田中桃子がベレーザの守護神として臨む初タイトル。22歳の代表GKが描く堅実な成長曲線
ゴールキーパーのすごさは、数字に表れにくい。
セーブ数よりも失点数に目を向けられることが多く、きわどいシュートを止めても、スポットは得点者に当たりがちだ。だが、失点しなければ負けることはないし、ビッグセーブで勝利を呼び込むこともしばしばある。
皇后杯は1月22日に準決勝の2試合が行われ、WEリーグのINAC神戸レオネッサと日テレ・東京ヴェルディベレーザが1月28日の決勝進出を決めた。
ともに複数の代表選手を擁する両チームのハイレベルな攻防が楽しみだが、2人のGKのパフォーマンスにも注目してみたい。
I神戸のゴールマウスを守るのは、山下杏也加。ビルドアップやシュートストップに長け、昨季、日本女子サッカー界ではGKとして史上初めてMVPを受賞した。
一方、池田ジャパンで山下(10試合)に次ぐ出場数(4試合)を記録している東京NBの田中桃子は、成長著しい22歳の若手注目株だ。クロスの対応を武器としており、直近の3試合ではビッグセーブが続いている。
1月9日のリーグ第8節・仙台戦(△0-0)で、至近距離のシュートを2本セーブ。翌週の皇后杯準々決勝・広島戦(◯3-0)でも、枠の左上隅を捉えた難しいシュートを片手一本で弾き出した。
「予測通りにシュートを止めた時や、相手の流れを断ち切るプレーができたときが一番、気持ちがいいです」
そう語っていた田中は、翌週の皇后杯準決勝・新潟戦でも魅せた。2点リードから1点差に迫られ、なおも押し込まれた時間帯。ペナルティエリア内で打たれたシュートがディフレクションして軌道が変化し、田中は重心の逆を取られる形となったが、間一髪、右手に当てて弾き出した。このスーパーセーブで悪い流れを断ち切り、3-1の勝利に貢献している。
試合後は「正直、あの場面は予測通りではなかったです」と、シュートを打たせるに至った流れを反省。一方で、「予測していないシュートに反応できる場面が出てきたのは、(イメージ通りに)体が動くようになってきたからだと思います」と、成長の実感を口にした。
竹本一彦監督は、「勝負強くなってきていると思います」と、田中の変化を頼もしく見つめる。また皇后杯で3試合6ゴールと絶好調のFW植木理子も、「後ろの選手たちが体を張って守ってくれるので、繋がってくるボールに重みを感じます」と感謝を述べた。
【動作解析と筋力アップでセーブ率向上】
オフザピッチでは自他共に認める“マイペース”キャラの田中だが、GKとしての存在感は年を追うごとに増している。
その成長力の礎となっているのは、小学生時代のコーチが強調したという「素直さ」や「吸収力」だろう。
勝って驕らず、負けて腐らず。穏やかな物腰と落ち着いた語り口は、10代の頃から変わっていないように感じる。
田中のファインセーブが増えた背景には、二つの要因があるようだ。
一つは、チームで継続的に取り組んできた筋力トレーニングと動作解析の成果である。プロになり、自分の体と向き合う時間が増えたことも大きい。
筋力アップの重要性を痛感したのは、ライバルの浦和との試合だったという。今季はリーグ杯決勝(●3-3PK2-4)とリーグ戦(●3-5)で2度対戦し、いずれも敗れている。
「(浦和)レッズと比べてベレーザには身体の大きい選手が少ないので、技術で上回っていきたいですが、それだけでは勝てない、と感じました。それで今季はフィジカルコーチにも見てもらうなど、さらにフィジカルに重きを置くようになりました」
筋肉量は1キロ増を目標に、上半身を重点的に鍛えてきた。
同時に、試合映像を見たコーチから「うまく体を使えているかどうか」という視点でアドバイスをもらい、修正と実践を重ねてきたという。その結果、特に足の運び方がスムーズになったという。
【ピッチ上で体得したもの】
セーブ率の向上を支えるもう一つの要因は、継続的に試合に出続けてきた中で感覚が研ぎ澄まされたことだ。「見えているものが増えて、プレーの選択肢をいくつも持てるようになりました」と田中は言う。視野の広がりは、予測の精度やコーチングの質も高めた。
その顕著な変化は、2019年から2シーズン、期限付き移籍でプレーしていた大和シルフィード(なでしこリーグ1部)での経験がきっかけだった。
ベレーザの下部組織で育った田中にとって、レンタルとはいえクラブを離れることは一大決心。だが、トップチームでベンチ入りすらできないことへの危機感と、2020年のU-20ワールドカップのピッチに立ちたいという思いが背中を押した。
「シルフィードでの1年目(2019年)は大量失点が何試合もあって、結果も出なくて…。苦しいシーズンでしたが、自分の課題がたくさん見つかって、2年目は1試合ごとにその課題にフォーカスしながら守備全体を改善できた手応えがありました。シーズンを通して活躍するために1週間をどう過ごすか、ということも学びました」
シルフィードで田中を指導していたのは、ベレーザ出身で元日本代表の小野寺志保GKコーチ。W杯や五輪で世界と戦い、国内リーグで300試合出場の金字塔を打ち立てたレジェンドの言葉には、説得力があった。
「一番大きかったのは、試合に向かうメンタル面です。集中できていない時はしっかり締めてくれたり、『チームを勝たせるGKにならなければいけない』という心構えも継続的に示し続けてくれて。私はもともと自分に自信を持てなかったのですが、『自分が持っているものをしっかり発揮してこい』というニュアンスの言葉で、自信のなさも打ち破らせてくれました。今でも、当時言われたことを思い返しながら試合に向かうことがあります」
どんな状況でも感情的にならず、言うべきことはしっかりと伝える。そんな小野寺コーチの指導は、田中が追求する「安心感を与えるGK」の一つの理想となり、今に生きている。
シルフィード時代には大きな挫折も経験した。目指していたU-20W杯が、パンデミックの影響で中止になってしまったのだ。
アジア王者として臨むはずだったこの大会で、日本は優勝候補だった。その舞台に立つチャンスが消えた時のやり場のない喪失感を、田中は今も忘れていない。そして、「その思いを返すことができるのは、ワールドカップしかないと思います」と、言葉に力を込める。
【初のタイトル戦へ】
ベレーザに復帰した2021年、田中は愛するクラブで正GKの座を掴んだ。プロリーグ参入の節目にクラブの戦力の新陳代謝が進み、巡ってきたチャンスでもある。
技術も強度も一回り上がった中で、「1年目はついていくのに必死だった」と振り返る。その中で、2021年末には代表が池田太監督体制となり、A代表に初招集された。田中はこの1年間でアマチュアから一気にプロ、そしてA代表へとキャリアを急上昇させている。
翌年1月のアジアカップ後に負傷し、それに伴うコンディション不良で戦列から外れた時期もあったが、ケガとの向き合い方を学んで5月に復帰。7月の東アジアE-1選手権(2022年7月)では優勝に貢献した。
小さな挫折から大きな試練まで、幾つもの壁と堅実に向き合ってきた22歳は今季、成長曲線を加速させている。
今週末の皇后杯決勝は、ベレーザの守護神として挑む初タイトルだ。「偉大な先輩で、ベレーザに昇格した時(2018年)は試合に絡めていなかったので、ライバルになれなかった」という山下との競演にも、静かに闘志を燃やしている。
点の取り合いか、はたまた1点差を争うゲームになるか。
試合は1月28日、ヨドコウ桜スタジアム(大阪府)で15時にキックオフの笛が鳴る。