も騒ぐ人」や「静かな住宅地内で楽器を大きな音で演奏する人」など、「大きな音を出す人」によって引き起こされるケースが多かった。

 夜中に騒がれたら安眠できないし、静かな住宅地内で楽器を大音量で演奏したら赤ちゃんが起きてしまう。誰がみても「そんな時間帯やそんな場所で、大きな音を出すほうがわるい」といえる状況によって引き起こされたわけだ。

 その場合、問題の解決は簡単だった。「大きな音を出すのをやめさせる」ことで済んだからだ。

 ところが、21世紀に入ったあたりから異なる理由でマンションの騒音問題が発生するようになった。

 それは、お酒を飲んで騒ぐこともなく、楽器を演奏することもなく、普通に生活しているのに、周囲の住人から「うるさい」といわれてしまうケースだ。

 マンションで階下に住むシニア夫婦から、「子供の足音がうるさい」と文句を言われた子育て世帯があった。小さな子供がいる家庭であれば、反射的に謝ってしまう。うっかり我が家の子供が走り回ったことがあったのかもしれない、と。

 その後、注意して暮らしても、やはり「うるさい」といわれてしまう。子供が幼稚園から帰ると、すぐ苦情が来るので足音が原因だと思われるが、走り回ることも、飛び跳ねることもない。

 普通に歩いていても、「うるさい」といわれるのは、マンションに構造上の問題があるのかもしれない。そう考えた一家は管理員に相談した。

 「普通の足音が、階下の住まいで非常に大きく聞こえるらしい」。相談を受けた管理員は、マンションの事業主である不動産会社に状況を報告。不動産会社の社員がマンションを建てた建設会社の設計担当者とともに、調査に来た。

 まず、複数の人間が階下の住戸に入り、足音の聞こえ具合を確かめた。

 最初は、子供が普通に歩く。次に走ったり、飛び跳ねてみた。

 ここで、不動産会社の社員も建設会社の設計担当者も首をかしげた。普通に歩く足音はまったく聞こえず、走る音はわずかに聞こえて、飛び跳ねるとさすがにドスンという音が聞こえる。が、歩く音はとても騒音とはいえないレベルだった。

 しかし、シニア夫婦は、普通に歩いているときも「ほら、聞こえる。うるさい」という。

 調査を行った人間は全員、これは面倒な事態だと理解した。

うるさい。と思う人は30デシベル台の音も耐えられない

 そのシニア夫婦は、テレビも点けず、音楽も聴かず、2人で読書を楽しむ生活スタイル。それまで住んでいた木造の一戸建てから、「鉄筋コンクリート造のマンションならば、外の音が聞こえず、静かに暮らせるだろう」とマンションに移り住んだ人たちだった。

 もともと、音に対して敏感だったのである。

 音に対して敏感な人たちは、真上に住んでいる家族に小さな子供がいることを知った。それで、耳をそばだてるように音を探っていたのではないか。

 とはいえ、高齢になると聴力も下がってくるので、本当に足音が聞こえているのかはわからない。が、それでも本人が「うるさい」といえば、対応しなければならない。それが、共同住宅であるマンションの面倒さといえる。

 結局、不動産会社の社員たちは騒音測定器を持ち込み、音の大きさを測った。その測定値をレポートにまとめ、騒音が生じているとは認められないと締めくくった。

 このレポートに加え、子供が飛び跳ねることをさせないし、夜間は走ることをさせないことの確約を得て、シニア夫婦は引き下がった。が、「しぶしぶ」だった。

 最後まで納得しなかったのは、数値の解釈だ。

 子供が歩いて測定された騒音は、30デシベル台。昼の住宅地内や図書館内で40デシベル程度とされるので、30デシベル台はほとんど音がないといってよいレベルだ。

 しかし、シニア夫婦は「30デシベルならば静か、と誰が決めたのか」と不満を表した。夫婦は、0デシベルこそ理想の静かさと誤解しているようだった。

「なんで我が家が……」転居せざるを得ないケースも

 しぶしぶでも納得してくれるケースはよいが、あくまでも「足音がうるさい」といわれてしまうケースもある。あげくに、エレベーター内で子供がにらみつけられ、泣きながら帰宅することも……。そうなると、転居も考えざるを得ない。

 賃貸ならば、比較的楽に転居できるが、分譲マンションを購入した場合、転居は簡単ではない。中古で高く売れるときならばよいが、値下がりしている時期は、経済的な損失を出しながら、転居することになる。

 「気に入っていたマンションなのに、なんで我が家が……」そんな悔しい思いをしながら、転居を決意した家族も実際にみてきた。

 理不尽なクレームだが、それに反論することで自らにも生じてしまう嫌な気持ち、そして、万一相手が怒ってしまったときに家族に危害が及ぶかもしれない、というリスクを考えれば、さっさと転居し、新しい生活に切り替えたほうがよい。そう判断したためだ。

 住宅における騒音問題というと、「大きな音を出す人が原因」と考えられがち。たしかに、20世紀までは夜中に騒ぐ人や楽器を演奏する人がいて、近所が迷惑するケースが多かった。

 しかし、今は事情が複雑となり、「うるさい」「はいわかりました」で解決する問題ばかりではない。

 単純に解決しない騒音問題は、それほど多いわけではない。が、一度起こると根が深く、こじれやすい。双方が納得し、円満に解決するために真に役立つ方策が求められている。

 「子供の声は騒音ではない」と定めるだけで多くの問題が解決するとは思えない。かといって、基準値を定めれば済むということでもない。実際に、工事現場には騒音の基準値が定められているが、基準値内でも「うるさい」という苦情が絶えない。「うるさい」と感じる基準が人によって異なるからだ。

 基準値をどう定めればよいのか……それも簡単ではないのだ。

 政府は、「子供の声は騒音か」というやっかいな問題を解決しようとしている。その行方を注視したい。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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