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【派遣法】繰り返される「『正社員化』を促進する」という安倍総理の無理な説明

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
施政方針演説をする安倍総理(写真:ロイター/アフロ)

派遣法案の本格的な審議が7月30日から始まりましたね。

ニュースにもなっていました。

派遣法改正案 きょうから参院で実質審議

派遣法改正案、参院厚労委で審議入り

是非、時間をかけてしっかり討議してもらいたいものです。

ところで、この派遣法案について、安倍総理が繰り返し強調していることがあります。

それは、

正社員を希望する派遣労働者について、その道が開けるようにする

というものです。

以下、安倍総理の発言を、一部ですが、並べてみましょう。

安倍総理の発言内容

一般に、派遣という働き方は、賃金水準が正社員に比べ低い傾向にあり、雇用の安定やキャリア形成が図られにくい面があります。

このため、今回の改正案では、正社員を希望する派遣労働者について、その道が開けるようにするため、派遣元の責任を強化し、派遣期間が満了した場合、正社員になったり、別の会社等で働き続けることができるようにする措置や、派遣期間を通じた計画的な教育訓練を新たに義務づけるなど、派遣就労への固定化を防ぐ措置を強化することとしています。

出典:衆院本会議議事録 第22号(平成27年5月12日)

これは衆院本会議で、自民党議員からの質問に対する答弁です。

この本会議では、安倍総理は他党議員に対してもほぼ同じ内容で繰り返し答弁しています。

そして、これと同内容の答弁は、衆議院厚生労働委員会でも述べています。

6月19日、派遣法案が衆院の厚労委を通過してしまった日に行われた、締めくくり質疑において、民主党議員からの質問に対する安倍総理の答弁です。

一般に、派遣という働き方は雇用の安定やキャリア形成が図られにくい面があります。また、賃金水準が正社員に比べ低い傾向にあることから、これらの課題に対処していくことが重要であると認識をしています。

このため、今回の改正案では、正社員を希望する方にその道が開けるようにするため、派遣元の責任を強化し、派遣期間が満了した場合、正社員になったり別の会社等で働き続けることができるようにする措置や、派遣期間を通じた計画的な教育訓練を新たに義務づけるなど、派遣就労への固定化を防ぐ措置を強化することとしています。

出典:平成27年6月19日 衆院厚生労働委員会議事録

また、教育訓練を受ける機会もないわけでありまして、正社員への移行を一歩でも前進させるため、これまでなかった仕組みを設け、働く方それぞれの選択がしっかり実現できるような環境を整備していく必要があるわけであります。

出典:同前

この内容は共産党議員への答弁でも同様です。

先ほども答弁させていただきましたように、派遣という働き方については、賃金水準が正社員に比べて低い傾向にあり、雇用の安定やキャリア形成が図られにくい面があります。

このため、今回の改正案では、正社員を希望する方にはその道が開かれるようにするため、派遣元の責任を強化し、派遣期間が満了した場合、正社員になったり別の会社等で働き続けられるようにする措置や、計画的な教育訓練を新たに義務づけるなど、派遣就労への固定化を防ぐ措置を強化することにしています。

出典:同前

その後、衆議院を通過した法案の参議院本会議での答弁でも同じ内容を繰り返します(公明党議員への答弁)。

改正案では、正社員を希望する方についてその道が開けるようにするため、派遣元の責任を強化し、派遣期間が満了した場合、正社員になったり、別の会社等で働き続けることができるようにする措置や計画的な教育訓練を新たに義務付けるなど、派遣就労への固定化を防ぐ措置を強化することとしています。

出典:平成27年7月8日 参院本会議議事録

本当に正社員化への道を開いているのか?

安倍総理がオウムのように繰り返す、「今回の改正案では、正社員を希望する派遣労働者について、その道が開けるようにするため」だというのは本当でしょうか?

安倍総理の答弁からすると、

派遣元の責任を強化し、派遣期間が満了した場合、正社員になったり、別の会社等で働き続けることができるようにする措置

計画的な教育訓練を新たに義務付ける

この2つが正社員化への道を開くもののようです。

では、具体的に法案を見てみましょう。

まず、最初の安倍総理が言っている派遣期間が満了した場合に、正社員になったり、別の会社などで働き続けられるようにする措置というものですが、これは法案の30条「特定有期雇用派遣労働者等の雇用の安定等」というところに書いてあります。

その雇用安定措置は次の4つです。

  1. 派遣先に対し、特定有期雇用派遣労働者に対して労働契約の申込みをすることを求めること。
  2. 派遣労働者として就業させることができるように就業(その条件が、特定有期雇用派遣労働者等の能力、経験その他厚生労働省令で定める事項に照らして合理的なものに限る。)の機会を確保するとともに、その機会を特定有期雇用派遣労働者等に提供すること。
  3. 派遣労働者以外の労働者として期間を定めないで雇用することができるように雇用の機会を確保するとともに、その機会を特定有期雇用派遣労働者等に提供すること。
  4. 前3号に掲げるもののほか、特定有期雇用派遣労働者等を対象とした教育訓練であつて雇用の安定に特に資すると認められるものとして厚生労働省令で定めるものその他の雇用の安定を図るために必要な措置として厚生労働省令で定めるものを講ずること。

出典:労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律等の一部を改正する法律

法律なのでわかりにくいですが、安倍総理が言っている「正社員になったり」というのはおそらく1号と3号を指し、「別の会社等で働き続けることができるようにする」は2号を言っているのではないかと推測されます。

まだ法律が成立していませんので、省令はありませんから4号ではないのは明らかですね。

まず、2号ですが、これは要するに別の派遣先を紹介するというものですから、安倍総理の言う「正社員化への道」とは全く無関係な規定ということになります。

条文にも「派遣労働者として就業させることができるように」と明記されていることからも明らかですね。

そうなりますと、そもそも安倍総理が「正社員を希望する方についてその道が開けるようにするため」として、これを挙げていること自体、ゴマカシの答弁だということになります。

次に3号ですが、やや分かりにくいですが、これは要するに派遣元が派遣する社員としてではなく、派遣元の管理業務などの仕事をする社員として、無期雇用する、というものです。

ただ、これをよく読むと、あくまでも「機会」を確保・提供すればよく、現実にそうした形態で雇用することまでは求めていません。

無期雇用の「機会」は与えたけれども、あなたの能力では無理ですとか、ポストが空いてませんでした、などといって、お茶を濁されることが想定され、正社員化へつながる措置としては、何とも脆弱なものです。

そもそも派遣元が期間満了の派遣社員を次々に「正社員化」するという見込み自体が甘いと言えそうですね・・。

最後に1号ですが、これは要するに派遣元が派遣先に派遣労働者を直接雇用して下さいとお願いすることです。

派遣元は「お願い」だけすればこの義務を果たしたことになります。

また、派遣先はその「お願い」を受け入れる義務はありませんので、断ることも自由です。

この制度は、派遣先企業の善意に頼るだけの措置であって、とてもじゃないですが、正社員化への道が開かれるような措置ではありません。

結局、これらの措置を、正社員を希望する派遣労働者に正社員の道を開くもの、という安倍総理の言い方は、かなり無理があるということになります。

次に、計画的な教育訓練を新たに義務付けるとしている点を見てみましょう。

これは法案の30条の2に書いてあります。

条文では「段階的かつ体系的な教育訓練等」というタイトルがついています。

条文は次の通りです。

第30条の2 派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者が段階的かつ体系的に派遣就業に必要な技能及び知識を習得することができるように教育訓練を実施しなければならない。(後略)

出典:同前

要するに、派遣元が、自社の派遣社員を教育訓練することを義務づけたものです。

ですが、これは正社員化のための教育訓練ではありません。

条文にも「派遣就業に必要な技能及び知識を習得することができるように」とありますね。

あくまでも派遣労働者としての枠を超えない教育訓練となります。

したがって、安倍総理がこの制度をもって、「正社員化への道を開く」とか、「正社員への移行を一歩でも前進させるため」などと答弁するのは、相当無理あるものだということが分かります。

無理やり「正社員化」を持ち出すのは何故?

安倍総理は、なぜ、これほど強引に「正社員化に道を開く」などと繰り返し述べるのでしょうか。

それは、この法案が通ると派遣社員が激増するということを誤魔化すためです。

実は、この法案が通った場合に派遣社員が増えるかどうか、という野党議員の質問に対し、安倍総理も塩崎厚生労働大臣も正面から答弁しません。

ただ、この法案の推進派も反対派も共通している認識が一つだけあります。

それは、この法案が通ると派遣社員が増えるという見込みです。

反対派は、「正社員ゼロ法案」と呼ぶこともあるので、派遣社員が増えるという見込みをもっていることは明らかですね。

他方、推進派も、派遣業界自体が、この法案が成立するのを首を長くして待っている現状が同じ見込みを持っていることを表わしています。派遣業界にとっては、ビジネスチャンスが増える法改正である、つまり、派遣社員の利用が増える法改正だと考えているということです。

そうなのですが、政府だけは、絶対に増えるとは言わず、正社員化への道を開く、という逆方向の説明に終始しています。

しかし、このような説明が誤魔化しであることは、上記に見たとおり明らかです。

今後の参議院での議論も要注目です!

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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